「秋の黄金色の和菓子と幸せの関係」



「天蓬、お茶にしよう」
 金蝉がノックして扉から顔を覗かせる。
「はい。すぐに行きます」
 天蓬は振り返ってにこやかに返事をした。
「下にいるから。早く来ないと冷めるぞ……」
 そう忠告しながら金蝉は扉を閉めた。天蓬はその忠告に苦笑する。
 ついつい読書や研究に打ち込んでしまうと時間を忘れる。折角金蝉がお茶に呼びに来てくれても、随分時間が経過してから居間に下りていってすっかり冷めたお茶を飲んだこともある。とはいえ、暖かいお茶を入れ替えてくれようとしたけれど、自分が申し訳なくて飲んだのだけれど。
 今回はそんなことのないように、すぐに行こう。
 天蓬はパソコンで作業していた文書を保存して、電源を切る。横に置いてある書類と本にしおりを挟んで……。
 部屋を見回すとちょっと本が溢れ出している。

(また、掃除しないとまずいな……)

 今度の休日にがんばろうと、決めた。
 埃は金蝉の身体に悪いから。自分は平気でも彼がこの部屋に一歩も入れなくなるのは嫌だから。


「お待たせしました……」
「ああ、早かったな」
「それは言わないで下さい。もう、あんなことはしませんよ」
 頭をかく天蓬に金蝉がくすりと微笑む。
「まあ、いいから、座れ」
 天蓬は言われるままに自分の席に座る。金蝉はその前にお菓子の乗った皿を置いた。
「これは、栗きんとんですか?」
「そう。そこのは美味しいぞ。観世音が頼んだのか、仕事の付き合いなのか知らないけれど、毎年名店から直送されてくる」
 小皿には薄い黄色に粒が見える絞った形の和菓子が乗っていた。
「秋の味覚ですね……」
「そんなに甘くないし、小ぶりで栗の味がしっかりするから俺でも結構食べられる。悟空なんてさっき10個も食べたぞ?」
 その食べっぷりを思い出したのか、金蝉は眉を潜める。
「……10個で済んだんですか?」
「10個と決めておいた。そうじゃなければ、ここには1個も残っていないぞ?」
「確かに……」
 天蓬は納得する。
 いったいあの身体のどこに収まるのか、と思うほど悟空は食べる。成長期で済ませていいのか、どうなのか悩むところである。若年糖尿病というものもあるのだし……。その分身体を動かしているようだから、いいのかもしれないがと二人は心配していた。保護者の観世音はそんなことを心配などしないため、実質の子育て?(中学1年を子育てと言っていいのかどうか定かではない)は二人の仕事である。
「お茶だ。熱いぞ?」
「ありがとうございます」
 天蓬は丸い茶碗を受け取る。薄い焼き物で朱色に染められ、中の白磁の部分には草木が描かれている。ほのかに香るこのお茶は?
「今日は、栗きんとんだから、玄米茶にしてみた」
「なるほど。頂きます」
 天蓬は一息吹いて、一口飲む。
 口中に香ばしい香りが立ち込める。
「美味しいです、金蝉」
「ああ。お菓子も食べろよ?」
 進められるままに栗きんとんもぱくりと食べて、秋の味覚を楽しむ。向かいで金蝉も自分のお茶を飲みながら栗きんとんを摘んでいる。

 こんな穏やかなお茶の時間が何より天蓬の幸せだ。
 家族の団欒というにはいささか人数が少ないけれど。
 金蝉が目の前で笑っていてくれれば、それだけで天蓬は満足だった。

 この幸せを守るためなら何でもする。
 そのための努力は怠らない。
 それが天蓬の若干11歳ほどのころからの変わらない決意である。  




                                         END



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