サンタが街にやって来る2


 降りしきる雪が街を真っ白に埋め尽くし、音さえも吸収しているのかと疑うほど静かな聖夜。
 窓から見える庭も木々も、もちろん白いベールに包まれてまるで世界が変わったような錯覚を受ける。確かにここに存在するというのに。吐息さえも、世界で自分だけが音を立てているのではないかと感じる。
 手を広げる、その先に触れる雪の結晶。
 冷えた指先でもすぐに溶けて消えてなくなる。
 淡い、希薄な創造物。
 一つとして同じ形がないだなんて、信じられない。
 このまま自分もこの空気に融合して消えていきそうだ・・・。
 瞼を閉じて、小さく息を吐く。
 はあ・・・。
 白く溶けて散っていく。
 見上げるその空からはただ落ちてくる雪があるだけだ。
 厚い雪雲の上には確かに宙があるはずなのだけれど、今は見えない。
 街自体が、雪という空間に閉じこめられている。
 白い世界。


「金蝉!!!」
 後ろで扉を開ける音がしたと思ったら、突然大きな声をかけられた。
「何で、窓なんて開けてるんですか?こんなに冷え込んでるのに!!!」
 慌てて金蝉の側に駆け寄ったのは天蓬だった。
 そして、大きく外側に開いていた窓をぱたんと閉じる。しっかり鍵も閉めて薄いレースと厚手の暖かな色合いのカーテンを引いた。
 そして、隣でぼんやりと見ている金蝉に向き直り怒ったように見下ろした。
「こんな雪の日にどうして窓なんて開けてぼんやりしているんですか?その上、こんな薄着で・・・、風邪を引けと言わんばかりじゃないですか」
 金蝉の服装といえば、暖かそうなクリーム色のセーターにコーディロイのズボンのみ。真冬の冷気にこれでは耐えられるはずがない。
「こんなに冷たくなって」
 天蓬は金蝉の頬にそっと手を伸ばし冷えた雪のような体温に眉を寄せた。
「大丈夫だ、これくらい」
 金蝉は頬に添えられた手に自分の指を伸ばして己より暖かい天蓬の体温に安心したように目を閉じた。
「大丈夫じゃないから言ってるんです。また熱を出したらどうするんですか?」
 咎めるような声音に金蝉は笑みを浮かべた。
「心配しすぎだ、天蓬」
「どれだけしても、したりませんよ。お願いですからもう少し自重して下さい。雪を見るなら窓からで十分でしょう?何も開けなくたっていいんです」
「どうせなら、触りたいだろ・・・。これでも庭に出るのは我慢したんだぞ」
「・・・大却下ですね。庭に出る?何を考えているんですか、貴方は!」
 天蓬は金蝉の瞳をのぞき込む。
「絶対に、確実に、風邪を引いてしばらく学校も行けませんし、どこにも出かけられませんよ。初詣に行きたいと言ってた話もなしです」
 言葉は厳しいが瞳には心配な色を覗かせて、手は金蝉を優しく暖める。
 天蓬は金蝉の頬にかかる髪を耳までかき上げる。そのまま梳くが、長い金の髪までもが冷たかった。このまま凍ってしまうのではないかと思うほどだ。
「天蓬・・・?」
「あまり、心配させないで下さい・・・」
 天蓬は目の前の存在を抱きしめる。優しく腕を回して自分の体温が少しでも伝わるように、冷えた身体が暖まるようにしっかりと。
 肩口に頭を預けている金蝉は、そっと天蓬の背中に手を伸ばした。
 柔らかな布の感触と天蓬から伝わる体温が金蝉を暖める。しばらくそのまま目を閉じていたが、ふわりと天蓬を見上げた。
 至近距離で、見つめる瞳。
 揺れる睫毛の先までもが美しい。
 天蓬は、触れんばかりの距離にある金蝉の麗しい瞳に見惚れた。
「すまん」
「何がですか?」
「冷たいだろう?」
 その言葉に天蓬は優しげに微笑んだ。
「このくらい大したことありませんよ。貴方が冷え切って風邪を引かれる方がずっと堪えます。だから、こんなことは止めて下さいね」
「ああ」
 金蝉は小さく頷いた。
 確かに今回は自分が悪かったかもしれない。そう思ったから、金蝉は素直に頷いた。
 天蓬は
「わかって下さればいいです」
 と言うと、抱きしめていた片手を金蝉の頬に添えて、白い肌をさらりと撫でた。
「少し、暖かくなってきましたか?」
 確かめるように聞く。
「暖かいぞ」
 金蝉はふわりと笑うと、そのまま天蓬の腕を掴み肩に頭をすり寄せた。
 信頼しきった可愛らしい仕草に天蓬は瞳を見開いた。
 全く、困った人なんだから・・・。
 絶対に敵わない、天蓬にとっては至上の存在。
 何よりも代え難い、天蓬の全て。
 どんなに自分にとって大切かわかっていたら、こんなことはできないだろうと思う。
 天蓬は苦笑しながら、側に置かれた椅子にかけられていたブランケットを長い腕で取ると、金蝉をふわりと被った。
 柔らかで厚みがある空色のカシミア。軽くて上品でたおやかなそれは、金蝉にはよく似合うと天蓬は密やかに思う。
 きっちりと金蝉の身体を被うと、一度ブランケットごと金蝉を抱きしめて、名残惜しげにそっと離した。
「暖かいお茶でも飲みましょう」
 そして、階下に促す。
 もっとこうしていたいけれど、金蝉の身体を暖めることが先決である。
「そうだな。何か入れようか?何がいい、天蓬」
 機嫌が良さそうに、金蝉は天蓬に尋ねた。
「貴方がいれるものなら何でも美味しいですよ。そうだな、今日はダージリンにしましょうか?」
「わかった、ダージリンだな。今日の気分はセカンドフラッシュだ。キャッスルトンにしよう。たっぷり入れて、1杯目はストレート、2杯目はミルクティだ」
 答える金蝉の声も楽しげだ。
「楽しみです」
「期待していいぞ」
 やがて、聞こえる笑い声。


 聖なる夜は大切な人と一緒に過ごしたい。
 できるなら、互いを暖めるお茶があればいい。
 そして傍らに貴方の笑顔があれば、何もいらない・・・。


 星が輝き、
 奇跡が起こる、
 その瞬間。

 今宵の夢は、天使が舞い降りる。
 天使の笑顔は、貴方に似ている・・・かもしれない。



 Merry Christmas!!



                                END




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