サンタが街にやって来る1



「もうすぐ、クリスマスですね・・・」
「そうだな」
 12月に入ると、空気は冷たさを増し夜になると手足が凍えるほど寒くなる。
 朝も冷気が漂い、吐く息がうっすらと白く染まるほどだ。
 いくら日中とはいえ、お昼休みに外でひなたぼっこしてご飯を食べるには寒すぎる。
 二人は冬の間、教室で昼食を取っていた。
 そんな時、校内放送でクリスマスソング特集が、お昼の時間は当番制で水曜日は音楽を流す日だった、流れて来たのだ。
 ふと八戒が聞きたくなっても不思議ではない。
「三蔵はクリスマスをどう過ごすんですか?」
「クリスマスは毎年家族で過ごす」
 三蔵は至極当然のように答えた。
 本当に、聞いてみただけなのだが、その答えに残念がっている自分を知って八戒は自嘲する。
 父親をとても大切にしている三蔵はきっと大切な日を光明と過ごすと決めているのだろう。同じように光明も三蔵を実の息子のように可愛がっているから、このような行事は二人で過ごすのだろうと八戒は思う。
 だから、一緒にどこか行こうなどと言える訳がなかった。
「そうですか・・・」
 だから、残念そうな気持ちが声に現れていたのかもしれない。
「お前はどうしているんだ?」
 三蔵が首を傾げながら聞く。
「僕は、決めていません。友達と一緒に騒いだこともありますし、家で姉とゆっくり過ごすこともありますし・・・」
「・・・」
 三蔵もどう言っていいか悩む。
 友達と過ごす、というけれど自分は過ごせない。じゃあ、誰と過ごすというのだろう?
 八戒が自分のことを少しでも友達だと思ってくれているなら、一緒に過ごしたいと思ってくれるなら、嬉しいけれどそれに三蔵は答えられない。
 全く、矛盾しているのだ。
 自分はできないのに、八戒が誰かと一緒に楽しく過ごすのは面白くない。
 でも、一人で寂しく過ごされるのも嫌なのだ。
 三蔵の複雑な感情が伝わったのか、八戒は苦笑する。
「楽しんで下さいね」
 そう言う以外八戒はない。
「・・・25日は空いているか?」
「空いてますけど」
「だったら、授業が終わったらケーキでも食べよう」
 三蔵はそっぽを向きながら早口に言う。
 今年のクリスマスは23日が日曜日のため、24日の月曜日が振り替え休日となり23、24日と連休だ。まさに、クリスマスはここで過ごすだろうとおおかたの予想だろう。
 25日は当然平日。クリスマス気分はあるが、遊ぶなら平日は敬遠される。
「いいんですか?」
 八戒は疑わしそうに聞く。
「いい。俺が誘ってるんだ!」
 折角言い出したのに、素直にうんと言ってくれないので三蔵は恥ずかしい。
「家族で過ごすのは23、24日ですか?」
「ああ。だから心配しなくてもいい」
「そうですか。だったら一緒に美味しいケーキを食べましょう。いいお店があるんですよ」
 八戒はにこやかに笑う。



 その帰り道。
 12月の街はどこもかしこもクリスマス一色だ。
 キリスト教でもないのにキリストの誕生日がこんなにも華やかだなんて、日本くらいだろうか?それとも便乗して騒ぐのは万国共通?
 街は買い物客が醸し出す熱気と期待で溢れかえっていた。
 八戒もその熱気に押されるかのように、三蔵にプレゼントを渡したいと考えた。
 何にしよう?
 ショーウインドウを覗く。
 赤と緑のディスプレイ。
 サンタとトナカイの人形が綿の雪を滑っている。
 その荷台から飛び出したプレゼントが綺麗にディスプレイされて並んでいた。
 マフラーや手袋。女性用に指輪やバック。子供用におもちゃ。男性用にネクタイ、ペアのセーターはカップル用。ワイングラスにイタリアンワイン。
 見るだけで楽しくなる。
 それを応援するかのように、クリスマスソングが街中至る所で流れている。デパートの店内、アーケード。喫茶店に専門店も。
 今年発売された曲や、名曲「ホワイトクリスマス」「ラストクリスマス」、有名な「クリスマス・イブ」、それから「サンタが街にやって来る」などなど上げたら切りがない程オンパレードだ。それでも、曲を聞くとウキウキして口付さんでしまうのはどうしてだろうか?
 八戒はその曲に誘われるようにお店の中に入った。


 空の色は冬の色。
 天高い薄青と厚い灰色の雲。
 雪は降らないまでも、降ってもおかしくないほどの寒さだ。
 今年一番の冷気が上空に停滞していて、この寒さを起こしているとテレビで伝えていた。
 ホワイトクリスマスだなんてロマンティックな響きだが、実際のところ降れば溶けて汚れるし、氷がはって危ないだけだ。わかっているのに雪を望んでしまうその心理はいったどうしてなのだろうか?
 二人は授業が終わると、急いで街に出た。
 どこもかしこも赤と緑で埋もれている街。
 大きなツリーと輝く星があれば、真っ赤なポインセチアが並んでいる。
 そんな街の様子を見渡しながら、八戒は隣を歩く三蔵を横目で伺った。
 三蔵はアイボリーのダッフルコートを着て深緑のマフラーをしている。金の髪がそれにふわりとかかる様が美しい。
 澄んだ空気が三蔵の美しさをより硬質に見せている。
 内心、感嘆しながら八戒は三蔵に笑いかける。
「ほら、あそこのお店ですよ」
 指差す先にあるのは、絶対美味しいと太鼓判を押すケーキ屋である。
 何でもパティシエはヨーロッパで修行してコンクールでも優勝したこともある腕前だとか。チョコも秀逸だが、季節のフルーツを使ったタルトは絶品だそうだ。宝石のような芸術品のケーキに女性達がこぞって通っているらしい。
「へえ・・・」
 三蔵はそのケーキ屋の店構えを見て驚いた。
 ケーキ屋というより、洋館の入り口みたいな外観なのだ。大きな木材の扉にはステンドグラスのようなガラスがはまっている。そこには大きめのリースが飾られていた。
 キィと音を立てる重い扉をゆっくり開けると、中は暖かい照明と飴色の木材で作った家具が並んでいた。
「いらしゃいませ」
 と店員が迎えてくれる。
 案内された席はすぐ側に1mほどもあるツリーがあった。金銀の飾りやリボン、天使やプレゼントがそこには吊されていた。
「こちらから、どうぞ」
 と店員が室内の中央にあるガラスケースを手で示した。並べられたケーキから好きなものを選ぶことができる。
「美味しそうだな・・・」
 三蔵は綺麗なケーキに目を奪われる。どれもこれも美味しそうだ。
 八戒も横に並んで、吟味する。
 チョコレートケーキにショコラ、ミルフィーユ、ブッシュドノエルにショートケーキ。洋梨、木苺、林檎のタルト、モンブラン、シフォンケーキなどなど輝くばかりの宝石のようなケーキが並んでいた。
 結局三蔵が選んだのはフルーツタルトと珈琲。八戒が選んだのはオペラというチョコレートケーキと珈琲。
 どきどきしながら待っていると、白い皿にデコレーションされたケーキが現れた。
 フルーツタルトにはアイスクリームとソースが付いていたしオペラには生クリームがたっぷりだ。
「いただきます」
「いただきます」
 二人は目を合わせて微笑む。
 フォークで一口サイズに切ってぱくりと食べる。
 口に広がる果物の甘みと酸味にカスタードクリームの絶妙な甘さが溜まらない。
 三蔵は「美味しい・・・」と呟くと至極幸せそうな顔だ。
「本当に美味しいですね」
 八戒も同意する。
 八戒の食べたオペラは重厚なチョコレートが何層にも重なったものだ。重なった層はどれも味が違っていて、豊かな味が調和する。それに添えられた生クリームは決して甘すぎず、チョコレートの味を引き立てる。
 なんともケーキを知り尽くしたデコレーションで、パティシエの腕が忍ばれる。
 美味しい物を食べるとどうしてこんなに幸せなのか?そう思うけれど、やっぱりとっても幸せである。向かいで顔を合わせて、一緒に美味しいねと言える相手が大切な人間だったら余計にそう感じるのも立派なエッセンスだ。
 珈琲も飲みながら味わう時間は至福の時。
 ゆったりと流れる瞬間は思い出になるだろう色がある。
「三蔵、これ」
 美味しく頂いて少し落ち着いた頃、八戒はテーブルの上にリボンにくるまれたプレゼントを置いた。
 置かれたプレゼントらしき包みに三蔵は目を見開き、次いで八戒を見上げた。
「クリスマスですから、プレゼントです」
 八戒の優しげな顔に、三蔵はうっすらと笑んだ。
「ありがとう」
 素直に受け取ると自分も鞄から小さな包みを取り出し、
「ほら」
 と八戒の前に押し出した。
「ありがとうございます」
 八戒は驚いたように、でも嬉しそうににっこりと笑った。
 ふんと、そっけないが満足そうに八戒からもらった包みを開ける。
 そこからは1冊の本が出てきた。表紙には綺麗に盛りつけられたお弁当が並んでいた。タイトルはもちろん、「ちょっと上達、お弁当♪」である。

 ・・・。

 これは、嫌味なのだろうか?そんなことはないはずなのだけれど、と三蔵は悩む。
 ぺらぺらとめくると、中から紙の破片が落ちた。
 拾い上げると1枚のチケット。三蔵が見たいと言っていたお正月封切りの映画であった・・・。
 それを見つめて、八戒を伺うと悪戯が成功したような顔で三蔵を見ていた。
 何となくしてやられたような気がする。でも、嬉しくて、
「一緒に、行くんだろう?」
 と聞いた。なぜなら、きっと同じチケットを八戒が持っているに違いなかったからだ。
「ええ、お正月に行きましょうね、それと、これありがとうございます」
 八戒は三蔵から渡された包みから出てきたCDを片手で持ち上げて言う。
 以前から好きだと言っていた洋楽のCD。探していたけれど見つからなくて、半分諦めていたのだ。それを覚えていてくれて、なおかつ探してくれたと思うと感激も一塩だ。
「たまたま見つけたから・・・、ついでだ」
 照れくさいのかそんなことを言う三蔵に八戒は、
「ついででも嬉しいですよ」
 と笑みを深くして言う。
 三蔵は少し頬を染めながら小さな声で、
「喜んでもらえて、良かった」
 と安心したように言った。
 二人がそんな微妙にいい雰囲気を醸し出していた時、店員が側に寄ってきた。
「こちらはクリスマスのサービスです」
 手に持った盆の上には皿に小さなケーキが乗っていた。
 一人に一切れ。
「今日、焼き上げた中にほんの少しだけ銀の指輪が入ったものがあります。どれかは全くわかりませんが、それに当たった人には幸運があるといいます。お客様に幸がありますように・・・」
 店員は、そう穏やかな声で言うとテーブルに皿を置いた。
 要は運試しのようなものだ。
 ヨーロッパの家庭でも、ケーキに一つ指輪やコインを入れて、切り分けて食べた時それに当たった物が幸運だ・・・という行事のようなものがある。
「じゃあ、食べてみましょうか?」
「ああ」
 ぱくりと食べる。
 味はフルーツケーキ。ドライフルーツやナッツが入った極々一般的なものだ。
 カチ・・・。
「あ?」
 三蔵が目を見開いて驚いた顔をした。口に手を持っていって、現れたのは部屋の照明で銀に光る小さな指輪。
「指輪?」
「ああ」
 三蔵は銀の指輪を指で摘み目の前に翳す。
「幸せが訪れますね」
 八戒は幸せそうに微笑んだ。
「お前が幸せそうにして、どうするんだよ」
 三蔵は不思議そうに尋ねた。
「三蔵が幸せなら、僕も幸せですよ」
 八戒のさらりと返された答えに三蔵は黙る。
「・・・変な奴だな」
 結局、そう片付けてしまうと三蔵は指輪を八戒の手の平に落とした。
「え?」
「やるよ」
 驚く八戒を無視して帰るか?と則す。
 どんな意図があって銀の指輪を八戒に渡したのか、三蔵の表情からは読みとれない。が、八戒はありがたく受け取っておくことにした。一度やるよと言ったものを三蔵は決して受け取らないからだ。
 きっと八戒にとって、この指輪は大切な宝物になるに違いない。


 会計をすませて外に出ると、ふわりと空から雪が降りてきた。
 二人は無言で空を仰ぎ見た。
 やがて呟くように一言。
「ホワイトクリスマスだ・・・!」


 真っ白のベールに包まれる、そこは聖夜の奇跡。



                           END




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