遠足、それは小学生にとって避けられない行事である。 どこか近場に社会科見学のような美術館、博物館、それともハイキングとか………との考えは裏切られた。 「今年は、ディ○ニーランド」 その言葉は、衝撃を与えた………。 もちろん喜ぶものだっているが、そんな騒がしい場所に行きたくない、という子供も稀に存在した。 それは言わずもがな、金蝉と天蓬だった。 それでも、金蝉が天蓬と一緒に行ってくれるのであらば、それが例え近所の公園であろうとどこだろうと天蓬は幸せだった。別にどこかに行かなくとも、ただ、傍にいられれば幸せなのだから、お手軽というか欲がないというか、聞く人によっては大層慎ましやかな性格だった。 が、もちろん本人はそのような可愛らしい性格はしていなかった。 ただただ、金蝉のことが最優先であり、それ以外のことはどうでも良かった。全く目に入っていない、というのがクラスメイトの意見である。 さて、遠足当日。 金蝉は熱を出した。 もう、慣れっこの天蓬はいそいそと看病をしてこのまま1日一緒に学校を休もうと思ったのだが、金蝉に「行って来い」とはっきりきっぱり言い切られて、行くこととなった。 後ろ髪引かれる思いで学校に行きバスに乗り、東京とは名ばかりの浦安ディ○ニーランドへ向かった。 クラスメイトが気を使って一緒に行動しようとしてくれるが、天蓬は全く意識が向いていなかった。 金蝉のいない場所で過ごしても楽しくない………。 土産話も必要ないし。(過去に観世音に連れられて来たことがあると言っていた) 天蓬はそうそうに園内を出て、隣にある「エク○ペアリ」に行くことにした。誰も彼の行動を咎めなかった………。それはいかに扱い憎い生徒であるか、わかるというものだった。別に特別問題を起こすこともないし、成績なんて別格に良く優秀な生徒なのだが、如何せん彼の中心は金蝉を中心に回っている点で教師を悩ませていた。 それでも金蝉が共に行動するならば、大層良い生徒(金蝉のいない日に比べて)だった。 「お腹も空いたし、何か食べようか?」 エク○ペアリの門を潜り、広い中をくるくると回る。4階建てで、各階に食べ物、買い物のエリアがあるらしい。 天蓬はきょろきょろとはじめて見る園内を観察する。 通常なら上から下に下りてくるのが定石だが、上の階のお店はどう見ても高級そうだった。小学生が一人で入れる場所ではなかった。 (さて、ファーストフードみたいな場所はあるかな?) 小学生が一人で入っても大丈夫そうな場所をパンフレットで見ながらたどり着いた場所は1階にある「ハ○プティー・ディー」。 幸い店内は混んでいなかった。 天蓬はメニューを見る。 「いらっしゃいませ」 「えっと、このデザートセット、お願いします」 天蓬はメニューを指差して店員の営業スマイルを浮かべている女性に注文する。 「飲み物は何になさいますか?」 「ウーロン茶で」 「はい。お持ちしますので、お席でお待ちください」 天蓬はお金を払いそのまま店内の奥の席に座った。 見回す店内………。 イエローとオレンジのカラフルな配色。至る場所に卵のデザインが施されている。 壁面に、置物に、半分に割られた卵。照明まで卵を割った殻の形に電球が入ったものだ。 (………僕の趣味じゃないけど、ここまで拘れば天晴れだな) 天蓬は内心変な感心をする。製作者にとっては決して褒め言葉ではなかったろう。 「お待たせしました〜」 店員がプレートに乗ったセットを運んでテーブルに置いた。 「ありがとうございます」 礼儀は正しく躾けられている天蓬は軽くお辞儀をして御礼を返した。 「ごゆっくりどうぞ」 店員もにこやかに微笑んで去っていった。 ロコモコ丼(鉄板で焼いたハンバーガーに目玉焼きが乗った丼)、ウーロン茶、オレンジ風味のプリン。これが天蓬が注文したデザートセットである。 天蓬は一人だが手をそろえて頂きます、と言うとスプーンで丼をすくった。はぐはぐと味わい、租借する。 (……ハンバーグ丼?) ハンバーグを丼に乗せた、シンプルな味だ。目玉焼きもまあ、普通だろう。変わっていたら、金蝉に土産話になったかもしれないなと天蓬は思う。それでも、室内の過剰な卵のデザインは土産話になりそうである。天蓬は冷静に頭の端でそう考えた。 結局のところ、彼の頭の中は、金蝉で埋まっていた……。 (これから、どうしようかな?) ご飯を食べた後、どう行動しようかパンフレットを見ながら悩む。 何か金蝉にお土産みたいなものを買っていこうか?そうすれば、話もできるし、こられなかった金蝉との思い出ができる。 (よし、何か探してみようか……) 天蓬はそう決めた。 パンフレットを見ていると、雑貨などは2階にあるらしい。 3階はブランドを取り扱った店が並んでいるようだし、1階もどうやら目的のものはなさそう……ということで、天蓬は2階を覗いてみることにした。 大きなディ○ニー・ストアーが幅を利かせているが、問題外である。 金蝉はミッ○ーマウスやその他のキャラクターに特別思い入れはなさそうだった。それに、あの清楚で豪奢な美貌に極彩色のキャラクターは似合わないと思われた。 天蓬はあのグッズやぬいぐるみをもった金蝉を想像して、慌てて打ち消した。 それは天蓬の金蝉に対する美への冒涜である。 (大却下だな……) 心のうちでそう呟くと、大きな道に並ぶ店をきょろきょろと見回る。 雑貨一つとっても、ヨーロッパ・アジア・アメリカンカントリー・オリエンタルと多種多様にそろっていた。けれど、金蝉が住む館にアジアンテイストは似合わないし、ヨーロッパであろうとカントリーであろうと元々の調度品や家具が品の良い上質なものであるから、必要ないし、安物は浮くだろう……。 たとえどんなものを買っても金蝉は喜んでくれる。 大切にしてくれることを知っている。 でも、だからこそ、邪魔にならずできるなら気に入ってもらえるものを送りたかった。 ふらりと覗いたトイショップ。 そこには小物やぬいぐるみがあった。 きっと何もないだろう、と期待していなかったのだら、目を引くものがあった。それも、ぬいぐるみ……。 柔らかな素材で色は薄い茶色。寝ている犬の表情は、それはそれは気持ち良さそうだった。抱きしめたら、とっても気持ちよくて安眠できそう……。 (ミッ○ーマウスはどうかと思うが、これだったら金蝉にも似合いそうだなあ……) 天蓬はその姿を想像して、顔が少々にやけた。 きっとものすごく可愛らしい。 ……が、彼が素直に受け取るだろうか? そういう部分は、大層はっきりとしている金蝉である。 今更、ぬいぐるみなんてもてるか、と言われそう……。 (やっぱりダメだろうか……?) 天蓬は諦めた。 いつか折をみて送ってみてもいいかもしれない。 どこかに金蝉に渡せるお土産はないものかと天蓬は歩き回る。 すると目に付いたのは天然石が並んだ「ストーン・マーケット」だった。店内は水と光を効果的に使用した幻想的な雰囲気が漂っていた。 透明なテーブルに並べられた天然石。 そこそこのオブジェにもなりそうな大きさのもの。 小さなお守りみたいなもの。 様々な大きさと形の天然石があった。 天蓬は室内に入り所狭しと並べれえた石たちを見る。 ガラスの器にもられた天然石は直接手にとって触って見ることができる。アクセサリーになったものもあるし、好みの天然石を選んでその場でオリジナルのアクセサリーを作ることもできるらしい。 パワーストーンとして有名な水晶、ムーンストーン。トルコ石、翡翠、アクアマリン、エメラルド、ペリドット、琥珀、珊瑚、瑪瑙、ラピスラズリ…………。 ころころとした形の天然石はそれほど高価ではない。宝石の価値ではなく、石の魅力を色を楽しむものだ。 そして天蓬が一番惹き付けられる石、紫水晶。 きらきらと輝く菫色、淡い色あいは天蓬を癒す色。 金蝉の瞳の色。 天蓬が一番愛する宝石だ。 これしか、自分は欲しくない。 これしか、自分は選べない。 金蝉へのお土産は、それでも自分にとって価値があるものがいい。 天蓬は、これに決めた。 何より天然石の店らしくそれぞれに石の宝石言葉が書いてあるのだが、紫水晶の意味合いは天蓬を納得させるものだった。 「ただいま〜、金蝉!」 天蓬は屋敷に帰るなり、金蝉の部屋へ突っ走る。 だからといって、乱暴にドアを開けたりはしない。走ってくるのはドアの前まで、廊下と階段だけだ。部屋では金蝉が熱を出して寝ているのだから……もし眠っていたら起こしてしまう、それは天蓬の本意ではなかった。 すぐに逢いたい。けれど、一番大切なのは金蝉。 早く治して欲しい。 元気になって苦しさそうな顔ではなく笑った綺麗な笑顔が見たい。 コンコン。 静かにノックしてゆっくりとノブを回す。開けた先、部屋の隅にあるベットの毛布がこんもりと人型になっていることから、金蝉が寝ていることがわかった。天蓬は音を立てないようにそっと近づく。 そっと枕もとを覗き込むと金蝉が安らかな寝顔で眠っている。 その寝顔が苦しそうではなくて、熱は下がったかもしれないと、額にかかる髪を掻き上げて手のひらを乗せる。 若干熱っぽい程度で、朝に比べれば格段に下がっている。 (良かった……) 天蓬は、ほうっと吐息をついた。 明日にはもしかしたら、学校に行けるかもしれない。 大事を取って休む可能性もあるが、それでも明後日には一緒に登校できるだろう。 「ん……?」 金蝉の瞼がふるえて、ゆくりと瞳が開かれた。 紫色の煌く宝石、天蓬の至宝。 天蓬を見つめる金蝉の瞳に、思わず見惚れた。 「天蓬……?」 「はい。ただいま、帰って来ました」 「ああ、おかえり」 金蝉はふわりと微笑む。天蓬が帰ってくると、いつもこうして向かえてくれる。金蝉に「おかえり」と言ってもらうのが天蓬は大好きだった。 「熱、下がったみたいですね?」 「だいぶ、いいぞ」 金蝉はそう言いながら身体を起こして枕を立てにして座る。すぐに天蓬も手を貸して金蝉の後ろに枕だけでなくクッションを追加する。そうすれば、座り心地も良くなるはずだ。 「今日は、どうだった?」 「えっとですね、すごく混んでました。あんなにたくさん人がいると酔いそうですね。金蝉が以前行った時はどうだったんですか?貴方だと、辛くありませんでしたか?」 金蝉はある意味天蓬の精神的保護者を兼ねている。観世音がその役を行う機会は極端に少なく、適材適所でちょうどいいというのが観世音の弁であるが……こうした行事やテストなど自分が参加できないで屋敷にいた場合、金蝉が聞き役になる。 金蝉に学校であったこと、成績表などを報告するのが天蓬の日課だった。通常なら母親がその役なのだが、この二人の場合は母親は存在しないし、普通とはかなりかけ離れた関係だった。お互いがお互いの保護者、それが一番正しい見解かもしれなかった。 しかし、二人とも全くそのことを気にしてはいなかった。 というよりその関係の異常さに気付いていない。 そのような事情から、金蝉に「遠足」の報告をしなくてはならない天蓬であるが、ディ○ニーランドにはほとんどいなかった。それはあまり言いたくない……。よって話の矛先を変えてみた。 「……前、行った時?そんなに人いなかったぞ?オフィシャルデーだとかで借り切った時に招待で行ったから……」 つまり、観世音の仕事関係の招待で行ったということだ。招待客しかいなければ、通常ほど混むことはあり得ない。 (さすが、観世音……) 自分が列を作って待つなんて考えられないのだろう。そして、金蝉の身体を十分わかっているから。炎天下や寒空の大行列に1時間も2時間も待つことは金蝉の身体に絶えられないだろう。 「そうでしたか……。金蝉はあの人ごみに行かなくて良かったかもしれません。ものすごいですから!迷子になるかもしれませんね」 「そんなの、なるか。……でも、そこまで多いなら、ちょっと嫌だな」 金蝉は若干眉を寄せる。 その嫌そうな顔の金蝉に、天蓬は「本当ですよ」と笑う。 「何か飲みますか?ここに一応お水はありますけど?」 「もらう。喉渇いた……」 枕もとの横にある小さなサイドテーブルにコップと氷の入った水が用意されていた。おそらく、古株のお手伝いが置いていったのだろう。コップに氷水を注いで天蓬は金蝉に渡す。 金蝉は両手でコップを受け取ってこくりと飲み干す。そして、ふうと吐息を漏らした。 「落ち着きました?」 「ああ、ありがとう」 「どうしたしまして。えっとですね、それでお土産があるんです」 「……何だ?」 「これ……」 天蓬はポケットから小さな紙袋を取り出した。そして金蝉に差し出す。 金蝉はその包みを見つめつつ受け取り、あけてもいいか?と目で天蓬に聞いた。天蓬は頷く。 丁寧に開くとそこには小さな布の袋。柔らかな濃い紫色の生地は巾着型になっていて、口が結ばれている。それをまたほどいて開けると、ころりと紫色の石が出てきた。 「………?」 金蝉はそれを指で摘み、目の高さまでもってきてしげしげと眺める。 「………紫水晶?」 「はい」 「………俺に?」 金蝉は首を傾げる。その拍子に長い金の髪がさらりと流れた。 「はい。金蝉に……。たまたま見つけたんです、その石を。その石は貴方にとても相応しいと思いました……」 「俺に、相応しい?」 「ええ。その紫水晶は、貴方の瞳の色。僕にとっての貴方そのものです」 天蓬は真っ直ぐに金蝉を見つめた。 「………」 「紫水晶の宝石言葉は、『誠実・心の平和・平静、そして高貴・楽しい夢・希望』といいます。貴方の瞳は僕にとって夢や希望そのものなんです、金蝉……」 真摯な瞳で天蓬は金蝉に訴えた。 金蝉は一瞬瞳を見開き、次いで瞳を和らげた。 「………お前、結構馬鹿だな」 可笑しそうに天蓬を見つめて笑う。 「どうしてですか?」 真剣な告白(別に恋の告白ではなく、大切な心の内を告げただけ)に対して、無下にされることはなかったが、金蝉がおかしそうに笑っている理由がわからなかった。 「だって、俺の瞳がお前の夢や希望なんだろう?だったら普通その紫水晶は自分で持っていたいと、………もっているものじゃないのか?」 「………だって、僕は貴方の傍にいますから、それで十分ですし。お店で石を見た時、それ以外目に入らなくて、それ以外買う気になんてなれなかったんです……」 「本当に、馬鹿だな」 そう金蝉は言うと、馬鹿と言っている割に楽しそうに笑う。 「天蓬、そこの机の2番目の引き出しあけて小箱を出してくれ」 「え?はい」 天蓬は言われるがままに、金蝉の机の引き出しから小さくて綺麗な小箱を取り出して金蝉に渡した。彼の机はいつも整理整頓されてるし、物が基本的に少なかった。だから、引き出しを開けても、小箱がちょこんとあるだけだった。 金蝉はそれを毛布の上、自分の膝に乗せ安定させて箱を開けると中から小さな指輪を取り出す。 「ほら、天蓬」 そして天蓬に指し出し、彼が反射的に出した手のひらに落とした。 天蓬はそれを唖然と見つめる。 「………金蝉、これって……?」 「見たままだ。お前にやる」 「………えええ????」 天蓬は間抜けな声を上げた。 だって、その指輪は銀色に輝く輪の先に紫の宝石が付いていたのだから。 (………これって、やっぱり紫水晶?) 話の流れからいって、それ以外考えられないだろう。 「天蓬がこの石を俺にくれたから、それはお前にやるよ。もっていろ」 その価値から言えば、そこらへんで買えるただの天然石と極上の宝石の違いがあった。 けれど、値段のことを言えば、怒られることは目に見えていた。 そんなことではないのだ……。 価値とは自分が決めるものであり、値段ではない。 自分の宝石を天蓬にもっていろ、と言ってくれる。 代わりに天蓬の渡した天然石を受け取ってくれた。 (こんなに嬉しいことってない……) 「………ありがとうございます。大切にします」 だから、金蝉の気持ちを大切に受け取ってそう感謝を述べた。 「ああ。俺も、これありがとう」 金蝉は天蓬の渡した、小さな石を手で摘んで微笑んだ。 天蓬はその笑顔が嬉しくて、もらった心が嬉しくて、にっこりと微笑み返した。 この瞬間の気持ちは絶対に忘れない……。 天蓬にとって大切な大切な思い出の一時になったことは言うまでもない。 END |