女官日記2



、用意はできましたか?」
「はい、連翹様」
は連翹の声に振り返り元気に答えた。
金蝉の女官として仕えて、1月経った。何もできない所から少しずつ学び、お茶を一人で入れることが許されたり、悟空を探して館中を歩き回ったり、基本となる掃除も常々行っている。女官の仕事は全くたくさんの種類があった。
そんなが最近教えられているのが、ここ桜の間の管理というより掃除である。
桜の間、通称衣装部屋。
その部屋には衣装や装身具が納められた家具が並んでいた。
祭時の際に誂えた豪奢な着物から通常の衣装、反物のままあるもの、色とりどりの素材で上質な衣装。
簪、首飾り、指輪、腕輪、など身の回りを飾る装飾品などその数は計り知れない。
高価な貴重な宝石を使い名匠が細工した物ばかりだ。
季節毎に届けられる産地の反物や装飾品。
如来や菩薩などから贈られたものまであった。
全ては金蝉のためのもの。
それ故、管理は女官筆頭である連翹が任されているが、細々とした準備や掃除、管理をも学んでいた。
金蝉が召した着物はきちんと洗い、影干しする。
装身具は磨き上げる。
宝石の一つ一つや金属の金具まで柔らかい布で曇り一つなく輝くまで丹誠込めて磨くのだ。
それ以外でも、使用するために香を炊き込めたりする。当然、香の管理もある。
素晴らしく高価で貴重なものがあるため、誰でも出入りできる訳ではない。をその部屋に入ることを許され、仕事を任されたことの栄誉を誇りに思っていた。
今日は金蝉が少々お出かけのため、その衣装の準備を行っていた。正装ではなく、知人達と湖畔へ水遊びに出かけるための軽い衣装。
「それでは金蝉様、どうぞこちらへ」
「ああ」
連翹が金蝉を室内の中央、着替え専用の毛足が長い絨毯の上に誘導する。
金蝉はされるがままに、履き物を脱ぎ裸足で絨毯の上がる。連翹はにほらと、と目で合図を送る。
は、はいと頷いて金蝉の側までよると、
「失礼します」
と声をかけて、金蝉が現在付けている装身具を腕、首などから取り外す。次に着ているものを丁寧に取り払う。すると目の前には透き通るような白い肌が表れる。
綺麗な肢体・・・。
初めてが衣装の手伝いで見た時、あまりの美しさに見惚れてしまって一瞬惚けてしまった。金蝉童子、自分の仕える主人がどれほどの存在か改めて知ったのだ。
上級神、徳の高さが上になればなるほど、美しさが増すと聞いたことがある。一概に身分ではきまらないようだが、身体からあふれ出るその存在が魂が崇高であれば、当然表に現れてくるのだろうか?
は恐れ多くもそう思う。
その麗しさはが出逢った上級神の中で一番だ。
誇りを持って仕えたい、主人には美しくいて頂きたいと密やかには思う。

連翹が呼ぶ。
「はい、ただ今」
は用意していた衣装の一重の着物を広げた。金蝉の後ろから袖を持ち「どうぞ」と声をかけて金蝉に片方ずつ腕を通してもらう。
新緑の木々、深く澄んだ湖の底を思わせる、深緑色の着物だ。
それを連翹が襟をあわせて綺麗に着る付ける。
にはまだできないことだ。
いつかは自分もできるようにと連翹の手元を観察する。
「はい、連翹様」
は帯を連翹に差し出した。
帯は表が貴重な染料の草木染めで色合いは黄色というか薄黄緑というか微妙な味わが出ていて、裏は銀色になっている。連翹が金蝉の前に立ち、結ぶのを後ろからが手伝う。
幾重に細い腰に巻いて後ろで小さく結ぶと、銀色と染めの草木色が交互に表れて目を楽しませる。
「金蝉様、苦しくございませんか?」
連翹は結び終わると金蝉に確認する。
「ああ、大丈夫だ」
金蝉は頷いた。そして連翹の横にいるを見る。
「今日は華羅か?
「はい、金蝉様」
は嬉しさのため、頬を高揚させて頷いた。
が衣装に炊き込めた香、華羅。金蝉のために調合された香り。上品で涼やかなそして軽やかな香りだ。今日のような軽装なお出かけに合うかとが選んだのだ。
それを金蝉に気付いてもらえるなんて・・・。
有頂天になる心と顔を引き締めて、作業を続ける。
「失礼します」
連翹が金の長い髪を櫛で少しずつ梳く。絡まらないように、毛先から細心の注意を払い櫛削る。金色が輝きを増す程になると少し高めに結い、背中に垂らす。
は金細工で花びらを型どり花心には緑柱石を置いた簪を連翹に渡す。それを連翹は角度に気を付けながら刺す。
耳にも揃いの耳飾りを付ける。
連翹は全体を見回して、一度頷く。
は部屋の側面に置かれている可動式の姿を映す大きな鏡を金蝉の前まで動かした。
鏡は優位な曲線で縁に花と鳥の細工が施して有った。
鏡に映った金蝉は大層美しかった。それをは後ろから見つめる。
「ありがとう」
金蝉が軽く頷きながら連翹とに言った。
沸き上がる喜び。
主上からお礼の言葉を受けることほど嬉しいことはない。
は深く身体を折って礼をする。
もったいない言葉だ・・・。
「それでは、準備ができたことを伝えて来て下さい」
「はい。連翹様」
は部屋から速やかに退出すると、今日金蝉と一緒に出かける者が待つ部屋に行く。
部屋には悟空、天蓬元帥、捲簾大将が座って待っていた。机の上には用意してあるお茶とお菓子。
悟空の前には食べ散らかしたかすが落ちていた。
は内心しょうがないわね、微笑みながら
「お待たせ致しました。ただ今用意が調ってございます。すぐに主人が参ります」
女官らしく、礼をしながら伝える。
「わかりました」
天蓬は笑顔でに返す。
すると、連翹に伴われた金蝉が現れた。
そこにはも見惚れる麗しい主人が居た。何度見ても誇らしい。
「待たせたな」
「いいえ。それでは参りましょうか?」
天蓬は連翹から包みを受け取り捲簾に渡すとは自分は金蝉の手を取った。
包みの中にはお茶とお菓子などが入っている。主に悟空のためのものと言っていいだろう。それを持つのは捲簾の役目らしい。悟空では振り回したり途中でお菓子を食べてしまうかもしれないからだ。そして、金蝉を伴うのは天蓬の役目、というより特権だ。
「じゃあ、行って来る」
金蝉は連翹とに振り返り、そう言った。
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ」
律儀な主人に二人は微笑む。
その後ろ姿が消えるまで廊下で並んで見送った。



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