「二郎神のおつかい」



 5月の祭典。
 時はGWである。
 ここ有明のとある場所でも毎年人々が集う『イベント』があった。
 初夏というのに相応しい紫外線が刺すように痛い陽気はじんわりと汗を誘う。それは外に待つ行列の人々も中で準備をする人々も同様であった。
 会場の合図と共になだれ込む人並みは熱気と情熱とに溢れていて、そこには一種の別空間が存在した。



 通称、壁サークル。そこは行列ができる危険性を帯びたサークルの行き着く場所である。行列は会場内を行き来する人々にとって迷惑にしかならないため、外にその列を誘導するために絶好の場所が壁際であった。
 それはある意味隔離ともいう………。
「今日の新刊セットも購入すると、袋が付きます。1冊に付きシールが1枚付いてそれを12枚集めるとグッズがもらえます!」
 売り子の声が響く。
 ここは『天蓬×金蝉ONLYアンソロジー』を発売するサークルである。
 文字通り行列ができていた。それをてきぱき裁いていかないといつまで経っても行列はなくならない………。が、おまけやグッズなど本を販売する事以外にやることが多いため、簡単にはなくならない。売り子も必死で作業にあたっていた。
 そんな女性の行列の中にひときわ目立つ男性がいた。
 ものすごい長身に、コスプレなのかずるずるした衣装に身を包んだ、年を取っているのかいないのか定かでない男性………。その存在感はどこか圧倒される。
 一緒に並んでいる女性達も大変気になるが、盗み見るだけに留まり話かけもしなかった。
 やがて、男性はやっと購入する順番が回ってきた。
 彼は徐にこれを、とアンソロジーを指さし売り子に
「100冊お願いします」
 と言った。
「………は?100冊??」
 売り子は戦いた。
 人の分もまとめて購入する人もいるが精々10冊までではないだろうか?
 100冊買ってどうするの?この人物は何者?
 偏見はいけないが、おかしい人?????
 心の中は疑問符と猜疑心でいっぱいだった。
「はい、100冊」
 けれど男性はきっぱりと至極真面目に告げた。
「す、少しお待ち下さい」
 売り子は動揺を隠し、男性にそう言うと、後ろを振り返った。
「○○さん、100冊在庫ありますか?」
「………100冊?なぜ?」
「お客さんが100冊下さいって言われてます。100冊分のおまけ本ありますか?」
「………どうにかあるよ………。でも、ダンボールにして5箱だよ?」
「そうですよね………」
『天蓬×金蝉ONLYアンソロジー』それは296ページというアンソロジー至上稀に見るぶ厚い本であった。フルカラーの表紙にカラー口絵が2枚。ついでに箱入りという凶悪なまでも重さを誇る打ち所が悪ければ人も殺せそうな凶器。
 早朝、箱と本と同時に搬入されたため、家庭内作業のように朝から箱詰めに明け暮れた、苦労の産物であるのだ。
 その上、1箱に20冊しか入らないやたらに場所を取る代物。
 100冊は単純にダンボール5箱になるのだ………。
「あの、ダンボールで5箱になるんですけど、どうしましょう?」
「それで結構です」
「そうですか………。準備しますのでちょっとこちらへどうそ」
 売り子は他の行列の邪魔にならないように、横側に来てもらった。
 その間もダンボールに詰められ本はガムテープで止めらる。会計も済ませて。
「あ、100冊なので、特典のキーホルダーが8個付きますが、どうしますか?」
 キーホルダーは金蝉&天蓬と三蔵&八戒の2種類あった。売り子はそれを両手に持って見せる。
「金蝉殿と天蓬殿をお願いしたい」
「全てですか?」
「はい」
「畏まりました」
 キーホルダーや今日のおまけを袋に入れて、男性に渡した。そうした間に準備が整い、5箱積み上がった様は見事であった………。これが全てアンソロジーかと思うと感動するというか、少々呆れる。
 彼はそれの横に立ち、
「それでは、忝のうございます」と言って一礼すると、口の中で何やら呪文を唱えた。
 その瞬間、その姿は消えた………。
 目の前で奇跡か、幻のような瞬間を目撃した売り子と責任者は絶句した。
 が、次に出た言葉は
「あの人の置いていったお金は木の葉ではないよね?」
「確認してみましょう」
 売り子はしっかりと梳かしたり触ったりしてお札を確認するが本物であった。
「ま、それならいいか」
「そうですね。何者であれ上客でしたよね〜。一体どれだけの人に渡すのかしら?」
「マイナーかと思っていたけど、ちゃんと好きな人がいて良かったね」
「ね〜!!!」
 アンソロジー責任者と売り子はにここやかに微笑みあった。
 それは、同士の微笑みだった。



「おお〜ご苦労だったな。大漁じゃねえか………」
 観世音はにやりと笑いながら目の前に置かれた本を眺める。
 ぺらぺらとめくりながらにやにや人の悪い表情を浮かべる。
「お前にも1冊やろうか?二郎神」
「観世音様………」
 二郎神は疲れたように肩を落とす。
 下界に降りてこんなものを購入することになろうとは思いもしなかった。
 あの場は一種異様な熱気が渦巻き、少々苦手である。
 それは、当然と言えた。なぜなら煩悩の空間なのだから。
「いいじゃねえか。早速天蓬に教えてやるか」
 観世音は二郎神の項垂れた顔など見えていないように、うきうきと今後の予定を考えた。
 誰に配ろうかな………。
 うちの女官連中も欲しいって言ってたから日頃の感謝を込めて分けてやろう、と。
 金蝉がもし知ったなら激怒どころか本自体抹殺しかねない事を観世音は思っていた。






                               おわり。




 *それってさ、と思う部分があったとしても、全てフィクションです。よろしいですね?


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