「天上界、アンソロジーの珍事」




「そういえば、この間映し鏡を眺めていたら面白いものを見つけたぞ」

 観世音はにやりと笑いながら天蓬と金蝉を見た。
 爽やかな風が吹き抜ける午後の一時。
 観世音の館の一室、外開きに開け放たれた大きな窓からは睡蓮が咲き誇る庭が見えた。水面が光に反射してきらきらと輝いている、水の庭。

「何を?」
 こういう時の観世音は危険だと知っているため用心深く金蝉は聞いた。
 心を落ち着かせるため、お茶を一口飲む。
 柔らかな甘みが口に広がり爽やかな後味だ。
「これだ」
 観世音は徐に映し鏡を取り出すと、金蝉と天蓬によく見えるよう差し出した。


『天蓬×金蝉アンソロジー』


 そう書かれた本が、そこには映っていた。

「何ですか?これは」
 絶句している金蝉を置いておいて、天蓬が観世音に聞いた。
「下界で売っている同人誌という本だ。何でも、296ページという凶器になりそうなぶ分厚い本らしい。中身は、見たとおりお前らのことだな?」
「私たちですか?」
「そう、全てお前ら二人の事らしい。なかなか面白そうだろう?」
「………俺達の事ってどういうことだ?」
 金蝉は眉を潜めて、低い声で問いただす。
「決ってるじゃねえか。お前ら二人がラブラブって事だよ。煩悩の固まりって感じだな?愉快だなあ………」
「ふざけるな。そんな本、止めさせろ。この世から抹消しろ!!!」
「金蝉、世の中には表現の自由という言葉があるように、たとえ金蝉でもそれは許されませんよ?」
 怒る金蝉を、まあまあと天蓬は宥める。
「許せねえっ」
「いいじゃないですか、言ってみれば、私たちの愛の結晶みたいなものなんですから」
 にっこりと笑顔で言う天蓬に金蝉は切れた。
「何が愛の結晶だ!不愉快だ」
 そう言うと金蝉は怒りをまき散らしつつ、部屋から出ていった。

「金蝉!!!」
 天蓬は追いかけようと席を立つ。
 が、観世音に振り向くと、
「観世音、20冊ほどお願いできますか?」
 と言った。
「20冊なのか?」
「ええ。1冊は保存用。1冊は観賞用。それに観世音にも1冊進呈しますよ。そして、保護者殿達にもね………」
 最高神の面々。
 釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来、文殊菩薩、普賢菩薩、勢至菩薩、日光菩薩、月光菩薩。
 金蝉の自称保護者の神々。
「それ以外にも、少々ね」
 天蓬は読めない微笑みを浮かべる。
 元帥は策を練っているようだ。
「わかった。まかせておけ」
「ありがとうございます。それでは」
 天蓬は一礼すると金蝉の後を追った。

 観世音は、ふむと顎に手を当てて考えるそぶりだ。
「この『イベント』なるものに、紛れ込むか?それとも二郎神にお使いでもさせるか?」

 楽しそうに観世音は計画を立て始めた。
 その、貧乏くじを引くのは誰だったのだろう?





                           (おわり)



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