「よう!」 「何しに来た?」 いつもの執務室。 穏やかな風も心地いい。 そんな優しい気配につつまれていたというのに、突然災いはやってくる。もとい、災いの元凶が・・・。 観世音菩薩はさっさと執務室に入ると、金蝉の前まで来た。 机の上には書類が積まれている。 「何って、ご機嫌伺いさ」 「邪魔だ」 金蝉はそっけなく言う。 たまった書類を片づける手を止めない。 その手の間から1枚書類を摘み、ちろりと見る。 嫌そうに金蝉は観世音を見た。 「貴様は暇なのか?」 「そんな不機嫌な顔して仕事してるんじゃねねよ。休憩にしな」 観世音はにやりと笑う。 「お前が休憩したいだけなんじゃねえのか?ばばあ」 より、顔をゆがえめる金蝉。 そこへ、 「いらっしゃいませ。観世音菩薩さま」 連翹が微笑みながら、盆にお茶を運んで来た。 とても、タイミングがいい。 つまり、すでに連翹には会って、茶を所望していた観世音だった。 「今日の茶は何だ?」 「今日は桂花香ですわ。青茶で、金木犀の花のような香りがします。黄金桂でも良かったのですけど、少し香りが強いですから」 白い陶器の茶器から、こぽこぽと湯気を立てて、注がれるお茶。 繊細な香りがふわりと部屋に広がる。 白い蓋椀に注がれた。 鮮やかな手際を見守る二人。 観世音はよくお茶を飲みに、ここに来る。 「連翹の茶は上手いから!」というのが理由らしい。 今日も、 「やっぱり連翹のお茶が一番だな!」 と誉めた。 「光栄ですわ」 連翹はころころと微笑んだ。 「今日はもう一つ」 連翹は盆からもう一つ机に置く。 透明な硝子の大きめの器に湯が注がれ、茶花が咲いている。 「菊花茶ですわ。牡丹の花のように広がります。香りは控えめですが、見て楽しんで下さいまし。飲むと柔らかな味がします。これは時間をおいて後でどうぞ」 目を優しく癒してくれる、お茶。 それを見ながら、観世音は蓋椀から茶を一口飲んだ。 一息・・・。 そして、当然の一言。 「茶菓子は?」 「今日は山栗と無花果の干山果と小豆餡が入った生菓子にしてみました。甘みが控えめですから・・・。観世音菩薩さま、お好きであられましたでしょう?」 観世音の好みを把握しているからこそできる技、心使いである。 連翹が有能なのか、それだけ観世音が通っているのか、どちらだろう? 金蝉もこうなったら休憩だなとあきらめて、目の前の湯気の立つ、お茶を頂くことにした。 「ただいま〜。腹減った〜、金蝉!」 悟空が部屋に飛び込んでくる。 そう、いつもの台詞を吐いて。 毎度のことながら、こいつのお腹はどうなっているのだろうか?と疑問に思う。 子供とはこんなに食べ物を取るものなのか? 己の子供時代を振り返り、否定する。 自分はどちらかというと、食が細かった・・・。 それでは、これは? 金蝉は一つ思いついた。動物は、違うのだ、と。 動物に餌を与えるのは飼い主の義務だ。 「こんにちは、金蝉」 「よう〜。じゃまするぜ!」 そこへいつもの二人が入ってくる。 言わずと知れた、天蓬元帥と、捲簾大将であった。 元帥と大将が二人揃ってこんな所に現れるなんて天界軍は暇らしい、と金蝉が思っても不思議はない。 「おかえりなさいませ」 ぶっちょう顔の金蝉はおいておいて、連翹はにこやかに迎え入れた。 「お菓子がありますよ、悟空さま」 「本当?食べる〜〜〜!!!」 悟空は喜びの声を上げた。 食べ物に思いきり釣られて、悟空は連翹に懐いていた。 「天蓬様も捲簾様も、ただいま新しいお茶をお持ちしますね」 お茶の用意に向かう連翹に悟空がまとわり付いている。 それに微笑みながら、連翹は部屋を出ていった。 後ろ姿を見送った金蝉は、ため息一つ。 「お前ら、何でここに来て茶を飲む?場所を間違えてないか?」 不機嫌に金蝉が言う。 「間違えてませんよ、金蝉」 にっこり微笑む天蓬だ。 「ケチケチするなよ、金蝉」 捲簾がにやにやして言う。 腰には酒瓶が下がっていた。天界西方軍の未来は暗いかもしれない・・・。 「いいじゃねえか、大勢で飲む茶も上手いぞ、金蝉」 観世音も追い打ちをかける。 この面子で金蝉が勝てるわけがなかった。 最後に、 「いいでしょう、金蝉」 ね?と天蓬がにこやかに、完璧に微笑んで言う。 有無を言わさない、笑顔だ。 そして、金蝉は負けた。 「お待たせしました!」 連翹の声が部屋に響く。 花のような香りがまた、部屋に満ちる。 「いただきま〜す!!!」 悟空の楽しそうな声がする。 そして、いつもの穏やかな時間の始まりだ。 END |