お歳暮お中元だけではなく、季節の折々に相当な量の品物が届く。 お屋敷はとても広いが行事毎にその品物で一部屋埋まるのだから、もらって嬉しいと素直には言えないだろう。 それももらう本人が対処するならいい。 しかし、本人は大概いないのだ。いたとしても自分でどうにかしようなどと一欠片だって思わないだろう。会社を経営しているいい大人のくせに、そういう所はいい加減だった。 人間向き不向きがある。とかなんとか言っているが、単に面倒なだけなのだ。 否、ただ考えなしなだけかもしれない。その時の気分で行動するため、偶に子供なんて引き取ったりしてみる。そして当然子育てなどしない、放任主義だ。 おかげで、そのお鉢が回ってくる人間が存在した。 高校生とはいえまだ、十分に子供だ。 それなのに、屋敷を切り盛りする姿は哀れを誘う。 ハンカチで涙など拭かないが、古株のお手伝いはいつもいつもご苦労さまです、何でもおっしゃって下さいねと主代理へ仕えていた。 1月も半ばを過ぎればスーパーでもデパートでも街角でも至る所で赤いリボンやハート型のオブジェが氾濫する。色とりどりのディスプレイはひときわ見事で、人を購入意欲満々にさせる大々的行事としてはクリスマスの次くらいに位置するだろ、バレンタインデー。 そう、世の中はバレンタインデ一色だった。 また、バレンタインといえば、チョコレートが定番だ。 意中の人へ贈り物を添えることもあるが、一番の主役は甘〜いチョコレートである。 誰が何と言っても、チョコレート。これは変えようがない。 「そうはいっても、変えてくれればいいのに………」 金蝉は目の前の箱、箱、箱を見てこぼす。 「甘い匂いで吐きそうだ………」 部屋中甘い香りが立ちこめて、鼻がおかしくなりそうだ。 贈り物の対応には慣れている。これがお中元でもお歳暮でも新年の挨拶ものであろうと、季節になると地域から直送されてくる食品だろうが、生ものであるが、怖いものではない。寂しいことに、すでに年期が入っている。 届けられるものは、受領書とともに専用の部屋に移される。そこで中身をチェックして生ものだったらすぐに処理。その日か次の日の食卓に上る。それでも駄目なほど大量にあればお手伝いの人にもっていってもらう。腐らせるのは勿体ない。保存が効くものであれば、置いておく。ただし、キッチンや貯蔵庫などに整理整頓される。それ以外のいろんなものは、それこそその時対応する。 お菓子などだと悟空が食べ尽くすため、一度に食べる量を決めておかなければならない。 缶ジュースなど飲料は寄付。 皿やカップ等、陶器などの製品とタオル等は学校主催のバザーへ。 Yシャツの仕立て用の布は、生地によって誰かのシャツへ。最近では大概天蓬のシャツになることが多い。悟空には似合わないからだ。 そして、受領書を見て一覧を作りお礼状を書く。 金蝉はその作業を中学生からしていた。 実は、内面でこの館を取り仕切っているのは金蝉であると務めるお手伝いは皆知っていた。 が、そんな完璧な金蝉にも嫌な行事がある。それがバレンタインだ。 甘いものが嫌いな訳ではない。ある一定のものは食べる。 しかし、どうしても程度に限界はあると金蝉は思う。 「バレンタインまで送ってこなくていいのに。あのババア、一体どういう交友関係してるんだ?」 なぜ、バレンタインにチョコを送ってくる付き合いがあるのだろう。 日本だからお中元お歳暮は理解できる。しかい、会社経営者へチョコを送るのか?それに意味はあるのか?第一、ババアは曲がり間違っても「女」じゃなかったのか?それともいつの間にか「男」になったのか?………どっちでも変わらないけど。 金蝉は観世音が聞いたら大笑いしながら彼を虐めるだろう暴言を内心吐いていた。 「金蝉?」 そこへ天蓬がひょっこりと顔を出した。 「天蓬か」 金蝉は天蓬を認めて、どうした、と首を傾げる。 「進んでいないみたいですね………」 天蓬は部屋をぐるりと見回し、一向に片づいていないことを見て取って苦笑する。 「僕もお手伝いしますよ。一人だと大変でしょ?」 「助かる。でも、いいのか?」 「もう、暇ですよ」 にっこりと安心させるように天蓬は金蝉に微笑む。 天蓬の場合高校の勉強など全く問題ないが………大学過程をすでに終えているためだ………自身の研究があるため、それに追われることがあった。 「それにしても、すごい匂いですね。鼻が曲がりそうです」 「窓開けるか………」 「そうですね、ああそれなら暖かくしないと駄目ですよ金蝉」 天蓬は自身が着ている厚手の上着を脱いで金蝉に着るように促す。背後に立ち袖をもって、はいと促されると金蝉もされるがままに袖を通す。そして釦を上から下までしっかり止めてしまう。本当ならマフラーまでしたいところだが、常備してあるショールで我慢しよう。 もともと室内は暖かくないのだ。 置いてあるものがチョコレートのため、暖房を付ける訳にはいかなかった。それなのに窓を開けて換気したら、金蝉が凍えることは必至だった。そして、熱を出してベットへ直行である。 天蓬は窓を開け放つ。 冷たい風が吹き込んで、冷気が部屋を満たす。おかげで、甘い匂いは薄らいだ。 「取りかかるか………」 金蝉は、小さく吐息を付いて自分を励ますように言う。 「何でも言いつけて下さいね」 天蓬もがんばりましょうと付け加えた。 しばらく二人で作業に取りかかり、大分片付けることができた。 生チョコなどの賞味期限が短いものは、しばらくおやつに出るだろ。長期保存できるもの等はこれまた寄付だ。孤児院や老人ホームに大量に送られる。 高級チョコレートばかりで、毎年大層喜ばれるらしい。 「天蓬も食べたいものがあったら、持っていって良かったんだぞ?」 もし、自分好みのチョコを見つけたらどれだけでも食べていいと言っていたのだが、彼は何も取らなかった。天蓬は甘いものが苦手ではない。普通の味覚である。 「特別なかっただけですよ」 「ふん、そうか?」 金蝉は天蓬の答えに、そんなものかと相づちを打つ。 労働の後は休憩ということで、先ほどからお茶の時間に突入していた。暖かい紅茶と生チョコレート。疲れているからビターよりスイートがいいだろうと、甘いもんを選んである。 「金蝉は、どうなんですか?あれだけ高級なものや美味しいと評判のシェフのものがあれば、何か食べたいものがありそうです。自分よりよっぽど詳しいですし」 ゴディバのトリュフ・トゥールダルジャン・マノントリュフ・マテ社トリュフシャンパーニュ・ジャンポールエヴァン・バロール社・ノイハウス・ロイズ・ヘフティ・ギリアン・メリーの生チョコ等々。 世界各国有名ブランドショコレートが揃うのだから、一つくらいお気に入りがあってしかるべきだと天蓬は思う。 「俺か?別に高価でなくても全く構わないんだけど………1個好きなのがある。それは来ないけどな………」 「あれだけあってですか?」 「ああ」 金蝉はくすくす笑う。 「だから、高級でも何でもないんだ」 不思議そうな天蓬を見て、金蝉は納得させるためにキッチンにある食器棚の下部扉を開けて小さな包みを取り出す。そしてそれを開けてガラスの器に盛る。 「これだ」 テーブルに置かれたチョコレートは、小さくて細長いものを赤いセロハン紙で両端をきゅっと捻ってるもの。確かに、高級そうにはあまり見えない。 「食べていいぞ」 「はい」 天蓬はそれを摘んでセロハン紙を広げると出てきたチョコを食べる。 租借して、味わう。口中にそれほど甘くはないチョコの味そして、柔らかな触感。甘酸っぱい………。 「中に入ってるのは、果物?………りんご?」 「そう、りんごだ」 金蝉も楽しそうに一つ摘んで口に放り込む。そして、味わいながらにっこりと満足げに笑う。 「俺はこれで十分」 それそれは、嬉しそうにどこか悪戯が成功した子供みたいな表情の金蝉に天蓬は眩しいモノを見る思いで目を細める。 「なんか、めちゃくちゃ美味しいってのじゃなくて、素朴に美味しいですね。ちょっと食べたいなって気になります。甘すぎないし、チョコだけど甘酸っぱいし」 「だろう?」 天蓬が同意するので金蝉もうんうんと頷く。 「これ、どこのですか?」 「モロゾフのりんごのチョコレート。定番だからバレンタイン関係なく売ってる。ちなみに、袋売りだ。安いぞ?」 「………それはお得ですね」 「ああ、お得だ」 どんなお屋敷に住んでどんなに高級なものに包まれて本人が極上でも、贅沢に成りきらない金蝉だ。無駄はしない、勿体ないこともしない。ある意味、とても倹約家である。それは、お屋敷を取り仕切る主代理である立場がそうさせたのかもしれない。とはいえ、元々の資質もあるのだろう。 「もう少し頂いてもいいですか?」 「いいぞ、俺も食べるし」 金蝉の好きなチョコレートを金蝉の笑顔と食べることができる幸せ。 天蓬は香り高い紅茶………お茶請けがチョコだったため、セイロンのストレートが選ばれていた………を飲んで、一時を楽しむ。 来年も、こうして過ごせたらいいと思いながら。 END |