「くちづけから始めよう」


「蓮が綺麗に咲いてましたよ。見にいきませんか?」
「面白い本が手に入ったんです。気に入ると思って」
「月見酒と洒落込みませんか? 美味しいお酒、あるんですけどね」

友情よりも下心のある、誘いの数々。
ところが、麗しの想い人は一向に気付かない。
挙句の果てには、

「テメェ、よっぽどヒマなんだな」

と、こうである。

…………それはないでしょう?




「ふぅ…………」

長い吐息と共に、金蝉は背筋を伸ばした。
凝り固まっていた肩が軽く鳴る。
そこへ、ノックの音がした。
返事をするより早く、扉は開かれる。

「こんにちは、金蝉」
「またお前か……」

案の定、天蓬が顔を覗かせた。
金蝉が何も言わないうちから部屋の中に入り込み、机の直ぐ側に立つ。

「一段落したところみたいですね」

片付いた机の上を見て、天蓬はにこやかに言った。
まったく、目敏いことである。

「で、今日は何の誘いだ?」
「おや、気付いてたんですか?」

天蓬のセリフに、金蝉はわざとらしい程長いタメ息を吐いた。
三日も空けず、自分が休憩する頃を見計らって天蓬はやってくるのである。

「ったく、テメェも大概ヒマだよな」

金蝉が思う程には、天蓬はヒマ人ではない。
ただ、天蓬の全ての予定が、金蝉優先で組まれているだけのこと。

「今日はお誘いじゃないんですよ」
「じゃあ何の用だ」

頬杖をついて、金蝉は天蓬を見上げた。
上目遣いと言えば可愛いが、どう見たって睨んでいる目つきである。
そんな金蝉を見て、天蓬は苦笑を浮かべた。

「ちょっと確かめたいことがあって……
 貴方、僕が此処にマメに通ってるコトには気付いてますよね」
「…………何の話だ?」

金蝉の怪訝そうな表情。
天蓬は見事に黙殺して、言葉を繋いだ。

「如何して僕が此処に来るか、考えた事ありますか?」
「…………ヒマだからだろ」

それ以外の何だっていうんだ、と言わんばかりの表情で、金蝉は天蓬に答えた。
今度は、天蓬が長い長いタメ息を吐く。

「気付いてないとは思ってましたけど、
 こうも気付いてもらえないとは、悲しいものがありますねぇ」
「だから、何だっていうんだよ?」

座ったまま自分を見上げてくる金蝉の顔を、天蓬は両手で挟んだ。
顔を載せていた金蝉の手が、中途半端に空に残される。
顎を支え、白い顔を仰向かせ…………唇を、奪う。


ずっと、焦がれていた。
初めて出逢った時から惹かれていて、何とか近付きたくて。
見え透いた手段だと思っていても、何度も誘いをかけて。
それなのに、この人は一向に気付いてくれなくて。


宙に浮いていた金蝉の手が、机に落ちた。

「……ま、こういうコトなんです。
 あ、言っておきますけどね、ちゃんと恋愛のキスですよ。
 コレで友人愛とか勘違いされたら困りますし、貴方、勘違いしかねないですし」

綺麗な紫の瞳を見開いて呆然としている金蝉に、天蓬は念を押した。
なんだかな、と思いながら。

「つまり…………」

漸く、ゆるゆると金蝉は声を絞り出した。

「好きなんですけど」

あっさりした表情で、天蓬は肝心な点をサラリと言った。
やっと思考回路が繋がったらしい金蝉は、たちまち頬に朱を上らせる。

「だ…………っ、だからって、いきなりこんなマネ…………っ?!」
「だって、今まで散々口説いてたのに、貴方ちっとも気付いてくれなかったでしょう」

押し倒さなかっただけ有り難く思って欲しいモンです、
などと、したり顔で天蓬は一人呟いている。
金蝉の肩が小さく震え、力の抜けていた手は強く握り固められた。

「…………出てけ―――っ!!」

印章、文鎮、インク壷と、金蝉は手当たり次第投げ付ける。
天蓬は慌てて扉へ向かった。

「あっ、天ちゃん、来てたんだ」

遊ぶのに飽きて、それとも本能でおやつの時間を察して、悟空が外から戻ってきた。
扉のところで天蓬とスレ違う。

「ええ。僕もう失礼しますね」
「とっとと出てけ、この野郎っ!」

にっこり、ある意味ノンキな表情で、天蓬は悟空に挨拶する。
そのノンキさが癪に障り、金蝉は語気荒く朱肉を投げ付けた。

「金蝉、散らかしちゃダメなんだぞっ」

普段、口煩く片付けろと言われている悟空が、ここぞとばかりに言う。

「喧しいっ! 猿は黙ってろっ!」
「金蝉ヒデェっ! 俺なんもしてねぇのにっ?!」

青筋立てて悟空を怒鳴る金蝉の声を背中に聞きながら、
八つ当たりされている悟空に、天蓬は心の中で謝罪した。



人気の無い廊下で、そっと指先で自分の唇に触れる。

賑やかな小猿に気付かれぬように、そっと指先で自分の唇に触れる。


口説き文句とか、告白とかじゃなくて。

この恋は、くちづけから始まった…………。



     終



霧島様の、30000ヒット企画で頂いた小説です。
その名も「ギブ&テイク」企画。
私のリクエストは「金蝉にキスをする天蓬」でした。すんごく鈍感な金蝉様に気付いて欲しい
というのが、その理由。
希望通りで、ありがとうございます。感謝です!この二人は私のもの〜とか、勝手に思ってます。(笑)えへへ。
私は「笑顔の行方」というお話を贈らせて頂きました。


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