Prepare the festival

 
 大学には一般教養の単位がある。たとえそれが学びたい分野でなくても、最低限の単位を取らなくては卒業することが出来ない。そして、それはしばしばとても面倒な科目で与えられることがある。
  面倒な科目の最たるものの一つに、体育が挙げられるだろう。
  夏本番はまだと雖も、既に暑いこの季節。英都大学社会学部の二回生は、一般教養“体育”を受けていた。その日は、男子学生を担当している先生が課題を出して不在にしていた。
 問題はその課題が“持久走12キロ”と書かれていることだ。本来ならばさぼりたいところだが、すでに監督の先生が来てしまっているので今更それも叶わない。走るしか道はなさそうである。
  しかし彼にとっては別に嘆くようなことでも無いようだ。
 「面倒だが、まあ早く終わらせちまおう。」
  火村は小さく呟いた。
  ボクシング経験のある彼にとっては数十キロのロードワークだって、別に特別なことではない。九十分間で十二キロなど、寧ろありがたいくらいである。
  案の定、一時間も経たないうちにゴールし、通常の三十分以上も早く自由の身となった。
  頭に水を被りそのまま拭かずに、更衣室に向かう。その途中で、柔らかなテノールに呼び止められた。
 「ひむら、火村。」
 「アリス。なんだよ、空き時間だったのか?」
 「うん。せやから、君がお可哀想に持久走やってるって聞いて。待ってたんや。」
  有栖は用意しておいたタオルを、火村の濡れた頭に被せた。柔軟剤の清潔な香りが鼻腔をくすぐる。火村はいっそのこと、持久走の課題を出した先生に感謝したくなった。
 「水も滴るええ男や、君。“抱かれたいbP”なだけあるなぁ。」
 「なんだよ、それ?」
  訊くと、有栖は薄い冊子を目の高さでひらひらさせた。見出しにはアンケート集計結果、と書いてある。
 「学祭でミスコンやるやろ。そのパンフに人気ある男女調べて載せるんやて。それがコレ。知り合いに集計係がいたから、特別に教えてくれたんや。」
  ページをめくるとそこには“抱かれたい”ランキング。学生の名が十位まで書かれている。
 「去年も君が一位だったんやて。かっこええもんな、やっぱり。」
  有栖の、うっとりとした賞賛の声。
  嬉しそうに見上げてくる有栖の視線にどうにかなってしまいそうな火村は、それを誤魔化すために再び冊子に目を向けた。
  “抱かれたい”ランキングがあるなら当然、“抱きたい”ランキングもある。その結果もこれには勿論、載っている。連ねられているのは、普段から“綺麗だ、セクシーだ”とされている女子学生達の名前。妥当な結果であるといえる。
  にも関らず、火村はどこか違和感を覚えた。
 「どうしたん、火村?」
  目の前では有栖が小首を傾げて、そこに汗が一筋、流れ落ちるのが見えた。
 「なんでもない。それよりここは暑いし、早く学食にでも行こうぜ。」
  さり気なく肩に腕を回し、火村は有栖を促した。
  火村のささやかな疑問は数日後に解決した。有栖の知り合いの集計係とやらに探りをいれることによって。
 「表向きの“抱きたいbP”は、本当は二位なんや。」
  集計係の男はそう言った。そして本当のbPは有栖川有栖。しかしそう正直に書くわけにもいかず、この結果となった。
 違和感を覚えるのも当然だ。一番人気である人物がランクインしていなかったのだから。
 「学内の美女を総ナメや。今年も。」
 「今年、も・・・!?」
  二年連続bPの彼は、やはり二年連続bPの為に、優秀な頭を悩ませるのであった。
 
 
 
 
 

桐葉さま。
ありがとうございます。
サイトオープン記念に頂きました。
これは、私が書いて!読みたい!といってた話の前の話なの・・・。
すんごく嬉しい。
火村って、苦労するんだよね。
そして、情けない火村が好きな桐葉さんは歪んだヒムラー!(あ、ばらしちゃった!) 





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