「Requiem」
〜 お試し版 です〜




「よう!」
「こんにちは」
 いつものように、唐突に二人は顔を出した。
 エルリック兄弟が東方司令部へと訪れるのはちょっと久しぶりだ。いつもは、間隔を開けずに赴くこともあれば、遠方へ行っていたりして、全く顔を見せられない時もある。
 今回は、その間隔が開いた方だ。
 
「いらっしゃい、エドワード君、アルフォンス君」
 ホークアイが書類を持ったまま振り返り笑顔で出迎えた。
「おう、久しぶり?」
「元気だったかー?」
 ハボックもブレダも久しぶりに見た顔に片手を上げたりして歓迎する。
「こんにちは、この通り元気だぜ?」
「お久しぶりです。皆さんもお元気そうでなによりです」
 兄弟それぞれの言葉で照れくさそうに答える。
 二人が現れたせいで、一気に和やかに雰囲気を変え軍人たちは来訪を喜んだ。
「本当に、久しぶりじゃねえか。どこ行っていたんだ?」
 ブレダが、腕を組み猪首を捻りながら質問する。この質問も、毎回のものだ。間が開いているなら尚更兄弟は聞かれることが多い。
 それだけ、気にしてくれているとわかって嬉しいと兄弟は心中で思う。
「今回はなー、遠くないんよ。中央だった。ただ、中央っていっても、その一番端か?みたいな場所」
 だから、素直にあったことを答えるのだ。
 エドワードは斜め上に視線を漂わせ、思い出すように首を傾げた。
「中央?」
「そう。中央の端にある片田舎にある錬金術師の家に行ってた。錬金術師はもう亡くなっていて、奥さんが一人いるだけで文献や本なんか見せてもらっていたんだよ。なあ、アル」
 エドワードに同意を求められ、アルフォンスは頷く。
「うん。書斎だけじゃなくて、屋根裏や地下やいろんな場所に本や文献が残っていて、壁とかに錬成陣を描いてるからそれを探すだけで大変で。それで本を読んでみて必要な資料が他にあるか、また探す羽目になる。……また、その村には宿もないから奥さんに長期でお世話になるしか道はないし。だから、できることは手伝っていたよ、宿代代わりに。ねえ、兄さん」
「そうそう。力仕事や掃除はアルに任せて、俺はもっぱら料理と洗濯な!」
 奥さんにも感謝されたぜ、と朗らかにエドワードは笑う。
 素敵な役割分担である。誰がどう見ても反論の余地はない。兄弟、お互いの長所がよくわかっている。
「そうか……」
「へえ」
「エドワード君の料理の腕は確かですもの、奥さんも喜んだでしょう。それに、アルフォンス君がいれば女性にはできないことがお願いできて、とても助かったでしょうね」
 ホークアイはそう推測する。
 まるで、孫でもできたようにエルリック兄弟との生活を楽しんだのではないだろうか。
 まるで目に浮かぶようである。三人での明るい日常は、普段一人である奥方の心を潤したに違いない。
「そうだろなー。ああ思い出したら、食べたくなってきた。なあ、大将。またお菓子焼いてくれねえ?」
 ハボックは唐突に叫んだ。エドワードの作ったお菓子の味が口の中に蘇り、我慢できなくなったのだ。
「俺も食いてえなー」
 ブレダも追従する。
「お菓子って、クッキーとかマドレーヌとかパンドケーキとか?それともプリンとかの方がいい?」
 いきなりお願いモードになったハボックとブレダにエドワードは驚き目を瞬かせるが、腕を組み思案しつつ首を捻る。彼らにリクエストされると断れない。それくらい、この東方司令部の面々がエドワードは好きだった。
「何でもいいって!クッキーもマドレーヌも絶品だから!」
「俺も。ああ、でも。おまえのプリン食べたことないなー」
 ハボックもブレダも本能に忠実に答えた。それに、ふむと一度頷きエドワードはホークアイに視線をやった。女性が優先されるのは、ここでは仕方ないだろう。
「そうねえ、私はシフォンケーキが食べたいわ」
 それはにこやかにホークアイは微笑んだ。まるで、もうそのシフォンケーキを食べたような笑顔だった。期待が満ちあふれている。
「わかった。じゃあ、いろいろ作ろうか。……でも、どこで作ろう?うーん、食堂の片隅借りようか」
 エドワードは顔見知りになっている食堂のおばちゃん達に頼もうかと考える。
 そこへ、聞き覚えのある、間違え用のない声が割り込んだ。

「家のキッチンを使いたまえ」

「大佐?」
 エドワードが振り向くと、東方司令部の実質最高権力者であるロイ・マスタングが立っていた。
「やあ、鋼の」
 片手に書類を抱え、もう片方の手を上げて見慣れた何か企んでいそうな顔で笑う。
「ああ……、で、本気?」
 戸惑いを目に浮かべながらエドワードは聞いた。
「もちろん。キッチンが必要なら家のを使えばいい。前に使ったことがあるから、慣れているだろう?」
「そりゃ、まあ。大佐の家のキッチン結構大きいし。……っていうか、あんた何時から聞いてた訳?」
 立ち聞きか、とエドワードは突っ込んだ。
「失礼な。先ほど入ってきたらちょうど声が聞こえたのだよ。部下の○○が食べたいっていう声と鋼ののどこで作ろう、食堂を借りるかとね。ドアが開いていたからよく聞こえた」
 廊下に響いていたぞ、とロイはハボックとブレダを睨んだ。それに、居心地悪そうに二人は視線を反らせた。
「……そう」
 肩をいささかすくめてエドワードは納得した。
「そうだ。それで、キッチンを使うんだろう?」
「うん。遠慮なく使わせてもらう」
 エドワードははっきりと答えた。
 ロイの家のキッチンをエドワードは使い慣れていた。以前、毎日ロイの家に通っていたことがある。ロイの所有する蔵書を読ませてもらうために通っていた……といえば聞こえはいいが、無理ばかりするエドワードにロイがイーストシティ滞在を命令したのだ。その時エドワードは事件に舞い込まれ、怪我までして逆らうことなどできなかった……ため、そのキッチンを使わせてもらい、ご飯やお菓子を作っていた。それを振る舞ったため、軍人たちはエドワードが料理上手であると知っている。
「好きに使えばいい。ちなみに、私の希望はアップルパイだ」
 堂々とロイは宣った。
「……了解」
 それが目的か?とエドワードは瞬間悟った。
 まあ、些細なリクエストであるから、皆の希望のお菓子を作ろうとエドワードは心中で決めた。エドワードにしてみれば、腕を振るうことくらい訳ないことだ。それで喜んでもらえるのなら、手間でもなんでもない。
「楽しみにしているよ」
 ロイは笑顔で、エドワードの顔を覗き込んでその頭をくちゃくちゃと撫でた。金色の髪がかき混ぜられ、エドワードは跳ねると嫌そうにこぼす。だが、近づいたせいでふとあることに気付き、ぴたと動きを止めてロイは問う。
「鋼の。花の香りがする……、ああ、花びらも」
 そう言って赤いコートのフードに付いた白い花びらを摘み上げた。
「……あっ」
 瞬間、エドワードは肩を揺らし眉を寄せた。側にいる、アルフォンスも鎧の身体が揺れてかちゃんと音を立てた。
「鋼の?」
 逃げそうになる腕を捕まえてロイは真っ直ぐにエドワードの瞳を見つめる。真剣で鋭利な目だ。
 エドワードはぎゅっと拳を握り、唇を噛み締める。
「鋼の。なにがあった?」
 ロイは些か未眉間にしわを寄せて追求する。
「別に、なんかあった訳じゃない……」
 俯きながら、エドワードはそれだけ言う。
「なにもないなら、どうしてそんなに動揺するのだ?……アルフォンス君まで」
 ロイに名前を呼ばれたアルフォンスも、無言で動きを止めた。
「鋼の。何かあった訳ではないのなら、何をしたんだ?二人で」
 びくりと、エドワードは身体を震わせた。図星を指されたようだ。つまり、ロイが言ったことは正しい。
「……君も学ばない。いいか、なにもないで通用すると思うな。こんなに心配をかけておいて。見なさい、あの心配顔を」
 ほら、と指された指の先には心配そうに見守っているホークアイやハボックやブレダがいた。それを目に留めて、エドワードは瞳を見開く。そして、ゆっくりと力を抜いて、息を吐いた。
「ごめん。本当に、何かあった訳じゃないんだ。事件に巻き込まれてないし、怪我もしていない。困ったことがあった訳でもない」
 エドワードは一度言葉を切って、顔をあげた。その目はどこか悲しそうに揺れている。
「……墓参りに、行っただけなんだ」
「墓参り?」
「ああ」
 エドワードはこくりと頷く。
「誰の、と聞いても?」
「……マーガレット」
「……マーガレット?……それは、……ああ、そうか」
 ロイは名前を聞いて首をひねるが徐々に理解した。
 そう、確かに墓参りする人の名前だ。
 その名前の女性はこの世にもういない。エドワードの目の前で男に刺された女性だ。
「彼女の墓参りに二人で?イーストシティに墓はあるのか……」
「うん。メグ、身寄りがなかったらしくって、そのままイーストシティの墓地に埋められたから。今日、初めて墓参りに行ったんだ。なあ、アル」
「うん。すぐには行けなかったからね」
 すぐに墓参りに行けない理由。心の整理ができなかったのだろうか。
 イーストシティには大きな墓地がある。一般の人や身寄りがない人、戦死した人などが葬むられている。
「それで?白い花を持って行ったのだろう?」
 身体に香りが移るほどの白い花。二人で持って行ったのだろう。
「そう。やっぱり、花があった方がいいだろう?たくさん花で埋もれるくらいにしたかったし」
「ちゃんと花で埋もれたよね」
 アルフォンスが思い出すように、小さく同意した。
「……わかった。では、そこで何があったのか話してもらおうか」
 それだけで、二人がこんなに動揺するはずがないのだ。ロイは逃がさないぞという目で睨んだ。エドワードは観念して、話だした。
 
 






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