「午後の紅茶は秘密の香り」おまけ






「ユウリ、女じゃなくてよかったよなー」
 
 しみじみとやはり呟くテイラーに、3人はため息を漏らした。
「テイラー、その例えはあまり意味がない」
「何で?もしユウリが女性だったら、今モテている男達全部恋敵になるぜ?あんな連中に迫られたら、困るだろ。普通考えたらモテて喜ぶべきかもしれないけど、あんな人間がごっそり迫ってきたら怖いし不幸だ」
 テイラーの意見は全うである。確かに、その通りであり、否定はない。
 だが、そう簡単な話ではなのだ。
「確かに、ユウリが女性の場合。あのメンバーがごっそり求婚者に早変わりだろう。誰を選んでも……まあ一人大きな例外はあるが……相手にとって不足はない。なんといっても、どこを見ても極上の人間ばかりだからな。将来有望な人間ばかりで選びたい放題だ。……普通なら」
 パスカルは人差し指を立て、続けた。
「でも、ユウリみたいな性格の人間にとってみれば、迷惑だろうな。女性が案外逞しくて現実的って知ってはいるが、ユウリの女性版はどう想像してみても、世俗にまみれるとは思えない。今と変わらず透明感のある雰囲気を漂わせているような気がする。そんな人間にあれらの相手は辛いだろう」
「いやー、でも。惚れた女性に対してならもう少し違う対応するんじゃないの?」
 同性の友人相手と惚れた女性相手では対応が違うはずである。
 テイラーの反論にウラジーミルが鼻で笑った。
「……違うと思うか?ユウリの場合。そこに性差で態度が変わると思うか?」
 現在の態度を省みても、十分に優しくて丁寧で情熱的である。オニールは平気で口説いているし、シモンは親友という仮面の下で独占欲丸だしであるし、アシュレイは絡んで来るし、オスカーは庇護欲を掻き立てられるのか周りをうろちょろしているし、セーヤーズは態度にこそあまり出さないが、そこはかとなく慕っていることがばればれである。
「……変わらないってのが、そこはそれで問題じゃないのか?」
 嫌な事実に突き当たりテイラーは鼻白む。
 男性で、この状態だ。女性の場合も同じ状態になるだけなのか。否、今の状態がやはり異常なのだ。多分、そうなのだ。あれらの態度はどういう角度から見ても、同性の友人や上級生に対する態度ではない。あの言動は、おかしい。
 あまり認めたくないことだけれど、事実に気付いてしまうとうっかり忘れることなどできない。
「あ、でも女性なら出会う確率はぐっと低くなるんじゃないのか?それでもって、好きになる確率も低いはず。だって、よく知らないではそこまで惚れることにはならない。こんな寮住まいでは女性に出会ってアプローチをかけることは難しいし。あんなに多忙な人間じゃ、それはできないだろ?」
 ついついテイラーは自分に置き換えて、考えた。
 ラグビーの選手として近隣校にも有名なテイラーは女性にだってモテる。好みの女子生徒と付き合うことだってあった。ほとんど初対面で付き合うことになる場合、やはり顔立ちやスタイルや雰囲気が気に入ったコを選ぶのは当然だ。
 第一印象は大事である。付き合ってもっと好きになれば良し、性格が合わなければ別れることになる。学生生活を送るためには学業も疎かにはできいないし、ラグビーの練習もある。その合間に付き合うのに、もっと会えないのか、自分が大切ではないのかと文句を言われては、興ざめる。できるなら大切にしてあげたいとテイラーも思う。でも、彼女だけのためにすべての時間を掛けてあげられる訳ではない。その辺が難しいと常々テイラーは思う。それでも夢や希望を捨てきれないから、いいコがいないかなと思う男心は止められない。
「まず、会う確率だけれど。確かに低くなると思うよ。でも、ユウリは貴族の子息だし、どこかのパーティで会う確率はあるんじゃないかな。それから、ありがちだけど、ユウリにお姉さんがいるように、もし兄弟がいてこの学園に通っていたら、そこで紹介されることもある。僕は運命論者ではないけれど、ここで今出会えているように、例え性別が違ってもどこかで会えていると思うよ。それにね、断言できるけど。女性のユウリは絶対にあれらの好みだと思うよ。それもストライクど真ん中、これ以上はない理想まんまを形にした感じで。シモンなら即アプローチして次会う約束を取り付けるね。時間の無駄なんてしないよ。時間のやりくりをして逢う機会を増やし、大学卒業したら即結婚くらいするね」
「「「……」」」
 パスカルのあまりな言葉に、さすがにルパートもウラジーミルもテイラーも沈黙した。
 こめかみが、ヒクヒクとひきつっている。
 どう答えていいのか、皆一様に迷った。
 それはパスカルの言が検討外れではないからだ。もし、と想像してみた場合、恐らく現実になる可能性は著しく高かった。だが、認めるには友人として少しばかりの良心が痛んだ。なけなしではなるが、一応そういうものがあった。
「僕、オニールもそれなりにやると思うよ。あれでいて女性の扱いは長けているから、颯爽とエスコートして口説くと思う。それから、やっぱり一目惚れだと思うよ」
 復活したルパートがいらない考えを付け足した。テイラーはまた仰け反る。
「あのな。いろいろ棚の上、遙か彼方に上げていると思うが。もし、ユウリが女性だったら、お前は憧れたりしないのか?」
 びし、とテイラーにウラジーミルが指さした。
「ええ?」
 テイラーは、またまた仰け反った。
 女性版のユウリ。まず浮かぶのは春祭やカテリナ女学院で披露したオフィーリアの姿だった。長い絹のような艶やかな黒髪に、けぶるような煌めく瞳。高すぎない鼻梁が白い顔に収まっていて、可憐な風貌だった。ふわりと儚げに微笑んだ姿は夢みたいに綺麗で、あの姿にファンが大勢付いたことに異論はない。
 まさしく高嶺の花だ。あんな女性が近隣の女子校にいたら憧れるだろう。
 少し夢見る瞳になったテイラーの頭をウラジーミルが拳骨で叩いた。
「ほれみたことか。……他人事じゃないだろ?良かったな、ユウリが同性で。友情が育めたぞ」
 ふふんと、鼻で笑ってウラジーミルはテイラーを馬鹿にしたように視線を投げた。それに腹立たしく思うがテイラーは珍しく反論することを押さえた。ここで言い返したら倍返しでは済まないだろうと簡単に予想が付く。
 それに、想像して気づいた事実を蒸し返したくなかった。
 心の中で、ユウリごめんと思わず謝った。こんなこと考えてごめん。友達なのに、ほんとーにごめん。
 今日だって皆に紅茶を差し入れてくれるくらい、いい奴なのに。
 テイラーは心中で頭を下げた。
「ユウリの苦労はどっちでも変わらないだろうけど、俺達にとっては同性で心底良かったな」
 ルパートが心情を覗かせた声で宣った。
 うんうんとテイラーは頷き、ウラジーミルは両手を軽く上げ首を振り、パスカルは眼鏡の奥で意味ありげに笑ったに済ませた。
 苦労がどっちでも変わらないだろうと言うルパートの台詞は実はかなり問題だったのだが、誰も突っ込まず綺麗に流した。すでに蒸し返す勇気も体力もない。
 
 テイラーは一つ決めた。
 今日会話したことは、口が裂けても誰にも言わないし、心の安寧のために即刻忘れることにしようと。
 
 それは、とても賢明な選択である。
 



                                                    END



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