「明日咲く月」喧嘩するほど仲がいい




 

 池袋の街角。
 どこからともなく破壊音が聞こえてくる。
「あれ?」
 自販機が空を飛んでいる。もしかして?
 帝人が逃げてくる人混みと反対方向へと近寄ってみると、静雄が郵便ポストを振りかぶって投げた。臨也がそれを避け、ナイフで応戦している。
「臨也さん?」
 帝人が呼ぶと、それほど大きくないが臨也には届いたようで、振り向いた。そして、顔色を変えて駆けてきた。
「帝人君?あれ?早くない?」
「今日は先生の都合で急遽授業が一時間なくなったんです」
「どうりで」
 帝人の時間割を知っている臨也である。これは、調べなくとも帝人自身から聞いている。
「竜ヶ峰」
 静雄も引っこ抜いた標識を無造作に地面に差し込み、帝人の側まで寄ってきた。
「こんにちは、平和島さん」
「ああ」
 帝人が挨拶すると静雄もほんの少し笑った。
「それにしても、相変わらず仲がいいですね。喧嘩はほめられたものではありませんけど。ああ、怪我はありませんか?」
「仲良くないよ」
 臨也は即答した。そして、一応怪我はないよと手を振る。
「あんなにじゃれていて?」
「どこがじゃれているように見えるんだ?」
 静雄も思わず反論する。受け入れ難い台詞だった。
「ええー、じゃあなんで喧嘩するんですか?」
「シズちゃんが喧嘩ふっかけてくるんだもん」
「てめえが池袋にくるからだろ?」
「俺だって用事あるんだって!シズちゃんの分からず屋!」
「……やっぱり仲がいいじゃないですか」
 帝人が結論付けた。それを否定したいが、すればするほど墓穴を掘るため、二人はぐっと我慢した。
「まったく素直じゃありませんね。高校の同窓生なんでしょ?」
 臨也は以前そう帝人に嫌々説明していた。
「そうだけど、それだけだよ」
「同じクラスになったこともねえし。その頃から喧嘩ばっかりだった」
 お互いに横をそっぽ向いて、イヤそうに答える。
「それ以来、ずっと喧嘩しているんですか?何年も?」
 だが、帝人は簡単に納得しなかった。
「ずっと?ずーと?顔をあわせる度に?無視もしないで?」
「「……」」
 臨也も静雄も黙った。帝人の反論にどうやって答えても、理解してもらえないとわかっていたからだ。たいていの人間は仲が悪いで終わるのに、帝人はそう簡単にはいかない。
「あのですね、いくらなんでも普通は縁が切れるものです。仲が悪かったら。つまり、やっぱり喧嘩するほど仲がいいんですよ、二人は」
 にっこり笑って帝人は宣った。
 違うと言いたくても言えない二人は、ある意味似たもの同士だった。
「でさ、帝人君。これから暇?」
 臨也は思いきり話題をねじ曲げた。これ以上、不愉快な話題は避けたかったのだ。
「ええ、帰るだけです」
「なら、お茶しよ。ね?」
 臨也の誘いに、帝人は首を傾げてふわっと笑って頷いた。基本的に臨也に対して帝人は否やということはない。お茶を飲むことも時間が許せば大歓迎だ。
「今日はそれなりの時間に帰らないといけないんですけど、ちょっとならいいですよ」
「一時間でいいよ。美味しいカフェがあるから、そこに行こう」
 さあと臨也は帝人をの背中を押して則す。だが、それに待ったを掛ける人間が当然いた。
「竜ヶ峰」
 静雄だ。臨也ではなく自分と一緒に、と言っていいのか少し躊躇したため、名前を呼んでその後が続かない。
「平和島さんは、今時間ありますか?」
「ああ」
「なら、一緒にどうですか?いいですよね、臨也さん」
「……帝人君が、そういうなら」
 仕方なさそうに臨也は返した。ここで争っては帝人が困る。帝人がとばっちりで怪我でもしたら目も当てられない。
「いかがですか?」
「行く」
 静雄も臨也と同じ結論に達したらしく、文句も言わなかった。
 なんとも言えない雰囲気が漂うが帝人が、笑って行きましょうと言うので二人は視線を一瞬あわせ軽く頷くと、ひとまず休戦することにした。
 

 ちなみに、三人で赴いたカフェでは、池袋で知らない者はいない有名人を視界に納めるとその場にいた客が逃げるように去っていった。おかげで、誰もいなくなったカフェで静かにお茶をすることになった。
 
 ついでに、そのあり得ない事件は池袋の珍事としてネット上で語られた。もちろん、臨也がもみ消したことは言うまでもない。









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