「明日咲く月」離れるなんて許さない




 

 しばらく臨也と連絡が取れない。
 メールをしても携帯にかけても全く反応がない。今までは、必ず返事があったのに。
 あの時の事を気にしているのだろうか。
 
 あの日、臨也は帝人を折原家の前まで送って「ごめんね」と言って去っていった。帝人になにも言わせず寂しそうな微笑を浮かべて背を向けた姿が脳裏をよぎる。
 正臣にはメールしたり電話して連絡を取っている。今どうなっているのか。沙樹さんはどう?お見舞いに行こうか?等々。
 黄巾族と抗争していたブルースクウェアはなくなった。
 あの直後、粟楠会に目をつけられ、平和島静雄にも喧嘩を売り、強制的に解散に追い込まれた。
 それに、意識を取り戻した沙樹の証言によりブルースクウェアのトップである泉井達が警察に逮捕された。
 すべて、臨也が裏で手を回したのだろう。
 ブルースクウェアがなくなれば、正臣が狙われることはなくなる。黄巾族の将軍なんてやっていれば、二度とないとは言えないがひとまず大丈夫だろう。ブルースクウェアを裏切った門田達も、裏切り者として追われることもないだろう。門田達はブルースクウェアに属していたのだと、それを裏切って沙樹を助けたのだとあの日来良総合病院へと続く道すがら臨也から説明してもらった。
 沙樹の入院費も院長から心配いらないと話があったと正臣から聞いた。
 
「臨也さん」
 携帯の画面を見ながら、帝人は呟く。
 自分だって臨也と連絡が取れないなんて、何かあったのではないかと心配だ。
 お願いだから、出てよ。
 そう思いながら、何度も電話した。
 やっと臨也と連絡が取れたのは三週間が経過した頃だ。
 
 
 


 マンションの居間で出迎えた臨也は帝人にまず紅茶を勧めた。
 連絡を絶っていたせいで、臨也は帝人にどう話しかけていいか戸惑う。
 紀田正臣にしたことがおおおよそばれてしまって、嫌われたらと思うと怖くなった。今更自分の所業を呪いたくなる。情報屋なんて堅気ではない仕事を恥じてはいないが、それでも知られたくなかった。
 
「臨也さん。正臣を助けてくれてありがとうございました」
 帝人は臨也をまっすぐに見つめると、頭を下げた。
「お礼なんてやめてよ」
 そもそも臨也が帝人の友人をはめたのだ。お礼を言われるようなことは談じていない。帝人だからお礼なんていうけれど、反対に責められても文句なんて言えないのだ。
「でも、正臣を助けてくれたでしょ?正臣が大丈夫なように敵対していた族をつぶして。沙樹さんの入院費も」
「それくらいしか出来ることないから」
 紀田正臣を守るように、立ちはだかった帝人の視線が怖かった。
「僕、……臨也さんと会わない方がいいんでしょうか?」
「なんで?」
 視線を落として、帝人が呟く。
「だって。臨也さんが情報屋としてお仕事をしていること、前から知っています」
「いつ、知ったの?」
 池袋にいれば名前くらい知られる可能性はあったが、前からと何だろう。
 帝人は思い出すように、ぽつぽつと語りだした。
 
「母さんから聞いて。臨也さんが高校を卒業して家を出てあえなくなって母さんに聞いたんです。どうしてなのか。お仕事があるのよって言われて、何しているの?と聞いたら、情報屋さんをしているのって。情報社会だから、必要な情報を手に入れることはお仕事になるの。お買い物するのと一緒ね。欲しいものをお金を払って売ってもらうの。八百屋さんで大根やキャベツを買ったりね。世の中オークションというものがあるでしょ?欲しいと思う人はお金を出す。他の人からすれば、必要とは思わなくても、欲しい人がいれば成り立つのよ?わかる帝人?ってわかりやすく教えてくれました」
「……」
「税務申告を情報屋ではできないから、表向きは便利屋とかかもね。それともIT関連の会社かしら?……ああ、なら社長兼社員一人の有限会社ね!臨也君、社長だわ!一国一城の主よ。すごいわね、帝人。そんな風にも言ってました」
「……沙耶香さん」
 なんて、人だろう。さすが我が姉だ。子供に懇切丁寧に情報屋を説明するなんて!普通じゃない。
 
「僕、それをじゃましたんじゃないですか?正臣は僕の親友で大事だけど、仕事が別なことくらい知ってます。それに、臨也さん僕を迎えに来たでしょ?もしかして、仕事中じゃなかったんですか?……仕事が絡んでいたら、臨也さん困ったんじゃないかなって」
「あれは、仕事は絡んでないよ」
「ほんとに?」
「ああ!」
「でもね。今後、そうならないとは言えないんじゃないかなって思って。今回は関係なかったとしても。だって、何かあった時、僕を優先してくれようとするでしょ?自意識過剰なんて思いません。折原の人たちは僕に甘くて過保護です。臨也さんは特にそう。母さんと父さんが事故で亡くなって、駆けつけられなかったから後悔している。罪の意識があるでしょ?ないなんていわないで下さい」
「……帝人君」
「僕は臨也さんの迷惑になんてなりたくないんです!」
「迷惑なんて思う訳ないだろ?」
「けど、不利になることや面倒なことになる可能性は否定できないでしょ?」
「もし、そうなっても、それが何だっていう?帝人君の方が大事に決まってるだろ?」
「うん、だから否なんです。そういってくれるから。だから、そばにいたら駄目なんです」
「なにが駄目だって言う?」
 臨也は自分でも大きな声で遮る。
「ちゃんと一人で生きていく覚悟をしていますし。池袋で少しは友達も出来ました。臨也さん経由でも知人はできたし、正臣経由でも友人知人が増えました」
 吐息混じりに帝人が小さく笑う。どこか儚い笑みだ。
「なにそれ?俺経由の知人って誰?新羅?黒バイク?それともシズちゃんだとでもいうの?」
「……そうですけど。臨也さんの知り合いだから、皆僕に優しくしてくれますよ」
「俺は関係ないよ。特にシズちゃん!シズちゃんは、俺の知り合いだったら普通警戒するよ。帝人君だから優しくするんだよ」
「え、でも」
「そうじゃなきゃ、シズちゃんが池袋を案内したり映画に一緒に行ったりする訳ないでしょ?」
「……」
 臨也が帝人の静雄との交友を詳しく知っていると帝人は理解して目を瞬かせる。
「俺とは会わないでシズちゃんとは会うの?遊ぶの?頼るの?」
「そういう訳じゃありません!」
 帝人は慌てて首を振る。だが臨也がそれで納得する訳がない。
「でも、そういうことでしょ?」
「臨也さん!」
「なんで、離れないといけない?」
 臨也は帝人の肩をぎゅうとつかみ、揺さぶる。
 守ると決めた相手からそんなこと聞きたくない。大切で大事で、もう自分に残っているたった一人だ。
「俺以外とは今まで通りつきあうんでしょ?なんで?俺は必要ないの?」
「違います!臨也さんが必要ないなんてこと、ある訳ないでしょ!」
 帝人も悲鳴のように違うと叫ぶ。
「でも!俺のことを切り捨てるんだ?」
「そうじゃなくて……」
 自分の気持ちが伝わらない帝人は途方に暮れた。言えば言うほど、伝わらない。
 だが、臨也はもう自分を否定する言葉を聞きたくなくて、物理的に帝人の唇を自分の唇でふさぐ。
「……!」
 驚いて目を見開き硬直する帝人にかまわず、臨也は口づけを深くした。
「……ん、やぁ」
 開いた唇から舌を差し込み口内を感情のままに荒らす。
 なぜ、こんなことをいうのか。わかってくれないのか。凶暴な気持ちになる。
「いざ、や、さん……」
 いったん口づけをほどくと、帝人は息を乱して臨也の胸に手を当てて身体を支えた。潤んだ瞳を臨也に向けて、問うように名前を呼ぶ。
 臨也はだが、それには答えず帝人を抱き上げた。そして、つかつかと歩き寝室のドアをあけベッドに帝人を柔らかく落とした。
「え?臨也さん?」
 臨也は覆い被さり、帝人の手をつかんで再び唇をふさぐ。
「……やっ!」
 逃げる舌を絡ませて吸い上げ、焦れるまでさんざんに愛撫する。
「いざ、ん……ぁ、あ……」
 帝人の甘い声に、我を忘れる。
 華奢な身体、白い肌、少し高い体温から甘美に漂う香り。思うままに身体のラインを手でまさぐって、帝人の柔らかな肢体を味わう。
「や……、やだ」
 耳元を舐めて、細い首筋をたどるように唇で愛撫し、鎖骨にちゅうと吸い付き赤い跡を残す。少年の瑞々しく白い肌に浮かぶ場違いな赤色はたまらなく淫靡だ。
「……っ!や……っああ!」
 帝人は首を振ってつたない抵抗を示すがその際黒髪がシーツの上に散り余計に臨也の雄を煽るだけだった。潤んだ大きな瞳が臨也を懸命に見て、なんでこんな事をするのか?と訴えて来る。臨也の暴挙に付いていけず、ただされるがまま臨也自身に助けを求める姿は哀れだ。ぽろりと帝人の瞳から涙がこぼれる。
 臨也はその涙を舌でそっと嘗め取ってやる。臨也の優しい仕草に帝人の瞳が大きく見開き、間近にあった臨也の瞳とあう。絡まる視線が一瞬時を止めた。
「いざ、やさん。なん、で」
 真っ直ぐに揺るがぬ意志を秘めた瞳は、臨也の奥底まで届く。
 こんな目にあっているのに、臨也に対しての信頼が欠片もなくならないのに、自嘲したくなる。
 自分は、そんな信頼を寄せてもらえるような人間じゃない。
 帝人のような綺麗な人間に本当は触れていい人間じゃない。
 外面だけ装って、内面は極悪で。
 その証拠に、まだ子供の帝人を無理矢理ベッドに押し倒して、こんな酷いことをしている。
 結局、自分は奪う側の人間なのだ。
 自分から離れるという帝人が許せなくて、自身を律することができなくて、信頼を壊したくなる。
「いざやさ、ん。はなし、て……」
 臨也は理性が砕ける音を聞いた。
 帝人の白いシャツを力一杯引き裂いた。ボタンがはじけ飛び床まで転げ落ちる。
 手を離して欲しいのだろう帝人の訴えを、だが臨也はそれだけに聞こえなかった。自分から離れたいのだと、刻まれた。乱暴に衣服をはぎ取り白い肌を露にして凶暴な心のまま帝人を犯す。

「やぁぁぁ…………!」

 後は、帝人の悲鳴が響くだけだった。
 










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