「うわーきれいですね」 帝人が玄関を入ってすぐの感想だ。 「こういうのを、スタイリッシュって言うのかな?」 家具や配色、部屋の雰囲気全部が都会の匂いがした。田舎とは大違いだ。 「そんなに珍しい?」 「珍しいですよ、臨也さん!」 帝人は埼玉で育ち、時々折原家にやって来ていたが基本的に田舎者だと自分のことを思っている。 今日は、臨也の新宿の部屋に来ている。 見たみたいですといえば、臨也は喜んで迎え入れてくれた。 新宿のマンションの最上階から二つ下にある3LDK。セキュリティがしっかりしていて、一階のエントランスは暗証番号を入力しないと開かない。初めて訪れる帝人を臨也は新宿の駅まで迎えに来てくれた。 「紅茶でいい?帝人君」 「はい」 座り心地のいい、たぶん上等なソファに座り待っていると、テーブルの上に臨也が紅茶を差し出す。白磁のカップには青い花の模様が入っている。折原家でも竜ヶ峰家でも使っているブランドだった。それを見て帝人は微笑ましい気持ちになる。やっぱり家族なのだと。 帝人は小さく笑いながら、持ってきた紙袋から焼き菓子を出した。 「どうぞ。臨也さん好きかなと思って、作ってきたんです」 「ありがとう」 臨也は笑顔で受け取った。すぐに皿を持ってきてお菓子を並べる。 キツネ色に焼けたクッキーにマドレーヌは香ばしい匂いがして食欲をそそる。 臨也は遠慮なくマドレーヌをつかんでばくりと食べる。 「やっぱり、おいしい」 至極満足そうに、幸せそうに臨也が笑う。 「よかった。一応、数日は日持ちするように、ナッツやドライフルーツが入ったパウンドケーキも焼いてきたんです」 帝人が細長い包みをテーブルを滑らせて臨也の方へと向ける。 「これかー。これも美味しいよね。俺レーズンとかが入って洋酒を利かせて日持ちさせてるやつ、嫌いなんだよね。帝人君が作ってくれるのは、ほんとおいしい。あれを食べると、ほかのが食べられない!」 「そんなに誉めてもらっても、これ以上は出ませんよ?また作ってくるくらいはできますが」 「うん、作ってきて!ほんとに、この味に慣らされてるよね……」 「母さんの味ですから。僕が引き継いでいるから、臨也さんが食べたくなったら作れますよ?」 臨也が小さな頃から食べていたお菓子の味は沙耶香の作るものだ。 沙耶香も料理上手、お菓子づくりも上手であったから、臨也の舌は基礎がレベルアップされている。自分用に手作りで作られたものが基本になったら、普通ほかのものは食べられない。 「なんでも?」 「ほとんどは。料理でもお菓子でも。母さんと一緒に作ってましたからね。臨也さんと一緒ですよ、小さい頃からあの味で育ったんです」 二人は同じ味で育ったある意味兄弟だった。 そして、沙耶香に鍛えられた帝人はその味を立派に継承している。つまり、帝人が作るものは臨也の舌にぴったりとあうのは当然なのだ。 「そっか。今度はご飯が食べたいな」 「いいですよ。いろいろ作りましょうね」 「うん」 帝人の好意に臨也は素直に頷いた。二人の間では、これが普通なのだ。 「そういえば。ちゃんと病院行ってる?」 ふと臨也が帝人を真剣な目で見つめて尋ねた。 「行ってます。一応」 「一応?」 片眉をあげて臨也がちらりと見やるので、帝人はいいわけのように説明する。 「だって、大学病院、予約入れておかないと取れないんですよ?検査も一通りは終わっているから、時々来てねって言われているだけだし」 「うーん、ならいいけど。少しでもおかしかったら、すぐに行かないとだめだよ?」 「わかってます。先生にも、今のところ異常ないって言ってもらってるし。大丈夫なんですよ?」 「ふうん。でも、帝人君は我慢強いからね。大丈夫って思っても、欠かさず通院はしてよ。もし、さぼったら、俺が連れていくからね?」 「はい」 脅しのような臨也に言葉に、神妙に帝人は頷く。 ここで、否定などできるなずがない。無理矢理連れていかれるだろう。その時は折原家の誰も味方になってくれない。 「それにしても、僕には縁遠いですよね、こんなところ」 帝人が気分と話を変えて、しみじみと呟く。 高校生になったら一人暮らしをするつもりの帝人は、同じく一人暮らしをしている男性の部屋を参考にしようと思っていた。だが、収入がある男の部屋と高校生が暮らす部屋では大違いだ。 「あのさ、帝人君もそこそこのところに住むことになると思うけど」 だが、臨也は軽く否定した。 「ええー、でも家賃高いですよね?」 「そういう問題じゃないよ、帝人君。絶対にセキュリティの高いところじゃないと、折原家一同反対するよ。最悪、高校から一人暮らしなんて大反対って言われるよ?」 「でも……」 「それに、やっぱり池袋の治安はお世辞にもいいとは言えない。夜は特に」 「……」 「帝人君が自分でがんばりたい気持ちはわかるけど、皆の精神安定のためにせめてセキュリティの万全なところに住んであげない?そうじゃないと、皆心配で心配で溜まらないよ。最悪毎週帰ってこいとか、毎日電話しろとか条件が厳しくなるだけだし」 「……ほんとに?」 「うん。どうせ俺に絶対に安全な場所を探せって命令されるに決まってる!賭けてもいいよ」 「……想像できて、イヤです。皆過保護なんだから」 それでも柔らかく笑う。 ちゃんと理解しているからだ。それが愛情からくるものだと。 「いいじゃない。過保護でも。皆帝人君が大事なんだから」 「そうですか?」 「当然」 「……わかりました」 帝人はあきらめ半分っだが、嬉しさをにじませて笑った。 帝人の笑顔を見ながら臨也は考える。 臨也がいつも気にかけていても、一緒に住んでいる訳でもないし帝人の行動に口出すこともできないし、そんな権利もない。 だが、帝人が静雄と出かけたと聞いた時は、イライラした。 なぜ、臨也がそんなことを知っているのか。掲示板などネット上で噂になっていたのだ。 平和島静雄に可愛い彼女がきた?ロリコン?など書かれていた。携帯で取った画像も載っていて、静雄の横にいるのが帝人だと臨也にはわかった。帽子をかぶっているため、顔はよくわからないが、小柄でユニセックスな服装が理由で一見少女に見えていた。画像を見た人間は、幼い感じの少女だと思うだろう。 シズちゃんとなにしているの?と思わず出かかった声を抑え、それについて問うことはしなかった。 ただ帝人の画像は即刻削除した。ついでに噂も消しておいた。 ネット上で帝人が噂されるなど許し難い。静雄の関係者だと思われて、事件に巻き込まれでもしたら、どう責任をとってくれるのか? 親しいと広まれば、誰かに絡まれたり有効な人間だと思われ浚われたら、どうしてくれよう。静雄はかなり人から恨まれているのに。 情報屋などしている自分もそれは同様だが、帝人を守ると決めているのだ。 臨也が女の子と一緒に歩いていても気にもされない。 弱みを見つけようと家族を調べられても、一般的なことしか出てこない。 そして両親や妹が弱みには見えないだろう。沙耶香や帝人のことを調べれば簡単に出てくるが、親族として出てくるだけだ。 せいぜい弟のように可愛がってるという注意書き。それでも、弱点として数えられる情報であるが、人質としてどのくらいの価値があるのかは賭だろう。 情報屋に喧嘩を売るならそれなりのものでなくてはならない。不安定要素ばかりの情報は使えない。 臨也の子供の頃からの行動全部を知ってるならともかく……それは家族しかいないが、すべてを帝人に結びつけることは難しい。帝人の両親は亡くなっている。臨也がどれだけ帝人を大事にしているか、今現在知っているのは折原家の人間だけだ。 それでも、可能性はゼロではない。自分と関わっていてなにかに巻き込まれたりするかもしれない。わかっていても、手放せるはずがない。 もう、だめなのだ。 ほんの一ヶ月前までは元気でいてくれればよかったが、今は側にいて自分の前にいてれくれなければ満足できない。 飢えにも似た感情が、あふれ出そうなのを押し込めて臨也は帝人の間で笑って見せる。帝人が臨也の前にいるのなら、飢えなど欠片も感じない。今だってとても嬉しいし、幸せだと思う。 だからこそ、今度こそ、帝人を絶対に守るのだと臨也は決めている。 |