「明日咲く月」池袋探検2




 

「あー、いた!」
 静雄の姿は雑踏の中でも目立つ。高い背に金髪、独特の雰囲気は人混みの中で際だっていた。帝人は静雄を見つけて自然笑顔になる。
「ちょっと待ってて!」
 そう言い捨てて、帝人は走り出す。
「おい、みかど!」
 正臣が呼んでも帝人はそのまま離れていった。
 つい先ほどまで和気藹々と話していたはずなのに、どうしたのだろうと残された面々は疑問に思った。
 
 
「こんにちは、平和島さん」
 帝人は静雄の前まで駆け寄ると声をかけた。
「ああ、竜ヶ峰か。元気か?」
「はい。平和島さんも、お元気そうですね」
「ああ。俺はたいてい元気だぞ。風邪も引かねえ」
 静雄はただ事実を述べる。
「そうですか。すごいですねー」
 帝人は感心した。健康は素晴らしい財産だ。そして、今回の目的を思い出す。
「えっと、今いいですか?お仕事は?」
「ちょうど開いた時間ぶらぶらしていただけで、平気だ」
「よかった。あのですね、これどうぞ」
 帝人は鞄からマフィンの包みを取り出しずいと静雄に差し出す。
「俺に?」
「はい。少し甘めに作ってあるんですけど、平和島さん、大丈夫でしたよね?」
 二人で食事をしたことがるため、帝人は静雄が甘いものを食べることを知っている。
 今日はたくさんマフィンを作ってもってきた。もし会えたら静雄にも渡そうと思っていたのだ。
「え?おまえが作ったのか?」
「お菓子とか料理するの趣味なんです」
「そっか、ありたくもらっとく。ああ!ちょうどいい。……これ、招待券もらったんだけど、行かないか?」
 静雄はポケットからチケットを二枚引き抜き、帝人に見せる。
 そこには羽島幽平の映画の招待券があった。なんと映画の挨拶に俳優達がやってくるという巷ではプレミアが付いている代物だった。
「いいんですか?これ、手に入らないって聞いてます」
「竜ヶ峰とがいいんだよ。他に誰も一緒に行く相手なんていねえし。だめか?」
「いいえ!僕でいいなら喜んで。ありがとうございます。平和島さん」
「俺も、これもらったし。サンキュな」
 にっと笑って静雄は帝人の帽子が乗っている頭にいぽんぽんと手を弾ませる。
「こちらこそ」
 帝人も笑顔で答えた。
 
 
 
 
 一方、帝人においていかれた面々の態度は様々だった。
「うわー、静雄のところに行っちゃったよ?みかプー」
「帝人……」
「シズちゃん笑ってる。機嫌良さそう。あれ知り合いなんだ?仲良さそうだよ」
「でも、この街に来たばっかりって言ってたっすよね?」
 笑いあって並んでいる帝人と静雄の姿に、正臣は苦笑する。
「……帝人は昔から人ったらしなんですよ」
「人たらし?」
「ええ。変質者にも好かれて小学校の時は俺が追い払っていたんですから」
「可愛かったんだろうね?みかプーの小学生か〜」
「小さくて、ふわっと笑って、大人が頭を撫でてやりたくなる感じで。だから、子供同士より、大人の方により帝人の魅力は利きましたよ」
「だから、変態か〜」
「変態に好かれると大変すね。誘拐とかは?」
「俺がいる時は追撃しておきました!それに、いち早く携帯持たせられていたし、防犯のために。あと、あんまり一人で行動しないように気を付けてました」
「ええー?ほんとすか?」
「どんだけすごいの?漫画みたい!」
 狩沢と遊馬崎が手を取り合って、きゃーとはしゃぐ。
「ふつうは過保護って言われるですけど、必要だったんです。田舎でも変態や犯罪者はいますから。子供をねらった犯罪が後を絶たなくて。学校も注意はしていたし。親も対策しなくちゃいけなかった。帝人はね、親たちから見ても狙われのがわかってましたから。あいつの母親に、防犯グッズとか教えていたのは、なんとうちの親です!」
「はははは。なにそれ?笑い事じゃないど、笑える!」
「萌えますね!」
 一気に盛り上がる。その間、ずっと二人に視線を向けたままだ。
「あ!ミカミカが静雄にマフィン渡している。受け取った!……え?あれはチケットかな?遠目で何かわかんないけど、映画かなー。一緒に行こうって誘ってる?シズちゃんが?」
「……俺も初めて見るな。静雄が誰かを映画かなんかに誘っているところ」
 黙っていた門田も驚きを隠せず口を開いた。
「これは、フラグね!」
「今でも、大人に魅力が有効ですか!すごいす!」
 一気に萌えを正義とする二人は盛り上がる。
「シズミカかー」
「でも、見た目ははっきり言ってロリコンすね」
「うっかりすると、小さい子を誘拐しているみたいよね」
「シャレにならないす!」
「あはははは」
 煩悩全開の会話が続く。
 
 
 
 
「ごめんね、待たせて」
 やがて、帝人が帰ってくる。そのまま帰ってきたので手にはチケットが握られたままだ。
「それ、どうしたの?ミカミカ」
 にっこり笑顔で狩沢が聞く。目はとある期待できらきらしている。
「ああ、平和島さんがくれたんです」
 狩沢が覗き込むと、なんと高値が付いている代物だった。
「うわー、これ羽島幽平の舞台挨拶付きの招待券?すごーい。一緒に行こうって?」
「はい。僕なんかでも、誘って下さったので、遠慮なく行かせてもらうことにしました」
「うーんと基本的なこと聞いていいかな?」
「なんですか?」
「シズちゃんと知り合い?仲がいいみたいだけど」
「平和島さんは僕が池袋が不慣れなので案内してくれたんです。それで、一人で映画を見るのが苦手だっていったら、一緒に見てくれるって親切にも言ってくれたんです。それで、羽島幽平の映画を見て」
「そっか。一緒に映画みて、お茶して?そこら辺ぶらぶらして?」
 世間一般では、それはデートというのだ。
「楽しかった?」
「もちろんです。平和島さんいい人なんですよ!」
「いい人かー」
「帝人くんしか言えない台詞っすね!」
「なんでですか?」
 不思議そうに首を傾げる帝人に、狩沢も遊馬崎もいい笑顔で応えた。
「うん、天然っていいな!」
「やっぱり、この後アニメイト行こうか。それともメイドカフェの方がいいかな?」
「いいっすねー。メイドさんの格好、絶対に似合います。細いから、何でもいいすよ」
「ピンク?黄色?ここは、王道でモノトーン?」
「真っ黒のワンピースに純白でひらひらのエプロンは萌えすよ」
「うん!こう細い首をかしげて、『お帰りなさいませ、ご主人さま』とか言ってもえったら、最高!」
「天然で可愛いメイドさんは、極上すよ!」
「ああん。大金つぎ込んじゃうわ」
「指名しまくりっすね!隣に座ってもらってウハウハすよ」
 帝人の両腕にひっつき、二人はまくし立てる。煩悩はとどまることを知らない。天井知らずだ。
「待て待て」
 三度目だが、門田が引き剥がす。
「門田さん……」
 感謝の目で見上げる帝人を横目に、こほんと咳払いして門田は聞いた。
「あー、帝人。静雄が喧嘩してるとこ見たことないのか?」
 確認したかったのだ。知らずに、いい人と言っているなら、知った時の衝撃は凄まじい。主に静雄の。
「ありますよ。自販機が空を飛んでました。標識も引っこ抜いて振り回して、すごかったです!スーパーサイヤ人みたいでした!」
「……そうか」
 知っていたのか。
 なら、これ以上何をいうのか。あの喧嘩人形などと呼ばれている静雄にこんな可愛い友達が出来たのだ。喜ぶべきだろう。静雄の怪力を知った上で友達付き合いをしてくれる少年は貴重だ。ただ、人付き合いが少ない静雄の中で帝人の存在は、とんでもなく大きい。方向性がちょっとだけ変だし。
 可愛がっているのはわかる。そういった魅力を持った少年だ。
 なんとなく、厄介ではないのか?といやな予感がする。紀田正臣が言ったように「人たらし」なら、静雄だけではなく他の人間も引き寄せるだろう。実際ここにいるメンバーも気に入っている。
 狩沢と遊馬崎の煩悩は避けるとしても、確かに静雄と並んでいる帝人は誘拐犯と被害者のようだった。仲が良さそうなので救われているが、一方で優しくして騙すのではないかと思ってしまう何かがある。見かけが悪すぎるのだ。
 どちらにしても帝人は小さい。そして中学生は子供だ。その上、彼は幼く見える。
 ついでに、少女に見えなくもないせいで表現はあれだが、ロリコン趣味に見えてしまうのが、困りものだ。
 今度、静雄にそれとなく注意というか話でもしておくか、と門田は思った。
 できるなら穏便にしておきたい。だが、どこからかロリコンとか誘拐犯とか静雄の耳に入ったら最悪だ。あいつは切れるだろう。
「まあ、根はいいヤツだから、見捨てないでやってくれ」
 だから、ついそんな事を言った。
「そんなことあり得ませんよ?平和島さんの方が僕に気を使ってくれるんです」
「そうか?でも年が結構離れているから話があうのかと思ってな」
 同じ年齢の自分が言う台詞ではないが、静雄が自分より口べたであることを門田は知っている。
「うーん、全然気になりませんね。大人だな〜とは思いますけど。僕、わりと大人に囲まれて育ったからでしょうか?」
「へえ、そういうもんか?」
「はい。だって、今日知り合った門田さんも僕より大人ですけど、いっぱい話せましたよね。気を使ってもらったとしても、とても嬉しいです。年齢で人を区別しても意味はないと思いますし、性別も関係ありません。そんな風に思います。たぶん、周りの人がそうだったからですね」
 帝人は自分の意見を述べた。幼い顔に笑顔を浮かべ、それでも大人の考え方で語る姿はアンバランスだからこそ目を惹いた。
 だから、静雄は気に入ったのだろうか。だから、人から好かれるのだろうか。
 門田はそんなことを思い、自身も気に入ったことを自覚する。
「なら、また話せばいい。池袋に住んでるなら会うだろ?」
「はい」
 笑顔で頷く帝人の頭に手をおいて、門田も小さく笑った。
 
 
 
 それを無言で見ながら、あれが「人たらし」の瞬間だと正臣が囁くのを狩沢と遊馬崎、渡草は聞いていた。









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