「で、正臣どうなの?」 幼なじみと予想外の再会を果たした後でメールをして日時を決め、今日正臣はマックにやってきた。 土曜日だからマックはすでに込んでいる。 「あのさ、帝人。俺さ、実は……」 何も知らない大事な幼なじみに自分の悪行を告白するのは忍びない。 「きりきり吐いたら?」 だが、追求は厳しい。 逃がさないといわんばかりのじっとりとした目で見られると、正臣も非常に困る。 幼なじみのこの目に勝てたことはない。 「だから、俺は黄巾族の将軍なんだ!」 一気に言い切った正臣に帝人は胡乱な目を向ける。 「黄巾族てなに?将軍てどういうこと?正臣まさかいつのまにか電波になっちゃたの?」 「違う!電波じゃない!」 変人にされて正臣は大きな声で否定した。 「じゃあ、なに?」 「帝人さ、カラーギャングって知っているか?」 「噂だけね」 「それのさ、一つで黄巾族ってのがあるんだけど、俺が作ったんだ。それでリーダーのことを将軍って呼ぶんだ」 「やっぱり電波でしょ?黄巾族?将軍?なにその趣味丸だしなのは!」 正臣、確かに三国志好きだったけど!と帝人が叫ぶ。 「そりゃ自分の族だから趣味に走るの普通だろ?」 「ええー、それで喧嘩してるの?大丈夫な訳?正臣は運動神経よかったし、クラスでも人気者だったけど、それだけで出来るもんじゃないでしょ?」 「ああ。まあ、でもちゃんとやってるんだぜ?」 「胡散臭い。正臣馬鹿なのに!」 「なにそれ、馬鹿ってなに?ひでー」 「馬鹿を馬鹿って言ってどこが悪いの?正臣、考えるの嫌いでしょ?考えるより体を動かす方が好きでしょ?」 「幼なじみってヤダ」 「今更でしょうが!多少は人好きがする性格でどうにかなっても、大きくなればなるほど難しいでしょう?それに、喧嘩ならともかく、抗争とかあるんじゃないの?」 心配そうな顔で帝人が正臣を見つめた。 「あるけどさ。俺が馬鹿なのは横においておいて。頭脳っていうか考えてくれる人はいるんだよ」 「信用おけるの?その人」 「おける、と思う」 「……ほんとうに、気を付けてよ。僕は幼なじみが怪我しするのはイヤなんだから」 「反対しないのか?」 「僕が反対したくらいで、やめる気なんてないよね?」 「……」 「だったら、無駄なこといわないでよ。ただし心配はするんだからね?これでも大事な幼なじみなんだから」 「帝人……」 俺の幼なじみは可愛い。つっこみ満載でいいたい放題だけど、こういうところが可愛いくて仕方ない。 再会できて、本当に嬉しい。前みたいに話せてとても楽しい。 「ほら、正臣」 帝人はこの話はこれでおしまいと、笑って鞄から包みを取り出してテーブルの上においた。 「なに?」 「正臣食べたいって言ってから作ってきた。今日はマフィンね」 「サンキュ!うわー帝人のお菓子久しぶり!」 帝人は実はお菓子などを作るのが得意だ。母親の影響か、親子でお菓子を作ったりご飯を作ったりしている。その腕も確かで、何度か正臣も相伴に預かった。 「そんなに喜んでくれると作ってきた甲斐があるよ」 「うん、うまっそー。いただきます!」 正臣は包みを剥いでかぶりついた。マックの二階は結構見て見ぬ振りを回しもしてくれる。どっちもどっちなのだ。 「うまーい。おいしーい」 ばくばくと正臣は食べ尽くして、指をぺろりと舐めた。 「どういたしまして?」 帝人もくすくす笑う。 「だけどさ、驚いたな。帝人がこっちに来るなんて」 「僕だって思わなかったよ。この4月からだもん。この間だもん。知らせようにも正臣最近チャットにあがってこないから」 「あー、わるい」 「いいよ、4月だもん。みんな忙しいってわかってるよ。正臣がどんな理由で音信不通になっていたのかは聞かないでおいてあげるけど」 「ほんとーに、わるかった!そういや、最近来たってことは、ここら辺知らねえの?」 「知らないよ!ほとんど!そんな余裕ないもん」 「まあ、俺でよければ案内するぜ?」 「うん、お願い。僕まだ不慣れなんだから。池袋って広いよね。埼玉とは大違い」 「まあな。俺もこっち来た時、びっくりしたぜ。何でも売ってるしな。眠らない街なんだ」 「へー」 「な、どこか行きたいところあるか?」 「わかんないから正臣のおすすめでいいよ」 「任せろ」 正臣は胸を叩いて請け負った。 正臣は帝人を連れて、あそこの本屋はいい。ここのコンビニは新商品がおいてある。等々説明を加えながら街を歩く。 そして、ある場所にさしかかり、一台のワゴン車が止まっているのを見て正臣は思案するように首を巡らす。すると声をかけられた。 「あー、紀田くん」 「狩沢さん」 正臣は大きな鞄を持っている黒い服を着た女性にぺこりと頭を下げた。 「ちわーす。またたくさん買ったんですね?」 「まあね。電撃文庫の発売だったから」 愛想よく笑った女性は正臣の横にいた帝人に視線をやる。 「あら〜可愛い子連れているじゃない!まさか浮気?」 「違いますよ!狩沢さん」 正臣は即刻否定した。 オレンジ色のパーカーにブルーデニムにスニーカー。上にベージュのコート。オレンジのチェック柄のキャスケット。帝人の装いはやっぱり、誤解を招くものだった。 「こいつは俺の幼なじみで親友です」 「はじめまして。竜ヶ峰帝人です」 「この人が狩沢さん、隣が遊馬崎さん、で、そっちにいるのが門田さんに、渡草さん」 正臣は帝人を先に紹介してから、相対する面々を順番に紹介していく。 「男の子なの?うわー、かわいいね。お姉さんと一緒に遊ぼうよ!楽しいとこ連れていってあげるよ?」 唯一の女性狩沢が目を輝かせ帝人を面白そうに見つめた。 「えっと」 帝人は視線で正臣に助けを求める。 「狩沢さん!手加減して下さい。池袋初心者なんですから、帝人は」 「ほんと?私は狩沢絵里華。うーん、みかプー?みかポン?それともミカミカ?どれがいいかな?」 「……どれでも」 女性になにをいっても無駄だと帝人は知っていた。 「遊馬崎ウォーカーです。よろしく帝人くん。帝人くん、いいですね!二次元でもいけますよ!」 狩沢同様大きなリュックを持っている青年が細い目をもっと細めて機嫌よく笑う。 「門田京平だ」 背も高くがたいのいい青年が名乗る。 「俺は渡草三郎」 門田と並んでいた青年も簡素に名乗った。 「はい。よろしくお願いします」 帝人はぺこりと頭を下げた。 「紀田くんの友達とも思えない!礼儀正しい!萌え!」 「ひどいっすよ、狩沢さん」 「でも、そうですよ!今までどこに隠していたんすかー?」 「帝人は最近田舎からこっちに来たばかりなんですよ。だから池袋だけじゃなくて東京自体不慣れなんです!」 正臣の説明に狩沢と遊馬崎が顔をあわせてにやりと笑うと、よりテンションが増した。 「ますます、萌え!お姉さんがいいところいっぱい教えてあげる!ひとまず、メイドさんの格好してみようか?ひらひらのヤツ」 「メイドもいいですけど、ネココスもいいすよ!ネコミミや尻尾付けて!」 「いいわね!ゆまっち。この目、この髪、この身体!」 狩沢は帝人の身体をぺたぺたと触りながら鼻息荒く興奮する。 「あ、あの……」 やめて下さいと言うにはあまりにも迫力があった。目前に迫る女性のなんともいえないい人を着飾らせることが大好きだオーラがにじみ出ていた。千歳も九瑠璃も舞流も身内のだから多少の差はあるが、同じように帝人を絶好の獲物を見る目で迫る。おかげで毎回着せ替えである。いい加減慣れている。自分で考えるよりよほどセンスがあるのはわかっているし、第一あの母親に育ったのだ。母も大層好きだった。さすが折原家である。 「柔らかい〜。化粧ののり良さそう〜」 調子に乗って狩沢は帝人の頬を指で撫でてふにふにと感触を楽しむ。 「二次元もばっち来いっすね!」 遊馬崎も帝人の顔を覗き込んで親指を立てた。 そこから救い出すのに、正臣は少々躊躇した。これも池袋の洗礼なのではなかろうか、と。帝人にとってはありがた迷惑なことだったが。 「そのくらいにしておけ」 さすがに狩沢と遊馬崎の暴走を見過ごせなくなった門田が、帝人を二人から引き剥がした。いくらなんでも、池袋の初心者にあの二人はきついだろう。 「おい、大丈夫か?」 「はい。ありがとうございます。門田さん」 「あいつらも悪気はない。ただ正直なだけなんだ」 煩悩にと口の中で呟く。 「ええ。……ところで、どうしたらこんな風に筋肉とか付くんですか?」 引き寄せられた帝人は門田のがっちりした体躯を感じて、素朴に質問していた。 「あ?」 「やっぱり運動ですか?」 「……」 「僕ももっと背が高くなりたいし、男らしくなりたいです。でも体育は苦手なんです」 下から見上げてくる目は結構真剣だった。門田も困る。 「個人差はあるが、これから成長期だから伸びるだろ?多少の運動も健康にはいいが、やりすぎはよくない。できあがってない身体でやると痛める」 「そうですか」 残念そうに帝人は吐息を付く。 「まあ、これからだ」 ぽんと門田は帝人の頭に手をおいた。帝人も笑って、やがて何かに気付いたように鞄を開ける。そして中から包みを取り出し、まず狩沢へと向き直る。 「狩沢さん、よろしければ、どうぞ」 帝人が差し出した包みを狩沢は、受け取りながらなに?と聞いた。 「マフィンです。はい、遊馬崎さんも」 狩沢の隣の遊馬崎へマフィンを渡す。 「帝人の作ったお菓子はうまいですよ。俺もさっき食べました」 正臣が不思議そうな顔で包みを見ている狩沢に付け加えた。 「食べていい?」 「どうぞ」 帝人の了解を得て、狩沢はぱくりとかぶりつく。そして租借して笑顔になった。 「おいしい!うわー、手作り?これで?」 興奮気味の狩沢を横目にし帝人は門田にも尋ねる。 「門田さん、甘いもの平気ですか?」 「ああ」 「渡草さんも、どうぞ」 「サンキュ」 狩沢に釣られるように皆がマフィンを食べることにした。 「帝人くん、うまいっす!」 「……たしかに、うまいな」 「そうっすね」 評判は上々で帝人も嬉しそうに「お口にあってよかったです」と笑った。 「ミカミカ、うちにお嫁に来て!」 狩沢は帝人にきらきらした笑顔で迫る。 「……っ」 さすがに、冗談のようなのプロポーズに帝人は困った。ここで、僕は男だから嫁に行くころは出来ませんと言っても意味がないことを帝人は学んでいる。ついでに、この台詞を聞くのも一度や二度ではない。 「ねー、ミカミカ!おいでよ!私、責任をもって可愛がるよ?」 帝人の細い手をぎゅうと握り狩沢は顔を近づける。 「……か、狩沢さん!」 「もう、ほんとーに、うちに欲しいよ!」 帝人がひきつり気味にどうにか身体をはずそうとするが力は立派に負けていた。と、門田が帝人を引っ張って狩沢から引き離す。 「狩沢!おまえは!」 「だって!ドタチン!理想的なんだもん!小さくて、可愛くて、萌えて!その上料理上手なんて!」 確かに言っていることは正しいような気がしなくもないが、所詮狩沢の正義である。 「ありがとうございます。門田さん」 帝人は門田を見上げ再びお礼を言った。 「いや。おまえ、本当に礼儀正しいな。……紀田の友達では珍しい」 「珍しいは余分ですよ、門田さん」 正臣が苦笑しながら、つっこむ。 「こういう友達は大事にしておくべきだぞ?」 「ええ。わかってます」 門田の助言めいた台詞に正臣はちらりと視線を意味深に絡め、それでも神妙に頷いた。 「やんちゃも、ほどほどにな」 「……」 自分を挟んで会話する二人に、帝人は無言を貫いた。先ほど正臣が黄巾族だと聞いてばかりだ。きっと、いろいろあるのだろう。 |