「あれ?」 学校帰り、帝人は池袋の街を歩いていた。少し文房具が欲しかったのだ。 未だ不慣れな街。人混みを上手に抜けていくことが出来ない。慣れればぶつかることなく、合間をすり抜けていけるのだろうか。 そんな中、帝人は先日臨也から紹介された平和島静雄を見かけた。 今日も前回と同じバーテンの格好をしている。金髪にサングラスで長身だからとても目立つ。 「こんにちは。平和島さん」 帝人はぺこりと挨拶した。 「……あ、ああ?もしかして」 最初は不審そうに目を細めた静雄はしばし考えやがて思い出した表情にかわった。 「はい。先日は失礼しました。竜ヶ峰帝人です」 帝人は再び名乗った。自分の名前が一度聞いたら忘れられないほど大仰な名前であるとわかっているが、目の前の人物にとってみれば一度会っただけの子供である。忘れていて当然だ。 「おまえ、なんで、あいつと?」 静雄の疑問はもっともだった。 彼にとって折原臨也は最悪の相手である。その人間が大事そうに子供を連れていたのだから。 「池袋を案内してもらっていたんです。僕最近ここに引っ越して来たので」 「そうなのか?」 「はい。この間はサンシャインに連れて行ってもらいました」 あの男にそんな殊勝なまねができたのか、静雄はますます不思議に思った。 「サンシャインねえ。他はまだなのか?」 「全然です。池袋は人が多くて迷子になりそうですね。今まで田舎に住んでいたので、びっくりです」 「おまえ、ところでいくつだ?」 ふと静雄は気になった。自分よりとても小さくて、触れたら壊していまいそうなくらい細い子供だ。 「僕は中学三年生で14歳です」 「そっか……」 中学生か。とても幼く見えるが、中身はしっかりしているし、そのくらいか。 静雄は思わず自分よりだいぶ下にある頭をくしゃくしゃと撫でた。つい、出来心だった。した後に、しまったと思った。池袋中で怖がられている静雄に近づく子供なんていないのだ。 だが、帝人は撫でられてもふわふわ笑っているだけだった。 「平和島さんは大きくていいですね〜。僕も牛乳を飲めば大きくなれるでしょうか?」 身長差のせいで大きな目での上目遣いは、破壊力があった。 「あー、個人差はあるが、多少はなれるんじゃねえか?飲まないよりはいいだろう」 「じゃあ、がんばります!」 「がんばれ。で、竜ヶ峰は今日どうしたんだ?」 「買い物に。文房具が欲しくて」 「わかった、案内してやるよ。迷子になったらいけねえからな」 「お仕事はいいんですか?」 「今日の分は夜だけだ。それまで暇だから、かまわねえ」 「ほんとですか?ならお願いします!」 帝人はぺこりと頭を下げた。 「平和島さん」 「おう、竜ヶ峰」 帝人と静雄は待ち合わせていた。 今日は映画を見る予定だ。前回偶然あった時に静雄が池袋を案内して、たまたま帝人が愚痴ったのだ。 「映画って一人で見るの苦手なんです。でも見たい映画があると誰か一緒に行ってもらえないと見られないままで、困ります」 「そうなのか?俺だとたいてい一人だな」 「大人になったら一人でも平気になるんでしょうか?」 「個人差じゃねえか。まあ、大人になったら見られなかったら後でレンタルでもすればいいさ」 「そうですよね。でも大画面もいいなー」 あまりに帝人が羨ましそうに目の前にある映画館を見やったため、静雄は聞いていた。 「今見たいのがあるのか?」 「羽島幽平の最新作が見たいんです!」 大好きです、と帝人が相好を崩す。 「そうなのか?」 「はい。母がファンで一緒に見ていたせいで僕も好きになりました。すてきな役者さんですよね!特に雰囲気と目の表情がいいんです」 「……ああ、うん」 「平和島さんは興味ありませんでしたか?すみません、熱弁で」 恐縮そうに目を伏せる帝人に静雄は、あわてて否定した。 「俺も好きだから!」 「よかった」 安堵する帝人に、静雄は少し恥ずかしそうに頭を掻いて視線を斜めに飛ばして帝人に戻すと一気に口を開いた。 「よかったら、一緒に行くか?」 「いいんですか?もちろん、喜んで!」 そんなこんなで、携帯の番号やメルアドを交換した二人はその週末に約束をした。 この日の帝人の出で立ちは、やはり折原家女性陣のセレクトで、やはり相当可愛らしくなっていた。正直に臨也の友人と出かけるといったせいであると、帝人は知らない。 臨也に対する女性陣の、多少意趣返しであるのだ。臨也と出かける時も着飾らせるが、友人と出かける時の方が愛らしさ全開であったら臨也は悔しがろうだろうと。 白いシャツに黒いパンツ。ベージュのカーディガンに淡いレモン色の上着。首もとにはピンク色のマフラーが結ばれている。丸い帽子はくるんとつばが外を向いていて、リボンが付いている。足下は黒のローファー。 どこからどう見ても彼女使用である。サイズ的に女性ものを着せている場合もあるが、決して女装させていないがミソだ。さすがに女装は帝人も抵抗がある。 ただし、催し物の場合はこの限りではない。帝人も悟りやあきらめはある。 「ああ、まず映画見るか」 「はい」 そのために映画館の前、上映時間にあわせて待ち合わせているのだ。 二人は中に入る。そして、チケットを買ってから少しの待ち時間の間に、店内を物色した。 映画のポスター、パンフレット、ストラップ、ボールペンなどグッズが並んでる。別の場所では飲み物やポップコーンなどが販売されていて、人が並んでいる。 「あの、パンフレット買ってもいいですか?」 「いいぞ」 帝人は今日見る映画のパンフレットを一冊手に取り会計でお金を払う。 そして、いよいよ映画が始まって帝人はすぐに物語の中に入り込み、我を忘れて楽しんだ。 「どっか、入るか?」 「はい」 二人はその後、カフェに行くことにした。静雄は珈琲、帝人は紅茶を頼みさきほど見た映画の感想を言い合った。 「すごかったですね!」 「ああ」 「羽島幽平、格好よかったです!」 「ああ」 「聖辺ルリもきれいで、お似合いでした。さんざん気をもんだけど、最後に笑って会えてよかったですね」 「ああ、まあな」 「アクションもあるし、ちょっと謎解きみたいなところもあって、本当におもしろかったです!」 「ああ」 帝人の楽しげな会話に静雄はイエスの答えを返すだけだ。元々話し上手ではない。それでも、決して楽しくなかったとは勘違いされないで、帝人が話し続けているので、静雄は気が楽だった。 「そういえば、おまえ臨也とどういう関係なんだ?あいつは池袋を案内するくらい親しいんだろ?」 ふと静雄は気になっていたことを聞いてみた。ずっと知りたかったのだ。とても衝撃的だった。なにせ、「いつも臨也さんがお世話になっています。どうかこれからも仲良くしてあげて下さいね」と言ったのだ。喧嘩している自分に。 「臨也さん?そうでうね、お兄さんのようなものでしょうか?」 帝人は首を傾げて、小さく笑った。 「兄貴?」 「ええ。実際兄弟ではないですが、そんな感じです」 「……そうか、あれが兄か」 納得がいかない。が、相当親しくなければあんな台詞は出てこない。臨也自身も大事にしていたし。 静雄は仕方なく、それ以上の追求をあきらめた。 第一、兄としての素晴らしさなど語られた、気持ち悪くなる。 その後、二人はぶらぶらしようかと歩きながらウインドウショッピングを楽しんだ。時間が過ぎてそろそろ夕暮れだ。 帝人は帰らなければならない。 「夕飯食っていくか?」 「家で、僕の分用意してあるので帰ります。今度誘って下さいね」 「ああ」 今度の約束もして、帰途に付くかという時。 裏通りに面した細い路地から、男がころげるように倒れてきた。 「え?なに?」 「下がってろ、竜ヶ峰」 静雄は帝人をかばうにして、用心深く路地を見やる。 「でも、この人怪我してますよ!」 帝人は静雄の横を通り抜け、倒れている男の側にしゃがみ様子を見る。 「大丈夫ですか?」 「……つ、う」 殴られて腫れている顔を痛そうに顰めて、半身を起こそうとする。だが、帝人を認めて、男は驚きそしてうめく。 「……に、げろ」 「でも」 「こども、が関わること、じゃ、ない」 逡巡する帝人に静雄の方が焦れて、腕を引こうと手を伸ばした。 だが、時遅く追っ手がやってきたようだ。どこへ行った?という声と共に少年達が現れた。どこかに黄色を身に付けている少年達は物騒な気配をまとっている。 帝人が声のした方を見上げると、黄色いスカーフを首にまいた少年とばちりと視線があった。 「え?……正臣?」 髪は茶色に染めているし成長しているが、確かに帝人が知る幼なじみの顔だった。 紀田正臣、小学校時代の友人である。途中で引っ越していったが、時々メールしたりチャットしたりして交友を続けていた。最近は自分の方に余裕がなくてご無沙汰だったが、正臣も4月は忙しいのか連絡はなかった。 「帝人?なんで?」 「なんでは、こっちの台詞」 呆然として見つめる正臣に、帝人は状況も忘れてつっこむ。 なんで素行の悪そうな少年達を率いて正臣が怪我人を追いかけてくるのか。つまり、怪我をさせた張本人なのか。 「ああ、えっとな」 じっと説明を求める帝人の強い視線に、正臣はうまく言葉が出てこない。なんで、追ってきた男を帝人が介抱しているのか。正臣はただただ帝人を見つめているせいで、普通なら真っ先に視界に入る池袋の喧嘩人形である静雄に気付いていない。 「なに?」 帝人の大きな目でまっすぐに見つめられると、返答に困る。適当に言い逃れできない。 第一、この幼なじみ勝てるか。勝てる気なんてしないだろう。正臣は、ひとまず逃げることにした。 「今度、ちゃんと説明するから!」 じゃあと、手を振って去っていく正臣を帝人は胡乱げに見送る。 追っていた男を置き去りにして逃げていった。よほど後ろ暗いらしい。絶対に、追求してやると心で決めて帝人は怪我をしている男に視線を戻した。 「怪我はどうです?病院行きますか?」 「い、や。平気だ。サンキュ」 男は眉間に皺を刻みながら起きあがり、服に付いたごみを払う。そして帝人に向き直って痛む顔で小さく笑む。背後にいる静雄は視線に入るが無視するつもりらしい。男はちゃんと静雄に気づいていた。 「助かった。いつかこの借りは返す」 そう言って男は背を向けて去っていった。 「竜ヶ峰……」 なんとも言えない声音で名前を呼ばれて帝人は急いで振り向く。 「平和島さん、すみません」 「や、いいんだけな。危ないだろう。今はどうにかなったが」 自分がなにもしなくても、なぜか収まった。が、いつも、こうはいかないだろう。 「……で、さっきの知り合いか?」 「幼なじみなんですけど」 困ったように笑う帝人に、静雄はなにか忠告めいたことを言うのをやめた。あの黄色い集団の正体をこの街の人間は知っている。知らないのは、最近池袋に越してきたばかりの人間だけだろう。 「そっか、ちゃんと話せるといいな」 「はい。もちろん」 帝人は頷く。 幼なじみを信じている帝人に静雄は、うまく話せるといいなと思う。 |