「よければ、池袋を案内するよ」 「お願いします」 「じゃあ、今度の土曜日に」 携帯でそんなやり取りをして、二人は池袋で待ち合わせた。 帝人が池袋の折原家に越してきて、荷ほどきして過ごせるように環境を整えてすぐに編入する中学校が始まった。元々一日前に挨拶や教科書や校則などの説明を受けていたから、一応どうにかなった。新しい学年のおかげでクラスのメンバーも皆一新されているから、帝人もなじみやすかった。 だが、基本的に池袋は不慣れだ。 今まで埼玉で暮らしてきて、母親とともに遊びに来ても皆が池袋は地元のようなものだったから、観光地にも行ったことがない。 「帝人君!」 「臨也さん!」 待ち合わせ場所に帝人が着くとすでに臨也が待っていた。帝人も約束より早く着ているのに、臨也はいつからいるのか周りの女性から熱い視線を向けられていた。 たぶん、池袋に不慣れな帝人のために待たせない配慮なのだろう。 大人だなと思いながら帝人は足早に走り寄る。 「おまたせしました」 「待ってない、時間より早いよ。だから謝るの禁止」 「……はい」 「さてと、やっぱり池袋といえば、サンシャインかな。水族館あるし、プラネタリュウムあるし、なんじゃタウン?見るものいっぱいあるよ」 「行ってみたいです!」 「うん、じゃあ行こう。こっちだから」 臨也に誘われて帝人は歩き出す。土曜日のせいか人が多い。人の波に押されて流されそうだ。やっぱり都会だ。 うまくこつが掴めなくて、帝人は歩くのに苦労する。 「帝人君、はい」 臨也が手を差し出す。 人混みに負けている帝人を気遣っているのはわかるが、中学生にもなって少々恥ずかしい。とはいっても、手を繋ぐのは昔からの習慣のようなものだった。 帝人は素直に手に掴まった。 残念なことに、自分は年齢より幼く子見えるから、大人が子供の手を引いているように見えるだろうか? それなら、多少恥ずかしくても自分を納得させられる。 が、実際のところは小柄な上服装の妙で帝人はもしかして彼女?という本人不名誉な間柄に見えていた。 「……それで、今日の装いは誰のチョイス?」 帝人を見た瞬間から思っていた疑問を臨也は聞いてみた。 ざっくりしたペールブルーのセーターに細身の黒いデニムをあわせ足下は焦げ茶色のショートブーツ。上に白いスプリングコートを羽織り、頭には千鳥格子のキャスケットをかぶっている。それに髪にもピンが留めらられているのがわかる。 ユニセックスというか、決して女装している訳ではないが帝人がまだ小柄で華奢だからこそ少女に見えた。 「千歳さんとクルちゃんとマイちゃんです。臨也さんと出かけるって言ったら用意されました」 「三人かー。ああ、うん。似合ってるよ」 「……ありがとうございます」 「一応、趣味はいいんじゃないかな。あれでも」 「好意でしてくれているのは、わかりますから。それに自分で考えるよりセンスとかいいと思います。第一、こういう時女性に逆らえる訳ありません」 実感のこもった台詞だった。 確かに、折原家の女性陣は強い。人を着飾らせるのが大好きだ。帝人など格好の餌食なのではあるまいか。臨也はきっとクローゼットにはすでに洋服がいっぱい詰まっているのではないかと予測する。その予測は限りなく正しく、帝人が新品の洋服を見つめながら、これをいつ着るのだろうと首をひねっていたのは数日前のことだ。 着せ替え人形になっている帝人に同情を感じるが、まあ可愛い孫にはメロメロなのだろう、千歳も。臨也は母親の心境を正しく読みとった。 「いーざーやーくん」 放物線を描かずに、自動販売機が突き刺さった。 「……え?」 帝人は横切っていった物体を認識して目を大きく見開く。信じられない。なに、あれ?帝人が呆然とビルの壁にめり込んだ自販機を見ていると、臨也によって腕を引かれ後ろにかばわれる。 「シズちゃん、やめてよ」 「ブクロには顔を出すなって言ってるだろー」 細身で長身の男は道路標識を引っこ抜いた。そしてぐるりと振り回す。重さなど感じさせない動作だ。服装はバーテンダーの格好だ。今から仕事だろうか。 「あのさ、今日は、ほんとにやめて欲しいんだよね。俺だけじゃないんだから」 臨也は帝人を庇いながら身軽に移動する。標識が横を掠めていく。 とにかく凄い。攻撃してくる男もそれを自分をかばいながらよける臨也さんも。 帝人はその光景を感動をもって見ていた。 「ああ?」 男は柄悪く臨也を睨む。 「いや、シズちゃんが俺しか見えない筋肉バカなのは知ってるけどさ、時と場合ってあるよね」 「おめーに、そんなものあったのか?」 「でも、この子傷つけたら許さないから」 いつにない真摯な目で臨也が男を見やる。 「……あ?」 そして男は臨也が後ろにかばっている子供、帝人に気づいた。 帝人はいったん動きが止まったことを良いことに、臨也の服を引っ張った。 「なに?」 「臨也さん、臨也さん、紹介して下さい」 「え、なんで?」 「だって、臨也さんのお友達でしょ?」 「シズちゃんは友達なんかじゃないよ」 臨也は勢いよく否定する。 「え?でも、僕臨也さんのお友達に今まで会ったことありませんけど、先ほどのやりとりはとても生き生きしていましたよ。喧嘩するほど仲がいいと言いますし」 「……やめてよ。喧嘩はするけど仲はよくないし」 「でもでも、いつからのお知り合いですか?臨也さんの口調や態度からすると、最近のつきあいではないですよね?」 大きな目で見つめられると誤魔化すことすらできない。 「……平和島静雄。高校時代の同窓生」 しぶしぶ臨也は簡素に述べた。本心から紹介なんてしたくなかった。 「そうですか。あの、平和島さん。僕は竜ヶ峰帝人といいます。いつも臨也さんがお世話になっています。どうかこれからも仲良くしてあげて下さいね」 にこりと帝人は微笑んだ。 臨也と静雄のぽかんとした間の抜けた顔は見物だった。 「帝人君!なにいっちゃっているの?」 「ご挨拶したんですよ。だって臨也さんのお友達なんですから。喧嘩してもしなくても。まあ、喧嘩はしない方がいいですけど。怪我はいけません」 「いやいや、そうじゃなくてね。なんで、そんな事を?」 「母だったら絶対にご挨拶しなさいって言いますよ。人間関係の基本だから」 「……確かに言うだろうね、あの人なら」 臨也が力無く肩を落とす。 臨也の知っている沙耶香はかなり天然が入っている。それを帝人も受け継いでいるから、文句も言えない。結局、臨也は帝人と今は亡くとも沙耶香には頭が上がらないのだ。 「もう、行こう」 「そうですね。では、失礼します」 帝人は臨也に手を引かれながら静雄に頭を下げた。 「……」 呆然とした静雄だけが残された。 そして、初めてサンシャインへ行った。たくさん見るものがあって、見切れなかった。 また行けばいいよ、と臨也がいってくれたので帝人は頷いた。 |