「明日咲く月」現れた親族




 

 葬儀はしめやかに行われた。晴れた青い空が少しだけ気持ちを和らげてくれる。
 今回は即刻葬儀場を探して、行った。二人の遺体だ。さすがに、家で行うには無理がある。
 そして、葬儀が終わってその後初七日の法要をすませ家族だけになった竜ヶ峰家で、千歳は切り出した。
「ねえ、帝人君。うちにおいでよ」
「そうだよ、遠慮しなくていいから、おいで」
 折原家夫婦二人で帝人を口説く。
 ぼんやりと遺骨の入った箱と位牌を眺めていた帝人は、ふと顔をあげて二人の方に向き直ってしっかりと視線をあわせた。
 見つめる瞳はなにか決意したものだ。
「千歳さん、惟在さん。ご厚意はとても嬉しいけれど、辞退させて下さい」
「でも!帝人君、十四歳なんだよ?」
「ええ。わかってます」
「沙耶香だって残された帝人君心配していると思うの。ね、うちに来て。皆待ってるから、大歓迎だよ。本当に、同情だとか責任だとかじゃなくて帝人君と一緒に暮らしたいの」
 千歳は沙耶香を引き取ったことを思い出す。あの時も同じような台詞を言った覚えがある。
「わかってます。千歳さんが同情や責任なんて安っぽいもので言ってないのは。これは僕の我が儘です。それにクルちゃんとマイちゃんがいるのに、男が入り込むは世間体にまずいでしょ?」
「そんなこと!」
「わかってます。クルちゃんもマイちゃんもそんなこと思わないって。千歳さんがそういう事に負けるような人でもないことも。でも、僕がいやなんです。僕のせいで何かいわれるのが。大好きな折原家が悪く言われるのが。母さんを引き取って我が娘のように愛してくれた。また僕までなんて、本当にお二人は優しくて素晴らしい人だと思います。そういってもらえて嬉しいです。でも、これ以上の好意は頂けません」
 話し方さえ大人に変えて帝人が語るのに、千歳はやるせない気持ちになる。

 (沙耶香……、どうしよう。あなたの息子はいい子過ぎるよ)

「それでも帝人君、君は未成年だ。誰かの庇護が必要な年齢だ。それはわかってるだろう?」
 惟在が父親らしく帝人に問う。
「はい。まだ一人では認められないことはわかってます。……惟在さん、千歳さん。高校生になるまでの一年お世話になれませんか?」
「……それが帝人君の妥協点なのかい?」
 真摯な瞳を見つめて惟在は吐息を付く。
「千歳、帝人君の意志は固いようだし、私たちも擦り寄るべきだろう」
「……そうね。一年一緒にいれるだけでも、いいと思わないといけないのね。ああ、でも一人暮らしを認める代わりに約束して。まずうちから近所に住むこと。そして時々は帰って来て、無事な姿を見せて」
 千歳の切実な思いを帝人も読みとって頷いた。
「さてと、帝人君も疲れたから早く休んだ方がいいわね。私は今日泊まるけど、あなたは九瑠璃と舞流を連れて戻って」
「ああ、また明日来るさ」
 惟在は立ち上がった。九瑠璃と舞流は別室で待っている。大事な話をするからと言って待たせてあるのだ。幸いにして学校は春休みに入っているから明日も来ることができるが、さすがに家をあけているため一度ちゃんと戻らなければならない。
「うん、お願い」
 千歳は手を振った。
 
 そして、千歳は帝人を風呂に追い立て休ませる。そうしないと自分で動かないからだ。
 だが、急展開を見せたのは翌日だった。
 
 
 
 竜ヶ峰家に突如として訪れた人物、それは竜也の父親、つまり帝人の祖父だった。
 葬儀には現れなかったが、線香をあげに来たのだろうと中に上げた。そして、馬鹿息子が、と呟きながら線香をあげて千歳がお茶を出したところで、竜ヶ峰辰巳は切り出した。
「帝人はうちで引き取ろう」
「……は?」
「不肖の息子だが孫は別だ。両親を亡くしているのだから、儂が引き取るのが道理だろう」
「今まで会いに来たこともないのに、突然ですね」
「それがどうした。あんたより儂の方が血が濃いだろう?」
 千歳にとって沙耶香との本当の続柄は叔母と姪だ。帝人は姪の子供になる。
 祖父である辰巳の方が確かに近いだろう。だが、今まで会ったこともないのに、いきなり引き取るはないだろう。それに彼は帝人の意見を聞いていない。
「失礼ですが、沙耶香と竜也さんは子供が産まれた時ハガキを送って知らせたそうです。小学校に入る時、中学校に入る時、折々に写真付きのハガキを出していた。でも、それに返したことは一度もないと聞いています」
「それがどうした?勘当して出ていった息子だ。それくらい覚悟の上だろう」
「孫は関係ないでしょう?今だって孫は別だろとおっしゃった!それなら、なぜもっと早く会いに来て下さらなかったのか」
 千歳は感情がほとばしる。
 残念だわと寂しそうにしていた沙耶香の顔が思い浮かぶ。
「親不孝などするから、死ぬのだ。家を出て勝手にして、許しもなく結婚して、子供を作って。まあ死んでしまったものは仕方ない。うちの墓に入れよう」
「……!」
 千歳は爆発しそうだった。
 竜也の父親がこんな人だったなんて。だからこそ、彼は家を出たのだ。出て正解だ。
 拳を握りしめて激情を絶え、冷静になろうと努める。
 こんな人に二人のなにも渡したくない。遺骨や位牌を渡すなんて絶対に許さない。まして帝人を引き取るなど、どいうつもりなのか。人の情があるように見えないのに、孫を今更引き取るなんて、何かあるのではないかと疑いたくなる。
「僕はあなたの所にいくつもりはありません。お引き取り下さい」
 唐突に、黙っていた帝人が口を開いた。
「なに?子供のくせに、大人に楯突くのか?」
「楯突くのかと聞かれればそうだと答えましょう。あなたから見ればただの子供でしょうが、子供でも自分のことは自分で決めます。こんな生意気な孫などいらないでしょう?もっとあなたに従順な人間を求めた方が有意義ですよ」
「温情をかけてやれば、ガキのくせに……!」
「いりません。ですから、お引き取り下さい。一応、続柄は祖父ですから、線香をあげたいのなら拒否はしませんが、それ以外のお付き合いは必要ありません」
 きっぱりと言い切る帝人に、千歳の方が驚く。
 顔を怒りに歪ませている辰巳に対して、どこまでも帝人は冷静だ。
 辰巳は荒々しく立ち上がり、部屋から出ていこうとするが、振り返って眼孔鋭く捨て台詞を吐いた。
「儂はあきらめる気はない」
 諦めろよと心中で思うが、簡単な話ではないのだろう。千歳は眉を寄せて不愉快そうに去った老人を見送った帝人に、ふと尋ねる。
「どうしようか」
 帝人が祖父である辰巳について行くことなどあり得ないが、どのように対処したいのかと聞きたかった。そう、千歳はすでに帝人を一人前の大人として接していた。子供だから庇護しなくては、という感情は帝人の信条や尊厳や覚悟を傷つけるだけだ。
「……そうですね、あの人にどういった意図があるのか定かではない分決めかねます。今更の態度の変化は怪しいですよね?」
「そうなのよね、あれよ。孫が可愛いから引き取りたいって理由じゃないのが、一番気にくわないわ」
 千歳が正直に吐露すると帝人が小さく笑った。
「自分に従わない人間はいらなさそうですよね。父親もそうだし、生意気な孫も同様に。それなのに、どうして?」
「どうしてかしら?」
 二人は首をひねってうなる。
「まあ、すぐにはどうにもできないから、ひとまずお茶にしましょう。やることたくさんあるし、休憩しながらでいいからさ」
「そうですね。ここを引き払う準備もあるし、保険関係に名義変更、書類も山ほどだし」
 帝人と千歳は相談しながら、必要な書類に取りかかった。









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