「明日咲く月」臨兄、成人おめでとう




 

 久しぶりに母親から電話があった。
『ああ、臨也?』
「なに?」
『今度成人式があるじゃない。来ないの?』
「必要ない」
『ふん、あんたが成人式に出席しようとしまいとどうでもいいけど。あんたのお祝いをしたいって、沙耶香と帝人君が来るんだけど』
「……え?」
『だからお祝いにケーキ焼いて、プレゼントしたいんだって。あんたのために。ほんとに、人がいいっていうか、奇特なことよね』
「……奇特は余計だ。人がいいのは本当だけど」
『で、来るんでしょ?あの二人を悲しませるなんて許さないわ』
「…………行く。式は出ないけど」
『了解。じゃあ、二人にメールしときなさい』
 それだけ言うと、通話は切れた。
 さすが折原千歳である。臨也の母親だ。息子である臨也より沙耶香や帝人の方が大事なのだ。それは臨也も同様なので、否やはない。
 
 
 
 
「臨兄!」
 臨也が折原家にやってくると、玄関まで帝人が駆け寄ってきた。
「帝人君?」
 全開の笑顔で嬉しそうに抱きつく帝人を臨也は受け止めた。
「うわ、大きくなったよね」
 身長が伸びている。体重も増えたのだろうか。臨也からすれば小さいがそれでも確かな成長を感じた。
 少しあわない間に、子供はすくすく成長するものなのだ。
「うん。だって、もうすぐ中学校だもん」
「そっかー。中学生か」
 今度の4月に帝人は中学生になる。この間まで、幼稚園だったのに。幼い帝人の顔を思い出して臨也は感慨深く思う。
「臨也君、お帰りなさい。久しぶりね」
「沙耶香さん」
 臨也の義姉である沙耶香がいつもの穏やかな笑顔で立っていた。
「本当に、立派になって。ますますハンサムになって嬉しいわ〜」
「臨兄、格好いいよね!すごく」
 沙耶香の誉め言葉に帝人も同意した。
 二人から誉められると、嬉しいけど、くすぐったい。他の誰かに言われても、世辞かせいぜい見た目を気に入ったのだと無感動に思うだけだ。
「でしょう?昔からハンサムさんだったけど、今は雰囲気も加わってクールビューティっていうの?この間テレビで言ってたのよ!」
「僕も見たよ。臨兄にぴったりだよね〜」
「ね〜」
 二人の誉め言葉は続く。臨也は恥ずかしくて溜まらなくなった。これは誉め殺しかもしれない。二人に悪意がないのが、困りものだ。
 お願いだから、これ以上、止めて……。恥ずかしさで死ねる!
 臨也は心中でも悶えた。
「臨也、来たの?ああ、感動の再会を堪能したら、いらっしゃい」
 千歳がひょいと顔を出して暴言を吐いて去っていった。
 あの人は……。臨也はため息を付いた。
 
 
 
 
 
「成人、おめでとう!」
「おめでとう、臨兄」
「イザ兄、おめでとー!」
「……祝」
「おまえもこれで一人前だなー」
「自分で責任が取れるなら文句ないわ」
 
 すでに誕生日は迎えていたからとっくの昔に二十歳は超えているが、成人式は別物らしい。皆からお祝いの言葉がかけられる。
 家を出てから滅多に寄りつかない家だが、にぎやかな食卓は相変わらず変わっていないらしい。
 テーブルには千歳と沙耶香が作った料理が並ぶ。しっかりと臨也の好物も並んでいる。
 臨也が久々に帰ってきても違和感などなく、和気藹々と食事が始まる。明るい声があちこちで上がる。
 妹達のはしゃいだ騒がしい声に混じり、大人組の近状を語り合う話声が聞こえる。
 久々に美味しい食事が済んだ後、沙耶香が作ってきたケーキを食べることになった。
 紅茶と皿に載ったケーキが目の前に出されて、臨也はフォークで一口に切って口を付ける。
「美味しい?」
 帝人が臨也の横で伺うように顔を覗き込む。
「美味しいよ」
「よかった!」
 臨也が感想を述べると安堵したように笑った。
 このケーキは帝人も沙耶香と一緒にがんばって作ったらしい。だから出来映えを気にしていたのだ。
 世辞ではなく本当に美味しい。
 見栄えも味も、臨也が大好きな味だ。なにせ、沙耶香の味で小さな頃から慣らされている。昔から手作り美味しいものを食べていた臨也は実は舌が肥えていた。
 おかげで、器用だから一人暮らをしていても家事に問題はないが、自分が作るものが美味しいかと聞かれれば、答えは自ずとわかる。
 自分のために作られた料理が、美味しくないはずがない。
「帝人君、ケーキ作れるようになったの?」
「全部一人ではできないけど、だいぶできるようになったよ。スポンジが一番難しいんだけど、加減を覚えているところ」
「へえー。すごいね」
「母さんが教えてくれるから。母さんね、僕と一緒に作るのが好きなんだよ。娘がいたら一緒にお菓子を作ろうって思っていたけど、性別なんて関係ないわよね!って。私には帝人がいるもの!っていうんだ」
「……そっか。沙耶香さんらしいよね。でも、帝人君はイヤじゃないんでしょ?」
 それは見ていればわかる。帝人は嫌々やっているように見えない。
「うん。楽しいよ。作ったものを美味しいって食べてもらえると、ほんとに嬉しいし」
 帝人の心からの笑みを見て臨也も暖かい気持ちになる。
「ほんとに、美味しいよ。ありがとう」
 帝人の柔らかな髪を撫でて臨也はお礼を言った。帝人は笑顔を返して、どういしたいましてと視線で告げた。
 
 
 散々、食べて騒いで。
 子供たちが疲れて眠った後は大人の時間がやってきた。千歳が一人日本酒を飲んでいる。一緒瓶を横に置いてコップに注いでいる姿は女性とは思えないほど漢らしい。
「二十歳越えたんだから、飲め!」
 臨也にもそう言って勝手に注いできた。コップ一杯の日本酒くらい臨也も飲める。仕方なく付き合いでごくごくと飲み干した。
 コップをテーブルに、どんと置いて臨也は空いたコップに日本酒を注ぎ、千歳へと渡す。つまり、飲めということだ。
 千歳は、ふんと鼻を鳴らしてごくんごくんと飲みきった。日本酒の飲み方では決してない。
「これで、つき合いは終わり」
 臨也はそう告げると、千歳の側を離れて沙耶香の隣に座った。
「沙耶香さん、飲んでるの?」
「私?ワインを少しよ。これ甘口なの」
 大人の飲み会のテーブルには酒しか現在置いていない。そのうちウーロン茶が出てくるだろうが、現在は日本酒にウイスキー、ワインが並んでいる。
 千歳の横では、惟在が水割りを飲んでいて、千歳の世間話につき合っている。
「臨也くんは何か飲む?」
「うーん、なら沙耶香さんと同じワインでいいや」
 臨也はさっさとグラスにワインを注いで、一口飲む。ついでに、おつまみ用においてあるナッツも摘む。
「そういえば、臨也君は元気でやっている?」
「やっているよ。ちゃんと一人暮らしもしているし。これでも自炊しているんだから」
「そう?臨也君器用だから、何でもこなすものね。それなら千歳さんも安心だわ」
「……別に心配はしてないと思うよ?」
「それは臨也君が頼り甲斐があるからよ」
 沙耶香がくすくすと笑う。
 そんなことはないのだと反論をしようと思って止めた。意味がないことだ。
「沙耶香さんは?帝人君も、何か変わったことある?」
 離れていると、わからないことが多い。気にはしていても、距離がある。だから、こういう時に聞いておこうと思う。情報を仕入れておけば、後々役立つかもしれない。
 
「ああ。帝人もねパソコンをやってっるのよ」
「へー、今時は小学校からなんだ。もうすぐ中学校だから買ったの?」
「ううん。買ったのは六年生になってからね」
「どうして?結構早いよね。授業があるから?」
「帝人の幼なじみで仲がよかった子が転校しちゃってね。寂しそうだったし、今はこういうのがあればチャットとかでお話できるでしょ?それにね、早く帰って来るように言ってあるから窮屈だと思うの」
 沙耶香は申し訳なさそうに笑う。それがらしくなくて臨也は疑問に思った。
「早く帰って来る?外で遊ばないの?」
「遊びたいと思うんだけど。冬は日が落ちるのが早いから無理でしょ?夏は日が長いからいっぱい遊びたいってわかっているの。けど、最近物騒でね。変質者も出るって通報があって、みんな寄り道しないで帰るように指導されているの。田舎なのに、田舎だからかしら?」
「……そっか。で、仲がいい子もいないんだ」
「そうなの。ちょっと可哀想なんだけどね。今はね、竜也さんの方が子供と遊べて嬉しそうよ」
「ああ、そっか。お勤め、そっち系だもんね」
「そうなの。帝人にいろいろ教えたり、それでゲームしたり、楽しそうよ」
 竜ヶ峰竜也はパソコンを使うのが仕事だ。そっちの情報系で日夜働いている。自分の得意分野で子供と一緒に遊べるなら、それは嬉しいに違いない。
「私は少ししかわからないんだけど、臨也くんも、使えるんでしょ?」
「まあまあね」
 情報屋なんてやっている臨也にとってパソコンは仕事道具だ。だが、そこまで使えるなどと公言するつもりはない。
「そう。なら、今度帝人とも遊んでやってね」
「うん」
 是の返事をしても、出来ない可能性は高い。仕事道具のパソコンで帝人とチャットはしたくない。いや、楽しいだろうと思う。きっとシビアな仕事の合間に心が潤う。だが、だからこそ、一緒にしたくなかった。出来るなら、今まで通り携帯のメールでやり取りをして、心を癒したい。
 それとも、ひとまず今日のお礼にポストカードでも出そうか。
 成人のお祝いにと沙耶香と帝人から万年筆をもらった。しっかりした作りの万年筆には「IZAYA」と筆記体で名前が入っている。もらった時、大事にしようと決めた一品だ。
 
 自分からそんなものを出せば、あの二人のことだから、きっと喜んでくれるだろう。
 そして、返事と称してメールが届くのだ。それを想像しただけで、臨也は暖かい気持ちになった。









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