「こんにちは」 「おや、君は沙耶香ちゃんの弟さん」 臨也は、一人でまた沙耶香に連れてきてもらった店にやってきた。 マスターも臨也のことを覚えていてくれたようで、笑顔で迎えてくれた。臨也は一人であることからカウンターに座る。そして、さっさと注文した。 珈琲とショートケーキだ。珈琲はなかなか美味しかったし、前回はチョコレートケーキを食べたから、今回はショートケーキにチャレンジしようと思ったのだ。 「うん、美味しい」 運ばれてきた珈琲を飲み、満足の吐息を付く。 「気に入ってもらえた?」 「はい。美味しいです」 「それなら、よかった!……うーん、それにしても本当に美形だね。沙耶香ちゃんとこは美形一家なんだな」 心から感心していて、嫌みなんて欠片もない。裏表のない誉め言葉に臨也も笑った。 「そうですか?でも、顔は好みもあるでしょ?弟としては姉のような顔の方がいいんじゃないかと思いますけど」 「あははは。そっか。うん。沙耶香ちゃん、もてたもんな!学生時代」 「その話聞かせてもらえますか?」 臨也が興味津々と見やると、マスターは高らかに笑っていいよと答えた。 「沙耶香ちゃんは親友の百合子君と一緒にやってきて、ケーキとお茶を飲んでいた。ほら、そこの窓際の席」 マスターが指さす場所は喫茶店の一等地だ。 「二人の話は笑えてね。聞いていると、おかしくて、おかしくて」 マスターどこか遠くを見ながら思い出を語った。 「でさ、沙耶香。友林の生徒から手紙もらったんでしょ?」 「うん」 「はいはい。出して」 沙耶香がラブレターをもらったり告白を受けると、たいていその相談を百合子にしていた。 「うーん。なになに」 素直に渡された手紙を広げざっと読んで、百合子は顔をあげた。 「なにこれ、誤字があるわ!文章もいまいち。3点!」 「3点?100点満点で?」 「そうよ!」 辛辣に点数をつける百合子に沙耶香が苦笑しながら、受け入れる。 「あそこ、一応進学校にくせに、馬鹿ね、こいつ」 百合子は手紙をぴんと指で弾いて、却下と判断を下した。 友林高校は近隣で進学校として有名だ。偏差値も高く有名大学への進学が多い。対して二人が通う、清凛女子校はお嬢様学校として名が売れている。進学率はそれほど高くはないが、とにかく校則は厳しく礼儀を重んじるため、どの生徒を見てもお嬢様に見えると評判だ。つまり、今時世間に擦れていないのだ。 「で、百合子は?昨日呼び出されていたでしょ?」 沙耶香の話がすむと、次は百合子の番だ。沙耶香が、話してみてと視線で問いかける。 「ああ、あれ。丁重にお断りしたわ」 「好みじゃなかったの?」 「まるっきり。外見もさっぱりだけど、低脳な男は嫌いよ。それに、私は沙耶香の顔をみているのが一番好き」 「百合子ったら。百合子の方がうんと美人なのになー」 百合子はきつめの美人だ。 沙耶香は柔らかい雰囲気の可憐な少女だ。二人はタイプは違うが、確かに男性から恋心を向けられる女性だった。 ちなみに、沙耶香は白薔薇姫、百合子は名前の如く百合姫、と呼ばれて清凛女子校のお姫様として評判だった。 「……好みの問題でしょ?」 「まあ、そうだけど。私も百合子のきれいな顔が大好き。見ていると幸せだもん!」 にっこり笑う沙耶香は天然だった。 ある意味両思い。親友達は、結局のところ互いの恋話を出汁に遊んでいるだけなのだ。 まさか、親友が告白してきた男と付き合うなんて思っていないからこその、娯楽だ。 男心はまったく取り合わず、女心だけを大事にしているのは、高校生という若さのせいなのかもしれない。もちろん、男子生徒を笑っている訳でもないし、酷い扱いをしようとも思っていない。ただ、関心があるかないかだけである。 「そんな感じで、二人はここで恋の話をしていたよ。ほとんどそれをネタにしてお茶を飲んでるだけなんだけど。まあ、二人とももてたから。仕方ないね」 「そんなにですか?」 「ああ。弟君は知らない?でも、歳が離れているから、わからなかったかな?」 「姉さんとはひとまわり離れているから、小さな頃可愛がってもらった思い出だけです。小学校の時、結婚して家を出たし。さすがに家でそんな話はしませんでしたね」 「それじゃあ、無理だね」 「ええ。でも、おもしろかったです。あの時、姉はなかなか楽しい学校生活を送っていたんだなって思えましたから」 臨也はそういって、ありがとうございますとお礼を言った。 自分が知らない姉の姿は貴重だ。 しかし、そういうのは子供へと受け継がれていくのだろうか。 帝人が変質者から好かれるのは、もしかして遺伝か?沙耶香が異性からもてるのは当然として、やたらめったら同性から好かれるのだが、それのせいか? 思わず、心配になる臨也だった。 |