「沙耶香と帝人君が来るから早く帰ってきてね」 出掛ける臨也に、玄関でおもむろに母である千歳が声をかけた。 「いつ?」 「こんどの金曜日よ。それで泊まっていくの」 「……わかった」 承諾する臨也に、千歳がにたりと笑った。 「でさ、私の忠告だけど。あなたより先に二人が来たとして、いつもの格好をみせてもいいいの?別に今更素行なんて気にしないけど。短ランだろうと赤いTシャツなんていう勘違いっぽい格好で、どうよ?沙耶香は心配するかもねー。帝人君も大好きなお兄ちゃんが不良っぽかったら、泣いちゃうかなー」 それはそれは楽しそうに千歳は持論を展開する。 高校生の臨也は、素行がいいとは言えなかった。不良であるとも言えない。そこら辺はうまくやっている。遊んでいようが、学校をさぼろうが、千歳はそれについて口出したことはない。自己責任だと言わんばかりだ。 ただ、指摘されたように短ランと赤いTシャツというのは目に痛いかもしれない。中に着ているものは赤だけではなく紺、黄色、白、グレーなんでも着る。が、派手な色合いが多いのが事実だ。 別段主義がある訳ではない。 短ランで派手な色合いを身につけていれば、人はそういう目で見る。外見は重要で、誰も臨也に期待しない。そういうラベルを貼ってもらった方が都合がよかったのだ。 頭が良かったから、多少出席日数が足りなくてもどうにかなる。 かといって、まじめな生徒だと勘違いされても困る。優等生など、虫ずが走る。 「了解」 臨也はそこは素直に頷いた。 誰も、あの二人を心配させたい訳じゃない。ついでに、痛い視線も欲しくない。 金曜日、臨也は短ランは変えようがないので、中を白いTシャツにして無事に授業を終え急いで帰宅した。 臨也を待ちかまえていた二人は臨也に強請った。 「ねえ、臨也君の学校見てみたいの。だめ?」 「え?まじめに言ってる?男子校だよ?」 「でも、帝人がね。ほら、帝人。自分で頼みなさい」 うんと帝人が頷く。 「あのね、臨兄の学校が見てみたいの」 「俺の学校見ても楽しくないと思うけど……」 というより、あまり見せたいものではない。ついでに素行がいまいちの男子生徒が多い。 今から引き返して、絶対にあわせたくないヤツは誰もいないか? 「臨兄の学校だから見たいの!僕も行くかもしれないでしょ?」 「帝人君、うちに来るつもり?地元じゃないの?」 帝人にうちの学校はだめだろう。どこからどう見ても、荒れている。もっと平和な学校がいい。絶対に。 「まだ小学校だから何も将来が決まってないでしょ?だから可能性を潰す気ないのよ。臨也君の学校に行きたいというなら、否定する必要ないでしょ?」 おおらかな沙耶香らしいせりふである。 「だめかな……。臨兄」 上目遣いで、そんな風に見られて断ることなど臨也にはできなかった。 「わかった」 仕方なく頷く。 「結構歩くよ?」 「平気よ。ねー」 「うん。大丈夫だもん」 臨也は沙耶香と帝人を連れて歩いた。臨也は毎日徒歩通学している。距離としてはあるが、子供が歩けない距離ではない。世間話をしながら、子供の足にあわせ歩いて歩いて、やがて来神高校に着いた。 正門の間で、立ち止まり臨也が校舎を指し示す。 「ここだよ」 放課後だから、部活をやっているヤツしか残ってない。顔をあわせたくないヤツはいないだようだ。よかった。 それにしても、男子高だから男子生徒しかいない。なんというか、色がない。 「ここなんだ〜」 感動のこもった声音で帝人が呟く。臨也は帝人を抱えあげて校庭から広がる校舎を見せる。 「校舎が大きいね」 「まあ、大きい方かな。一応歴史あるし。その分古くなってきてるけど」 「そうなの?風情があるのね」 沙耶香も興味津々と見る。 「でも、沙耶香さんだって近くの女子校行っていたでしょう」 「私?まあね。今はどうなっているのかしら?」 「清凛女子校でしょ?今でもお嬢様学校だよ。変わっていない」 実際、清凛女子校は来神高校からすれば、かなり高嶺の花だ。素行がよろしくない男子校の生徒は嫌煙される。 「そうなの?懐かしいわねー」 「かあさんの学校も近いの?」 「ちょっとあるわねー。私バスで通っていたから」 少し懐かしそうに沙耶香が遠い目をする。 「ふうん。僕もいつか高校生になったら、通いたいなー」 来神高校を見ながら帝人が呟くが、臨也はお願いだから止めて欲しいと心から思った。 「さてと。少し休憩でもする?帝人君疲れてない?」 帝人を腕から下ろしながら、臨也が尋ねる。 「大丈夫だもん!」 「でも、多少休憩したほうがいいわよ帝人。これからまた同じだけ歩くんだから」 「どこに入る?この辺だとなー」 「そうだわ、私が学生の頃通っていたお店でいい?」 「いいよ」 迷う臨也に沙耶香が提案をする。臨也は即刻同意した。 また、しばらく歩き、一つの店へと沙耶香が誘導する。店構えはシックな感じだが、高級という訳でもないらしい。女子高生や男性客、年輩の女性とばらけている。 四人席に案内されて、メニューを広げる。 「喫茶店だけど、お茶も美味しいしケーキやパフェもいいのよ」 沙耶香が説明をしていると、男性がお冷やをもってあらわれた。そして目を瞬く。 「おや?沙耶香ちゃん?」 「こんにちは、お久しぶりです。マスター」 沙耶香は微笑みながら挨拶する。顔見知りのようだ。 「うわー、久しぶりだね」 「ええ。……息子です」 沙耶香は帝人を示して笑う。 「こんにちは竜ヶ峰帝人です」 しつけられている帝人は、いい子の見本のような挨拶をする。 「うわー。沙耶香ちゃんに似て可愛いね!行儀もいいし」 帝人を見て感動を味わっているマスターが、臨也を見て首をひねった。 「あれ、こっちは?」 沙耶香と子供と、男子高校生との組み合わせが不思議なのだ。 「彼は私の弟なのよ」 「はじめまして。姉がお世話になっています」 臨也も頭を下げた。 「うわわわーーー。これまた美形。沙耶香ちゃんとこ美形の家系なんだね」 納得したよとマスターが高らかに笑う。沙耶香は小さく笑ってメニューを見やる。 「帝人はケーキにする?それと紅茶ね」 「うん」 「臨也君は?おすすめはショートケーキとチョコレートケーキよ」 「ならチョコレートケーキにする」 「それなら珈琲がいいわね。私はショートケーキと紅茶にしましょう」 沙耶香はマスターに手早く注文する。マスターはかしこまりました!といって背を向けた。 「はい。どうぞ」 マスターが自ら注文を持ってきた。ありがとうといって受け取り、美味しいケーキに舌鼓みをうち、世間話をする。 「そういえばね、最近奥さんたちと話しているだけど。帝人に携帯電話を持たせようかってことになってね」 「携帯電話?」 帝人は小学校3年生だ。普通であったなら携帯電話は早いと思うだろう。もっとも防犯対策で学校ぐるみで取り組み子供が全員携帯をもっているところもあるが。 「そうなの。田舎でも、変質者とかいろいろ話が絶えなくて。子供に持たせた方がいいかって話になっているのよ。何かあっては困るし。GPS付いていればどこにいるかわかるでしょ?それに、奥さん達から、帝人には持たせた方がいいっって断言されていて……」 臨也は帝人に視線をやる。 幼く細い身体。さらっとした黒髪から覗く白い額。全体的に色白なのに、ピンク色の頬と唇。紺色の大きな澄んだ瞳。美少年と言う訳ではないが、どれもこれも人の心を引き寄せるものがある。なにより笑顔が可愛い。変質者からすれば堪らないのではないだろうか。 「俺も賛成。帝人君には即刻持たせるべきだと思う」 臨也も断言した。 「そう?やっぱり?」 「そうだよ。……ところで、帝人君。変な人とかに声かけられたことない?」 「変な人ってどんな人?」 「うーん、暑いのにコート着ていたり、猫なで声で話しかけてきて触ってきたり?」 帝人がぱちぱちと瞬く。 「うーんとね。この間、男の人が話しかけてきたの。道を聞かれたんだけど、よくわからなくて。触られというか、抱き上げられようとしたら、正臣が蹴って僕の手を取って走ってくれて。大声で『へんたい!おまわりさん!』て叫んだの」 暴露された事実に臨也は顔色を変えた。 「沙耶香さん!すぐに、携帯買って。俺も付いて行くから一緒に選ぼう」 必死に臨也は言う。 「あらあら、そうね。それにしても、正臣君は頼りになるわねー。今度お礼を言わないと!」 「正臣って誰?」 「僕の友達。スポーツが得意でね、人気者なの」 自慢げに帝人が笑う。 「へえ〜」 親友と思える人間がいることはいいことだ。 臨也にとって悪友といえる人間は数人しかいない。あとは、どうでもいい人間ばかりだ。 「頼りになる友達だね。うん。これからも、変な人には注意しておかないといけないよ?」 「うん!わかった!」 返事はいいが、危機感をわかっているかどうか微妙である。 学校の行き帰りはその友達に任せるしかないが、どちらにしても言い含めておかなければ。携帯の使い方もしっかり覚えさせて。臨也は帝人の頭を撫でながら、いかに自分が離れているところで帝人の安全を確保するか考えていた。 ひとまず、この後、沙耶香さんを誘って帝人君の携帯を買いに行こう。 |