「イザにい!」 「帝人君。うわ〜、かわいいね!」 臨也は歩み寄ってきた帝人を抱きしめた。自分より小さい身体がすり寄ってくるのは、気持ちいい。 「よく、見せてよ」 「うん」 帝人がこくんと頷いて笑った。 今日の帝人は幼稚園の制服を着ている。紺色の上着の右肩にエンブレム、同色の半ズボン、帽子は深い紺で朱色のリボンが付いている。足下は白い靴下に小さな運動靴。 幼い帝人に大層似合っていた。 この間三歳になった帝人は現在幼稚園に通っている。月日の経つのは早いものだと小学生のくせに臨也は思った。 「うわー、かっわいいわね!さすが私の孫!」 横から千歳が奪うように抱きしめて帝人の頬に自分の頬を摺り合わせた。 「母さん!」 奪われた臨也が睨むが、効果はまったくなかった。さすが臨也の母親である。 「千歳さんたら〜」 ころころとそれを眺めて沙耶香が無邪気に笑っている。 二人が今日やってきたのは、帝人の幼稚園姿を見せるためだ。だから着替えず制服を着たまま折原家にやってきた。 「ほら、帝人君。おばあちゃんて呼んでごらん?」 「おば、あちゃん?」 小首を傾げながら、帝人が素直に呼ぶ。 「うん。ああー、この年で可愛い孫がいるなんて、幸せよ!」 「でも、千歳さんがおばあちゃんって似合いませんよ」 「そう?でも、実際孫でしょ?帝人君!」 それは正しい。養女とはいえ戸籍上は娘の子供である。実際の血縁関係としては姪の子供であるが。 「なに、孫馬鹿してるの?母さん!そんな事するより小さい双子の娘の世話でもしてれば?」 「臨也ねー、それを言うならあんたも兄でしょう。兄らしく妹の面倒見れば?」 「僕は帝人君と遊ぶから忙しいの!」 「妹より、帝人君?」 「当たり前だよ!」 即答である。少しばかり大丈夫かと普通なら聞きたいが、ここでは誰も気にしなかった。 ちなみに、双子が姦しく寄ってこないのは現在昼寝をしているからだ。そうでなかったら、大変五月蠅い。 「予想通りの返事ね。まあいいわ。それよりお茶にしましょう。沙耶香が焼いてきてくれたクッキーがあるのよ」 誰も異論はなかった。 「美味しいわ〜」 「沙耶香さんの食べると他のがまずく感じるよ」 「ほんとよねー。ああ、しあわせ」 これに関して千歳と臨也の意見は大概同じだ。 帝人は、いつも食べている母の味を、美味しそうに味わっている。小さな口でもぐもご食べている姿は愛らしい。 沙耶香の作ってきたクッキーと紅茶でしばらくゆったりと過ごした。 「で、幼稚園はどう?」 千歳がおもむろに質問する。 「うんとね、おともだちができた。ゆー君とさーちゃん。いっしょにあそぶの」 「へー、よかったね」 にっこりと笑う帝人は可愛かった。 「でも、このあいだ、およめさんになって!っていうの。ぼく、こまって……」 「お嫁さん?」 「うん。ゆー君とさーちゃんがいうの」 推測するに、ゆー君は男の子でさーちゃんが女の子だろう。女の子が相手なら問題ないが、お嫁さんになってという女の子はおかしい。それはお婿さんになってが正しい。男の子が好きな子にお嫁さんになってというは正しいが相手は帝人だ。激しく間違っている。それとも幼稚園児というのはまだ性差をあまり感じないのだろうか。 「そっかー、それでどうしたの?」 気になった千歳は話を則す。 「ごめんなさいって、ことわったよ!」 「さすが、帝人君!」 千歳は帝人の頭を撫でた。 「結婚は一番好きな人としないといけないものね。ちゃんと答えられて、いいこね、帝人」 沙耶香も笑顔で帝人の頬をつついた。 「……いちばんすきなひとと、するの?」 「そうよ。一人の人とするのよ。だから、誰でもいい訳じゃないの」 「うん。なら、ぼくイザにいがいい」 「……」 「……え?」 「あら?」 三人の反応は様々だった。一瞬動きを止めた臨也。驚く千歳。のほほんとしている沙耶香。もちろん、すぐに反応したのは沙耶香だった。 「本当に帝人は臨也君が好きねえ。結婚したいの?」 「いちばんすきひととするんでしょ?ならイザにいだもん」 帝人の言葉が揺るぎない。これが女の子だったら父親は自分を指名してくれないと嘆くだろうか。だが、男の子でも同じかもしれない。 「まあ、臨也君がいいなんて、帝人は面食いねえ」 重大なはずなのに、ころころと沙耶香は朗らかに笑って済ませた。 「ほんと?帝人君が臨也と結婚してくれるの?お嫁さんになってくれるの?」 頷く帝人に、千歳は全開の笑顔で応えた。 「こんな性格の悪い臨也でいいなんて言ってくれるのは帝人君くらいのものよ!ああ、今からツバ付けておきたい!帝人君がうちの嫁!なんてステキ!」 千歳の頭の中には満開の花が咲いていた。そこには常識など欠片もなかった。 「……僕でいいの?帝人君」 最後に臨也が確認する。 「うん!イザにいがいいの。イザにいだいすき!」 そう言って帝人は臨也に抱きつく。 「しあわせにするから!」 臨也にも常識などなかった。だから帝人をぎゅうと抱きしめた。 婚約者認定された日だった。 |