「ほら。見て、臨也君」 沙耶香が抱いている生まれたばかりの赤ん坊に、臨也は感動を味わった。 沙耶香が結婚したのは二十歳の時だ。 一回り以上離れた男性と電撃結婚をした。相手の男性は、人柄もよく優しい感じの人で、折原家は誰も反対しなかった。なにより、沙耶香が惚れ込んでいた。 教会式でウェディングドレス姿の沙耶香はとてもきれいだった。 披露宴は、近くのレストランを借り切って行った。なにせ互いに親族が少ないのだ。 沙耶香は、両親を亡くし家族は折原家のみだ。それ以外は遠い縁者。 夫の方も親族とのつきあいを絶っているようで、集まったのは、会社や友人ばかりだ。 そして、沙耶香はすぐに子供を授かり、子供を産んだ。 「うわー。小さい」 病院には行けなかったので、臨也は初めて赤ん坊と対面している。 本当に小さい。こんなに小さい赤ん坊に接するのは初めてだ。 「手が、指が小さすぎて、壊しそう」 「大丈夫よ。触っても」 「ほんと?」 「ええ。抱いてくれる?」 「いいの?」 「もちろんよ。首がすわってないから、こういう風にして、そう、上手」 沙耶香からおっかなびっくり受け取った赤子は暖かい。そして、生きている重みがあった。ふわりと漂うミルクの香り。 うわ。なんだろう。感動する。こんなに小さいのに生きているんだ。 自分の腕の中に、生命がいるのだ。 「かわいい。……名前は?」 「帝人よ。竜ヶ峰帝人」 「うわー、立派な名前だね。名前負けしないように、がんばれよ」 赤子に話しかける臨也を沙耶香は微笑ましく見る。 「いっぱい話しかけてあげてね。赤ちゃんにはちゃんと聞こえているから。目もぼんやりしか見えていなくても、確かに見えているし、耳はちゃんと聞いているの。よく胎教とかあるでしょ?お腹の中にいる時から外の音を聞いているのよ。今もね、まわりの声を聞き取っているの。だから、赤ちゃんは突然話し出すでしょ?いつ言葉を覚えたのか?それはずっと周りの会話を聞いていたからよ」 私もちょっと胎教を試してみたのと沙耶香が笑う。 「へー。そうなんだ」 感心した顔で臨也は赤ん坊を覗き込む。 まだ、目が開いていないから視線もあわないが、聞こえているのか。外を感じているのか。不思議だ。神秘だ。 臨也は小さな手を触り、柔らかな頬を指でつついた。 ふわふわしていて、暖かい。ほんとに、可愛い。 「だから、ママとかパパとか最初に言わせようと必死になるみたいよ。言いやすいしね。……臨也君がいっぱい話しかけてくれれば、帝人はちゃんと名前を呼ぶわ」 「……ほんと?」 「ええ」 嬉しい言葉に顔をあげた臨也に沙耶香が頷く。 「ねえ、臨也君。帝人のお兄さんになってあげてくれないかしら?」 「僕が?お兄さん?」 「ええ、だめかしら?」 「いいに決まってるよ!……でも、帝人君、僕のことお兄ちゃんだと思ってくれるかな?いいお兄ちゃんになれるかな?」 自分には兄弟はいない。どうしたらいいのか検討が付かない。嫌われたくない。 「心配いらないわ。帝人は臨也君のこと大好きになるに決まってるわ!だって、私の子供ですもの」 沙耶香は笑顔で断言した。 なんて頼もしい言葉だろう。きっと、いいお兄ちゃんになろう。絶対に可愛がろう。 「……でも、実は僕の弟じゃなくて甥だよね?」 義姉の子供である。だから甥。それが正しい。もっと正確にいえば、従姉妹の子供である。 「そうなの、帝人からすると、臨也君叔父さんなのよ?なんか、笑っちゃうでしょ?」 「うん、まあね。叔父さんかー」 「臨也君を叔父さん呼びは出来ないでしょ。帝人も、きっとね。だからお兄ちゃんでいいのよ」 臨也と帝人の年齢は、八歳である。叔父、甥より兄弟の方が近い関係だ。 「わかった。僕、頼れるお兄ちゃんになるよ。帝人君が好きになってくれるくらいの。約束」 そういって、臨也は帝人の小さな手を自分の手で包んた。 「よかったわね、帝人。お兄ちゃんが出来て」 沙耶香は笑いながら、帝人に話しかける。 すると、なんとなく、ふわりと笑ったような気がした。やっぱり、わかるものなのだ。 臨也は、決めた。 いっぱい話しかけて、自分の名前を覚えてもらって早く呼んでもらおう。パパ、ママは譲るとして、臨也の母親より絶対に早く。 |