「明日咲く月」臨也君は、黒猫だと思うの





 
「臨也君は、たとえるなら黒猫だと思うの」
「……へ?」
 臨也の髪を撫でながら唐突に沙耶香が発した言葉は驚くに十分だった。
「動物に例えると、つやつやの黒髪にきらって光る印象的な瞳。しなやかで、高貴きそうで、つんとしているところが、ぴったりよね」
 笑顔で語る沙耶香に臨也は黙った。黒猫だと言われて嬉しいはずがないが、沙耶香に言われるなら仕方ないのである。
 ついでに理由はもっとあんまりな内容だった。だが沙耶香に悪意は欠片もない。
「なら、沙耶香さんは?」
「私?私は魔女かな」
「……魔女?なんで魔女?」
「もうすぐハロウィンでしょ?臨也君が黒猫なら私は魔女がいいかなって思って」
「えー、魔女なら私がやるけど?」
 そこにいきなり千歳が割り込んだ。毎度のことなので、問題なく話は続く。
「千歳さんが魔女ですか?」
「そうそう、似合うでしょ?旦那は、吸血鬼かなー」
「いいですね。南瓜料理作りましょうか?パンプキンパイ作りますよ?ジャックオランタンも作ろうかな」
「いいね、いいね。トリック、オア、トリートね!衣装作ろうよ」
「仮装して?楽しそう!」
 千歳も沙耶香もノリノリである。二人が意気投合した場合は誰にも拒否権はない。いや、沙耶香一人の我が儘でも通るが。
「……ハロウィンやるんだ」
 臨也からは確認の言葉しか漏れなかった。
「そうよ。ああ、臨也の友達も連れてきていいからね。沙耶香のお友達もどう?大勢の方が楽しいでしょ?」
「そうですね!なら、私仮装なににしようかな」
「……沙耶香なら、妖精がいいな。こう、羽付けて」
「妖精?」
「沙耶香さん、似合うよ!それにしよう」
 沙耶香には魔女などより妖精の方が似合う。黒より白だ。黒猫や魔女は折原家の遺伝子の方が確実に似合う。
「ふふ、ならそうするわ。誰か誘ってみよう」
 ということで、ハロウィンパーティが決定した。
 
 
 
 
 ハロウィンがやってきた。
 朝から沙耶香はお菓子づくりに励んでいる。千歳も部屋を掃除してからテーブルを飾り付け、セッティングしている。テーブルの上にはグラスや蝋燭や南瓜がある。
 そして、夕方になると着替えが待っていた。
 臨也は黒猫だった。
 猫耳と尻尾を付け、手には肉球の付いた手袋。白いシャツに黒いズボンにレンガ色のベスト。首には鈴の付いた首輪がある。
 なんというか、いくら子供でもいやーな感じだ。
 ただ、それを見た沙耶香は可愛い、可愛いとはしゃいでいた。
 沙耶香は妖精だ。水色のふんわりとしたスリップドレスで背中に昆虫の薄い羽を付けていて頭の上には銀色の輪がはまっている。手にも細い銀色のブレスレットがたくさん付いていた。薄い化粧はピンクが基調でとても清楚だ。
 沙耶香の友人は、沙耶香とは正反対で背中に黒い大きな羽を付けていた。悪魔だ。身体にフィットした黒いドレスを着たきつめの美人で、唇は青く塗られ爪も紫色という異様さが際だって、沙耶香と対照的だった。
 彼女の名前は光琳百合子。
 近隣の女子校に通う沙耶香の同級生であり親友である。
 千歳は魔女らしく黒いロングドレスにひらっとしたマントをはおり、三角の帽子を被っている。真っ赤なルージュと爪がなんともいえない雰囲気を出していた。髪は三つ編みで猫のモチーフが飾られている。
 惟在は吸血鬼らしく黒の正装に身をつつみ、口に牙を付けている。髪もなでつけ、ついでに尖った付け爪までつけられていた。
 本気の度合いが見えた。
 
 夕食が始まった。いや、晩餐といった方雰囲気が出るだろうか。
 千歳と沙耶香の力作であるハロウィン仕様の料理がテーブルに並んでる。電気を落とし、蝋燭に火がともされて、晩餐は進んだ。
 BGMはテレビにホラー映画が流れている。それを流して皆は席について、ご馳走を味わうことにした。
 唐揚げと白身魚のフライ。サーモンのサラダ。カボチャのポタージュ。きのことほうれん草のトマトパスタ。スパニッシュオムレツ。
 味は最高だが形が変だ。なぜ、唐揚げの骨が人骨っぽいのか?魚のフライが黒いのか?サーモンが内蔵っぽいのはなぜだ?パスタのトマトが血液色なのはなんで?オムレツに入っている具があやしいのは、どうして?
 
 そして、デザートは血の色のゼリー。半透明なシロップがかかっているが、それがなんともおどろおどろしい。
 最後は、パンプキンパイ。とても美味しかった。形も普通だった。安心した。
 
 
「じゃあ、時間だから行って来て!」
 お茶を飲みながらまったりとしていたら、突然千歳が立ち上がり手を叩いた。
「隣の佐々木さんと、斜め向かいの菱沼さん、その二つ先の若原さんと少し離れた村木さんに山田さんは巻き込んであるの。だから行ってらっしゃい」
 つまり、ハロウィンはうちだけではなかったのだ。子供だから、あれをやって来いというのか。
「一人で?」
「私も一緒に行こうか?ねえ、百合子」
「いいんじゃないの」
「決まりね!」
 臨也一人では寂しいでしょと沙耶香が百合子を誘った。千歳はぱんと手をあわせ、ウインクを決めた。
 
 仮装して出掛ける夜の街はなんとも不思議な気分がする。月明かりもあって、こういうのをハロウィン日和というのだろうか。三人連れだって歩く。しかし、知らない人が見たら驚くだろう、本格的な仮装に。妖精に悪魔に黒猫だ。
 ひとまず、一番先の山田さんの家に向かった。
 玄関前にはランタンが置いてある。どうやら本当に近所では今日ハロウィンを楽しんでいるらしい。
「トリック オア トリート!」
 定型文を言うと、山田家のおばさんがお菓子を喜んでくれた。
 お菓子は、黄色と黒の配色のクッキーやキャンディの詰め合わせだ。臨也にそれを渡すと、沙耶香にもお菓子を渡しながら笑いかけた。
「沙耶香ちゃん、パンプキンパイありがとうね!おいしかったわ!」
「いいえ。喜んでもらえれば私も嬉しいです」
 たくさん作ったお菓子を近所に配った沙耶香は、今では折原家自慢の娘である。ご近所でも評判の出来た少女だ。
 礼儀正しく素直で笑顔の可愛い少女。その上、家事に長けている。
 
「いっぱいもらえたわね」
 お菓子をもらうのを前提としているため袋持参である。その袋にはあふれるほどのお菓子がある。
「うん」
 途中で同じように仮装している子供にあった。
 もらいに行く時間を示しあわせているからだろう。やはり同じようにお菓子が入った袋を持っていた。
 ノリのいい町内である。
 
「当然、おやつに困らないわねー。当分、学校でもお昼ご飯の後はお菓子タイムだわ」
「そうねー。皆にも分けようか?」
「でも、分け与えるとあっという間になくなるわよ。女子高生の甘いものに対する執着をなめちゃだめよ」
「なくなったら、私が作ってくるって」
「ならいいわ。沙耶香の作るお菓子は美味しいから」
 百合子と沙耶香が笑いあう。
 確かに、当分おやつに困らないほどある。臨也はも学校で分けてこようと決めた。百合子同様、沙耶香の作ったお菓子が食べたいからである。
 そこは気があう。若干苦手というか相容れない性格をしている百合子だが、価値観は同じらしい。
 臨也は、沙耶香の親友として一応覚えておこうと思った。









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