「臨也君、手を洗っておいで」 「うん!」 臨也は満面の笑顔で頷き、洗面台へと駆けていく。 沙耶香の作るお菓子は美味しい。 ご飯も作るが、千歳の手伝いをしたり不在の時作る程度だ。 お菓子だけは絶えず作る。一度にたくさん量が食べられない子供にとって、おやつは大事である。大切な栄養源だ。 沙耶香は、出来合いのものを臨也に食べさせる気がないのか、というほど毎日お菓子を作る。高校から早々帰宅しお菓子を作る。手がかかるものは、前日に仕込んでおいて作る。休日はかなり手の込んだものを作る傾向にある。 もちろん、臨也だけでなく千歳も惟在も喜んで食べている。 「今日はね、アップルパイ。食べやすいように、小さいのたくさん作ったからね」 「だいすき!」 テーブルの上に熱々の小振りなパイがたくさん皿に乗っている。 小さめのものを多く作るのは臨也のためだ。 「いただきます!」 行儀よく手をあわせて、ぱくりと掴んで口へと運ぶ。そして、租借してからやはり口を開く。そこはきっちりと、しつけられている。 「おいしい〜!」 ほんわり笑う臨也に沙耶香も嬉しくなる。 「あー、ほんと美味しいわ」 隣で千歳もうっとりした表情で舌包みをうつ。 「この酸味と甘みが絶妙!パイはさくさくでさ。紅茶もおいしー」 アップパイなので、今日は紅茶だ。 選んだのは、トワイニングのダージリン。ストレートで、香りがとてもいい。 「あー、もう、沙耶香は天才なんだから!私、外でお菓子食べられなくなっちゃう」 「大げさですよ、千歳さん」 「ほんとうよ。マジで。そりゃ、一流のお店のケーキとかいろいろ違うかもしれないけど。けど、自分たちのために、自分たちの好みで作られて、出来立てを食べられる幸せなんて、そう味わえるもんじゃないわ!」 千歳が力説すると臨也も思いきり同意した。 「うん。ぼくも!ようちえんの、おやつ、あんまりおいしくない。かえってきてから、サヤカちゃんのつくったおやつたべるのが、いちばん!」 「ねー」 「うん!」 母子で顔を見合わせる仕草が、ぴったりそろっていて親子だと実感する。ついでに美形で目の保養だ。 沙耶香はとても幸せな気分になる。 「なら、明日は何がいいかな?リクエスト聞きますよ?土曜日だし」 土日なら、たいていの希望がきける。時間があるので沙耶香も存分にキッチンに立つことができる。材料も足りなければ朝一番で買いに行けばいい。 「私、シュークリーム!クリームは甘めで!」 「ぼくは、チョコレートがいい。くちのなかでとけるヤツ」 二人はすぐに希望を口にした。 今までに沙耶香が作ったことがあるものだ。 「なら、明日がシュークリームで次の日がチョコレートでいい?臨也君、口で溶けるヤツはトリュフでいいかな?」 「いいわ!楽しみ〜」 「それ!おいしいの!」 二人は手を叩いて喜んだ。 「了解です!」 沙耶香が笑って約束した。 「お茶のお代わりどうですか?千歳さん」 「もらうわ」 ポットからカップに琥珀色の液体をそそぎ込む。 「臨也君、今度はミルク入れる?」 「うん!いれる!」 沙耶香は冷蔵庫から牛乳を取り出して、少し注ぎ紅茶を入れる。 そして自分も座ってアップルパイを食べる。 三人でおしゃべりりながら、おやつの時間を味わうのは格別だ。 「しまった!旦那の分が……」 テーブルの上の大皿にたくさんあったパイがすでに残り一つになっていた。 「あんまり美味しいから、止まらなくて。臨也もたんまり食べたわね。私と同罪よ」 「かあさんがたくさん、たべたもん。ぼく、そんなにたべてない!」 臨也は反論して最後の一つをぶんどった。 「沙耶香……」 「まだ、あります。大丈夫です。とはいっても、ちょっとですけど」 さすがに、オーブンで一度に焼ける量は限りがある。ついでにアップルパイだから、林檎の都合だ。 「そっか。まあ、許してもらおう。うん」 「いいよ、とうさん。どうせきょうかえってくるの、おそいもん」 「そうね、残業あったら、帰ってきて夕飯食べた後にパイなんて食べる余裕そんなにないわね」 千歳と臨也が笑いあう。笑いあう姿は素晴らしいが言っている台詞は酷かった。 思わず、沙耶香が惟在の分として他に何か作っておこうかと思うほどだ。 「簡単なの作っておくから平気ですよ。ゼリーでいいかな。白桃の缶詰あったし」 「白桃のゼリー!じゃあ、私たちも食後に!」 「ぼくも。すきすき」 「……わかりました。作ってきます」 沙耶香は笑顔で頷いた。 皆が喜んでくれるなら、どれだけでも作ろう。それに、作るのが楽しい。 だから、次はなにをしようかと悩む。図書館でお菓子の本を借りたり、テレビの料理番組を見たり、人に聞いたりと研究に余念がない。 おかげで、ぐんぐんと腕も上がっている。相乗効果である。 「うわーい、楽しみ」 「たのしみ!」 もちろん、千歳と臨也の反応は沙耶香の原動力である。 |