帝人を連れて、ウインドウショッピングのように街角を案内して説明しつつ、歩いていると。 「あれ?何?」 自動販売機が宙を舞っていた。帝人はそれを見上げて不思議そうに問う。 「あれは、池袋名物というか、池袋では日常茶飯事なの」 狩沢はさくっと答えた。だが、その答えは池袋初心者には理解できない代物だった。 「え?誰かが飛ばしているの?なんで?え、宣伝とか?どこかのデモンストレーションとか?」 「そうじゃないんだなー。百聞は一見にしかずって言うから、実物を見ておいた方がいいかな?」 「おい、狩沢。大丈夫なのか?」 保護者的な位置にいる門田が心配する。不慣れな子供があれを見て平気なのか?巻き添いで怪我などしないだろうか。狩沢よりよほど常識を持ち合わせている門田の心配は当然のことであった。 「でも、池袋に住む気なら知っておかないと、まずいでしょ?」 「……ああ、まあな」 無関係でいられるなら、それが一番だが、知らなくていきなり自販機やポストが降ってきたら、驚愕である。逃げるのが遅れたら、大怪我をするだろう。 「じゃあ、池袋人外見学ツアーすね!」 遊馬崎が酷いことをさらっと言った。だが、間違っていないため、誰も訂正しなかった。 「さて、ミカちゃん。側まで見に行こうか」 「うん!」 帝人は笑顔で是の返事をした。 「うわー、すごい」 帝人は目をきらきらさせて感嘆した。 「まあ、ね」 帝人の横で狩沢は苦笑していた。背後には門田や遊馬崎も付き添いをしていた。渡草は車で待機している。 彼らの目の前でポストが空を飛んでいた。そして、コンビニのゴミ箱が垂直に横スライドして飛んでいった。まるで映画の撮影か、特撮のようであるが、現実の出来事だ。 それをしているのは金髪にサングラスをしたバーテン姿の青年だ。そんな怪力とは思えないほど背はあるが細身である。 「死ね!」 道路標識を軽く引っこ抜いて金髪の青年がぶんぶんと振り回す。重いはずなのに、まるで中身のないものを持っているかのようだ。 「いやだねー。シズちゃん、怒りっぽい!」 対する青年は身軽に様々なものをよけている。身体のバランスがいいのか、よける仕草に重力を感じない。黒髪に涼やかな顔立ち、黒いコートを着た青年は、まるで面白がるように相手を逆撫でる言動ばかりする。そこからも、表面は笑っているが本心からではないと丸わかりである。 「いーざーや!」 バーテン姿の青年がそばにあった何かを投げた。 当然黒いコートの青年はさらっとよけて、どこかの店へと激突する。がしゃんと窓ガラスが割れて散らばる。またバーテン姿の青年は、もっと大きなもの、またもや自動販売機を掴んで大きく振りかぶって放り投げた。 放物線を描くはずが、直線で飛んでいった自動販売機を黒髪の青年は足を軸に軽く横に飛んでよけた。 がしゃーんという破壊音がしてビルのガラスが割れて方々へ散らばる。急いで下にいた人間は避難する。だが、ガラスやコンクリートの破片は広範囲に雨のようにぱらぱらと散らばった。 条件反射のように、手でそれを避けたり、目をつむって下を向き破片から身体を守る。が、当然ながらそれでは済まない人間だっている。 「……っ、痛っつ」 帝人が手を押さえてぎゅうと顔をゆがませた。 「ミカちゃん?」 狩沢はあわててしゃがみ帝人を見る。 「平気。ちょっと掠っただけ」 帝人の腕は薄く切ったようで血が出ている。顔も破片がかすめたようで、一筋赤く滲んでいる。急いでハンカチを取り出して狩沢は帝人の腕を押さえる。 「おい、大丈夫か?」 門田も帝人が怪我したことを認めて、ポケットを探りタオルハンカチを取り出して帝人に差し出した。 「ありがとうございます」 帝人はありがたく受け取った。 そのやり取りに、喧嘩というには物騒なものを繰り広げていた二人は動きを止めた。なぜなら、門田、遊馬崎、狩沢は彼らのよく知っているメンバーだったからだ。 「あー、いけないんだ、シズちゃん。怪我させて」 「うるせえ!」 バーテン姿の青年は、ばつが悪そうに近寄ってきた。 「おい。大丈夫か?」 青いサングラスをしているため、今まで遠目でよくわからなかったが、実はとても整った顔をしていることがわかる。 「ああ、平気です。ちょっと掠めただけですから」 にこりと帝人は笑う。それに青年は、驚きを顔に浮かべながらも謝った。 「悪かったな」 「いえ、僕がどんくさいんです。だから気にしないで下さい」 「……ああ、えっと、おまえは悪くないだろ。俺が悪い。これで良ければ使ってくれ」 ポケットから青年もハンカチを取り出して帝人へ渡した。 「えと、ありがとうございます。洗って返しますね」 「いや、いいんだ」 照れたように頬を掻く青年に、帝人も微笑む。その時、間近で涼やかな声がした。 「シズちゃん、優しいね!」 黒髪、黒いコートの青年である。近くで見ても、やはり美貌の持ち主だった。 「うるせえ」 ドスを利かせた声音で睨みつけるが、青年は暴力をふるわなかった。怪我人が目の前にいるせいであろう。拳を握りしめていることから、我慢しているのがよくわかった。 ぱちぱちと目を瞬かせて帝人は、おもむろに狩沢に向き直った。 「絵里華ちゃん、こっちの人はうちの系統だから違うだろうけど、こっちの人はタイプじゃないの?ムキムキじゃないけど、とても強いよ?恰好いいよ?」 「はあ?」 「それとも、やっぱりマッチョな方がいい?」 「マッチョが好みな訳じゃないよ!ただ、なよっちいのが好みじゃないだけ!第一、シズちゃんてあり得ない!臨也は問題外!そんなことならドタチンの方が百倍ましよ!ドタチンが恋人って言われた方がいいよ!」 狩沢は力一杯叫んだ。鬼気迫るものがあると、遊馬崎と名指しされた門田は思った。ついでに、そんなに静雄と臨也はイヤか、問題外と言われた臨也、哀れと二人は思った。 金髪、サングラスの背の高い青年は、平和島静雄、黒髪黒いコートの青年は折原臨也、二人とも門田の高校の同窓生である。今もそれなりの付き合いがあるのは、所詮腐れ縁だ。 「えー、そうなの?わかった、門田さんていう恋人がいるって報告しておくね」 にっこり帝人は花咲くように笑った。笑顔だけは素晴らしかったがせりふは頂けなかった。 「そのくらい、どんと来いよ!私は腐女子の道を行くんだから。もち、ミカちゃんも大好きよ!」 開き直った狩沢は強かった。 「でも、ほんとに絵里華ちゃん、うちの顔嫌いだよね」 「嫌いじゃないよ。好みじゃないだけ。一応観賞用ならばっち来いだけど。まあ、あの面々に喧嘩売る気は私でもないもん!」 「好みなら仕方ないよね。門田さんが理想なら、うちの親族は範疇外だし。悪くないのにね」 「ミカちゃん、悪くないとかのレベルじゃないよ?あの一族の人達は、はっきり言って、美形、ハンサム、端正、可憐、華麗の五拍子だから。あれに慣れたら面食いどころじゃ済まないよ?……ちなみに、ミカちゃんの好みはどこら辺なの?」 ふっと狩沢は気になって聞いてしまった。後悔する言葉を。 「僕?………………うーん、この人かな?」 帝人はぐるりと周りを見回して、一人を指さした。だが、指さしたところが大問題だった。黒髪黒コートの、折原臨也だったのだ。確かに美形だ。だが、それを補って余るほど性格が悪いのだ。極悪だ。 帝人の知らずにしたとんでもない選択に周りの反応は様々だった。 目をひんむいたのは平和島静雄と門田だった。遊馬崎はさも面白そうに見ているし、臨也本人は無表情を貫いている。 中でも狩沢の反応は顕著だった。驚愕というより、せっぱ詰まっていた。 「臨也?よりによって、臨也?ミカちゃんのファザコン!」 「なんで僕がファザコンなの?」 帝人が不満そうに唇を尖らせる。 「だって!どこからどう切り取ってみても、臨也の顔は竜也さんの系統でしょ?細身で美麗で、涼やかな美人!男にしておくには惜しい感じの!今でも女性より男性にもてる!」 「確かに、父さんは今でもモテていて、時々ストーカーとか現れるけど!僕、ファザコンじゃないよ?」 素敵に、問題発言が山となっている。説明が欲しいと誰もが思った。そこで、声をかけることができたのは、一応当事者に数えられるからだろう、臨也が口を挟んだ。 「説明をしてもらってもいいかな?一応ご指名をもらったことだし」 面白そうに微笑を浮かべているが、確実に胡散臭かった。 「えっと」 「私が説明するわ。ミカちゃんは、待っていて」 帝人を遮って狩沢が臨也と相対した。大事な帝人を臨也などと関わらせてなるものかという意気込みがあふれていた。 「私とミカちゃんは従兄弟なの。それで、うちの親族がどれもこれも美形で溢れていて、私が妄想する余地もないくらいよ!ミカちゃんのお父さんは今言った通りすごい美人で男にも女にもモテモテで、ストーカが現れるくらいよ。お母さんは、男前な女王様みたいな美人で、これまたモテモテよ。実はご近所の女性が作ったファンクラブあるくらいよ!」 「……へえ。それで?」 「おかげで、こんな可愛いミカちゃんが生まれたわよ!美形遺伝子、グッジョブ!!二人の魅力を余すことなく受け継いでるから、可愛い!可愛い!」 「絵里華ちゃん!」 帝人が赤くなりながら、狩沢の服を引っ張る。だが、狩沢は止まらなかった。 「おじさんはハンサムでおばさんは美人、いとこ連中も!ちょっとお目にかかれないくらいの美貌の持ち主がいっぱい。一人は、モデルやってるし。基本的に、細身で美しい顔立ちの親族ばかりよ。筋肉ムンムンなんていやしないわ」 「……なんだ、それ」 思わず、門田の声が漏れる。 「すごいっすね。二次元みたいです」 遊馬崎も細い目を少し開いて笑った。静雄は無言だ。 「それが不満なの?」 「不満じゃないわ、好みじゃないだけよ」 臨也の問いに狩沢は、きっぱり断言した。腐女子の頭の中は男性には意味不明である。美形や綺麗な男と格好いい男は妄想せずにはいられない脳味噌を持つ女からすれば、所詮観賞用なのだ。間違っても自分がなどと考えられない。 臨也は、さも面白そうに目を細めてにっと口角をあげると帝人に一歩近づき視線をあわせた。 「俺は折原臨也。君は?」 「竜ヶ峰帝人です」 基本として自己紹介した臨也に帝人も礼儀として答える。 「うん、帝人君。試しに俺とつきあってみない?」 「……なぜ?」 帝人は首を傾げた。狩沢がここで口を出さないのは、臨也を余計に煽ることを避けたためだ。 「俺の顔が君のお父さんと同じ系統の顔らしいし、帝人君の好みなんでしょ?それなら、俺と付き合ってみて俺を好きになれば、ファザコンじゃないって証明されるよ。好きにならなくても、父親と比べなかったら、やっぱりファザコンじゃないね」 にこりと笑う姿はやはり胡散臭かった。 「僕はいいかもしれませんが、折原さんのメリットがありませんよ」 「帝人君面白そうだからさ、顔もばっちり好みだし。俺としては楽しいと思うんだけど。興味本位じゃ駄目かな?」 「いいえ。興味本位だとはっきりしているなら、その方がいいです」 「なら、付き合ってくれる?」 「はい」 帝人は頷いた。 「ミカちゃん?本気?」 狩沢が叫んだ。 「うん。だめ?」 だが、帝人は小首を傾げて可愛らしく問い返す。それが、本当に愛らしい。 「……人の恋路や付き合いに口出しなんてしないのが腐女子の信条だけど!よりによって、臨也なんて!ああーーーーー」 嘆きの入った長いため息を吐いてから、狩沢は、くわっと眼孔鋭く臨也を振り返ると、人差し指を立てびしりと標的をあわせ、 「ミカちゃんを泣かせたら、うちの一族郎党を敵に回すと心得よ!」 漢らしく、宣言した。 それは、困ったことに、一帯に響きわたったため臨也と子供がつきあうことを不特定多数の人間が認識し、その親族に喧嘩を売ったのだと正確に理解された。 おかげで、臨也は後にロリコンとかショタコンとか噂をたてられた。 |