「何かあったら逃げ込める、助けを求める場所があった方がいい」 そんな臨也の言葉を受けて、帝人は池袋の街角にいる。田舎暮らしが長く、まだ人込みが慣れないため臨也に手を繋がれて、歩いている。 「池袋、まだわからない?」 「全然です。学校付近しかわかりません」 学校も始まったばかりで、池袋に越してきて即刻新宿にある臨也のマンションへ引っ越した。学校との往復しかしていない身では、わかろうはずもない。 「ふーん、そのうちいろいろ案内するよ」 「ありがとうございます」 「うん。まずは助けを求める場所だけど、今日はいるかな」 臨也は首を巡らせて、一点で視線を止めて小さく笑った。 「いたいた。行こう」 臨也は帝人の手を引っ張りながら歩いていった。そして、とあるワゴンの前でたむろっている中で一人の人物に声をかけた。 「やあ。ドタチン」 「あ?ドタチンいうな。……珍しい、臨也か?」 体躯のいい頭にバンダナを巻いている男が、臨也を認めて驚く。 「久しぶり。帝人君、こいつは門田。高校の同窓生」 門田に片手をあげて挨拶して、帝人に向き直り紹介する。帝人はあわててぺこりと頭を下げた。 「はじめまして。竜ヶ峰帝人です」 「ああ……。門田京平だ。臨也、それでわざわざ紹介なんてするなんてどういうことだ?」 折原臨也が正面からまじめに人を紹介するなど明日は槍が降るかもしれないと門田は思った。 「帝人君は俺の親族で、今一緒に住んでいるんだ。来良に通っているから池袋で知っておくべき人間とあわせようと思って」 「親族?一緒に住んでる?」 信じられいない。門田は目を見開いて帝人を凝視した。小さな身体をしているが来良に通っているということは高校生だ。顔立ちも幼さがありありと残る。目が印象的な今時珍しい礼儀正しい感じがする。臨也と親族になど欠片も見えない。 「本当だよ。だから、まあ。何かあったらよろしく」 爽快に笑う臨也に門田は、胡散臭いと心中で思った。あの、折原臨也が親族の子供を頼むと言っているのだ。血に重要性をおいているようには全く見えないのに。だが、どれだけ企んだように見えても本心から子供のために、池袋で生活していく上で必要なことを教えるつもりであることはわかる。 「……わかった。いつもこの辺にいるか、ワゴンで移動しているから。困ったことがあったら声をかけろ」 「ありがとうございます!門田さん」 帝人は頭を下げてお礼を言った。 「そんなに畏まる必要ねえよ。臨也とは違って礼儀正しいよな」 門田は帝人の頭にぽんと手を乗せて笑った。 「で、竜ヶ峰は来良に通っているって、一年か?」 「はい。この間から通っています。おかげで、まだ池袋も不慣れです。あの、門田さん、僕のことは帝人でお願いします」 慎ましやかに笑って帝人は門田を見上げた。大きな瞳で見上げられると余計に幼さが際だつ。確かに、絡まれたりうっかり犯罪に巻き込まれそうな容姿と性格をしている。 「了解。じゃあ、帝人。一応、後輩らしいから、何かあったら先輩に聞いとけ」 「先輩?」 「俺もドタチンも来良の前身来神高校出身だからね」 臨也が説明を寄越す。 「ドタチンは、これでも面倒見がいいし、本能で生きている若者の中では理性がある方だ。行動力もあるし、きっと帝人君の頼りになる」 臨也が帝人に門田の特性を述べた。門田としてはあまりの世辞に気持ち悪くなった。こいつ何か悪いものでも食べたんじゃないのか?と喉まで出かかった。 「……はい」 帝人心底まじめに聞いて頷いた。それが門田には恥ずかしい。ほめ言葉を簡単に信じてもらうなんてそうないことだ。 門田の戸惑いや羞恥の外で、臨也と帝人の認識は別だった。臨也曰く、門田は理性が強く帝人の春の女神の特性でフェロモンが漂ってもうっかり本能のままに暴走しないから安心していい。池袋で困った時はここに逃げ込め。帝人が門田に信頼を寄せるには十分だった。 「ご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが、よろしくお願いします」 改めて、帝人は深々と頭を下げた。きっと、想像もできないような迷惑をかける時が来る。帝人は半神の力でそれを感じた。 「いや、だから、わかった。頭をあげてくれ」 門田もこんなに丁寧な対応をされたことがなく、恐縮する。年齢に関係なく帝人は本当に礼儀正しい。 「はい」 帝人はにこりと笑う。臨也が側にいなければ、周りの人間を虜にする笑みだった。 それでも十分に幼い顔立ちの笑みは可愛らしいもので、門田から少し離れてワゴン車に背を預け無言でやり取りを見ていた渡草も名乗り、同様に自己紹介をしてよろしくと言い合う。 「あれー?臨也じゃん」 「ほんとです」 そこへ声が響く。 荷物を抱えた女性と男性が興味津々と近寄ってきた。 「こいつが、狩沢。こっちが遊馬崎だ」 門田は二人が騒がない前に、さっさと紹介する。 「だれ?だれ?」 狩沢と紹介された女性が、帝人に近寄り覗き込む。 「竜ヶ峰帝人です」 帝人は名乗る。 「えー、すごいペンネームみたいね!私は狩沢絵里華。ミカちゃん、よろしく!」 「俺は遊馬崎ウォーカーです。格好いい名前ですねえ。竜ヶ峰くん、帝人くん、どっちを呼んでも萌えます!」 狩沢だけでなく遊馬崎の勢いに圧倒されながら、帝人はそれでもよろしくと笑った。田舎にいる時は年輩受けはよかったが、自分より少し年上の大人と話す機会はなかったため帝人は、どきどきしていた。 「小さくて細くて笑顔が可愛いなんて、萌える!お姉さんといいとこに行こうよ!遊ぼう」 狩沢は帝人に抱きついた。そして、華奢って素晴らしいと呟きながら堪能した。 「狩沢さん?」 帝人はどもりながら、その腕から逃れようと身をよじる。女性になんて免疫がないのだ。 「はいはい。離して」 臨也が助け船を出した。狩沢の手から帝人をはぎ取って自分の方に引っ張り抱き込む。帝人は思わずほっと息を漏らした。臨也の側なら大丈夫だという安心感がある。 「臨也、ケチ」 「ケチじゃないよ。俺の権利と責任だ」 狩沢の文句を臨也はさらっと流し主張した。 「権利と責任?」 不思議そうに首を傾げる狩沢に、臨也が意味深に笑う。 「そう。帝人君は俺の親族だからね。今一緒に住んでいるし。帝人君の両親からもよろしくって頼まれているんだ。つまり保護者代理ってこと」 「臨也が保護者代理?何その、あり得ないくらいの似合わなさは!」 狩沢は馬鹿笑いをする。 「まあ、臨也と親族なんて明らかに人生終わっている感じ。……逆に萌えるけどさ!」 そして暴言を吐いた。 「失礼だねえ。これでも立派に保護者代理をしているのに」 狩沢の暴言は気にも止めず臨也は苦笑した。それがよけいに胡散臭い。が、帝人は当然肯定した。 「臨也さんには本当にお世話になっているんです。とても、優しいんですよ」 帝人にとって臨也は頼り甲斐がある大人であり事情を知っている人(神)である。臨也がいなくては帝人はまともな生活は望めないくらい必要な人でなく「神」である。 「ええー。臨也、たぶらかしてない?」 予想を反した帝人の誉め言葉に狩沢は反論する。臨也が優しいなど聞いたことがない。 「してないよ。まあ、帝人君は来良に通っているから、何かあったら頼むよ」 臨也は狩沢、遊馬崎と順に視線をやった。 「はーい。ミカちゃん可愛いからいつでも大歓迎よ。お姉さんに任せて」 「もち、いいっすよ」 狩沢と遊馬崎は笑って承諾した。臨也の本気を見たせいかもしれない。第一、臨也の身内など、狙われるかもしれないではないか。その危険性を一瞬のうちに理解した二人だった。 「ありがとうございます。よろしくお願いします」 帝人は頭を下げた。 |