「神様のいたずら」3




 

「いってきます」
「はい。いってらっしゃい」
 玄関先で帝人は臨也に見送られている。
 来良の制服に身を包んだ帝人が鞄を肩に引っかけ、いそいそと靴を履いていると、臨也が手を止めて見送りに出てきてくれたのだ。
 それに面はゆい気持ちになっている帝人の顎にそっと手を伸ばして臨也はふわりと口付けた。
「……なっ!なんで?」
 帝人はとっさに唇を押さえて、臨也から離れた。
「え?保険?」
「……保険?」
「そう。帝人君襲われたいの?」
「いやです」
 帝人は即答する。
「うん、だから。俺の気配というかマーキングみたいなもの?一緒にいれば、大丈夫だけどこれから離れて出かける訳だから、付けておかないと」
 臨也は至極尤もな口調で説明した。
「で、キスするんですか?」
「そうだよ。これでどのくらいもつかなーとは思うけど。試してみないとわからないから」
「ええ?もたないんですか?」
「時間がないから、今日はひとまず行っておいで。遅刻するよ?」
「……ああ、ほんとだ。じゃあ、行って来ます」
 帝人は急いで出かけた。
 
 
 
 
「紀田君」
「よう、帝人」
 二人はクラスが違うため、待ち合わせて一緒に帰る約束をしていた。
 今日はまだオリエンテーションなどの説明で半日で終了だ。授業は、明日から始まる。
「ああ、身体は大丈夫そうだな。心配したんだぞ」
「ごめん」
「臨也さんが連れて行ったからさ、ほんと何かあったんじゃないかと。まあ、さすがに初対面の男子高校生をどうにかはしないと思ったし、倒れた帝人を俺が担げる訳じゃなからな」
 いきなり帝人が倒れて正臣も慌てたが、臨也は冷静に対処した。さっさと帝人を抱えてタクシーを捕まえて乗せて去った。その際に正臣に一言、「俺が責任を持つから」と言われたが、あまり安心できはしなかった。
「臨也さん、ちゃんとしてくれたよ?あのさ、それで報告があるんだけど」
「なんだ?」
「僕、臨也さんと一緒に暮らすことになったんだ」
「はあ?何だそれ!どーいうことだよ?」
 正臣は帝人の肩をつかんで叫んだ。
「俺があれほど関わるなって言ったのに!帝人ちゃんと聞いていたか?」
「あのね、実は臨也さん遠い親類だったんだ。母方の。僕も昨日初めて知った」
 すごい形相で訴える正臣に、帝人は淡々と事実を告げた。
「おばさんの?」
 正臣は帝人の母親と会ったことは数回しかない。家にほとんどいなかった事も知っている。その親類では、確かに知らなくても頷ける。
「うん。昨日家族会議があってさ」
「家族会議……」
 主に母親と臨也であるが。父親からは後で電話があった。ちゃんと母親は父親のところまで会いに行ったのだ。事後承諾だが、あの父親が母親に逆らえる訳がない。
「ちょっと会えていなかったから知らなかったんだけど。母親が一人暮らしは心配だって言い出して、アパートも不用心だからって反対したんだ……」
「あそこは、確かに不用心な木造アパートだと俺も思ったけど、埼玉から引っ越してきて、二日でまた?」
 帝人はこっくりと頷いた。
 帝人が二日いたアパートはおんぼろ木造アパートだった。四畳半でバストイレが付いているだけましな物件だった。でも、池袋の家賃は基本として高いから、仕方なかったのだ。
 帝人が正臣にした説明は、事前に考えていたものだ。これなら納得できるだろうという話を昨夜作った。まさか真実は言える訳がない。神様だ、半神だなどと言っても信じてもらえる訳がない。
「もう、引っ越した。今日も新宿から来たし」
「おいおい」
「だから新しい住所は、ここ。電話番号はこれ」
 さっさと帝人は正臣にメモを渡した。これも昨日臨也から聞いて書いておいたものである。正臣は帝人の大事な親友であるから、できるなら納得して欲しい。
「それと、遊びに来てもいいって」
「……俺が?」
「うん。僕の部屋ももらったし。キッチンも僕が管理させてもらうから、そこら辺は遠慮いらないよ?」
「……部屋あるのか、キッチンは帝人の城なのか、そうなのか。けど、俺が臨也さんとこに遊びに?なに、それ」
 悪い冗談だろう。正臣は想像してあまりの不気味さに、ずんと肩を落とした。
「部屋はいくつもあるからって、もらったの。キッチンは、家に置いてもらうんだから何かしようと思って申し出た。料理や部屋の片づけくらいなら出来るからね。毎日やっていたことだし」
「……ああ、そうだったな」
 帝人は母親不在の時間が長かったため、日頃父子二人だけの生活だった。当然、家事は帝人の分担だった。父親は働いているため、その分帝人が家のことをやっていた。おかげで買い物や夕飯を作るため、中学時代はクラブにも入らず即刻帰宅していた。
「うん、だからそのうち遊びにおいで」
 にっこり無邪気に笑う帝人に正臣は負けた。
「わかった。そのうちな」
 まさか臨也に極力関わりたくない、会いたくないなんて言える雰囲気ではなかった。
 帝人が世話になるのなら、正臣としてもスルーはできない。まさか、親類に手出しするとはさすがの臨也もしないだろう。あの母親の親類だし。正臣は数度見かけた美人の母親の顔を思い浮かべた。
 美人だが、逆らったらただでは済まない威圧感のある女性だった。うん、あれを敵には回さないだろう。正臣は大丈夫だろうと自身で納得して帝人に笑い返した。








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