「神様のいたずら」2




 

「大丈夫?」
「……?」

 あれ?どこだろう。自分は見知らぬ部屋のソファに寝かされている。
 帝人はぼんやりとした視線をめぐらせ、声がした方を見やった。
「身体おかしくない?帝人君」
「え?折原、さん?」
「そう。ああ、臨也でいいよ」
 思い出した。自分が倒れたことを。
 彼に触れた途端身体が急に痛くて、おかしくなった。
「でも、……」
 名前しかしらない上、親友から関わるなと言われている。帝人の戸惑いを笑っていなすと、
「帝人君、半神なんだよね?」
「ええ?」
 突然、切り出された。誰も知らないことを。
「俺も同類。神だから」
「うそ。え?ほんとに?」
「ほんとだよ」
 嘘のようだが、帝人を半神だと断定して自分を神だと名乗るのだから、関係者であることは間違いない。帝人は一人しか神にあったことはないから比べようがない。が、そういえば気が似ている気がした。
「そうですか。僕、初めてです。男神に会ったの」
「へえ。まあ、だから、俺のことは臨也でいいよ。そう呼んで。こんなところで同類に会うなんて思わなかったよ」
「僕もです。……えと、臨也さん?」
「うん、それでいい。でね、今の君、半神として目覚めているよ?わかる?」
「……え。もしかして、身体が痛くて何か作り変えられるような、壊されるようなのは、それのせい?」
「たぶんね。で……ああ、来たみたいだ」
 リビングに、唐突に光りが走り頭上に伸びるように弾ける。
 その光の中から現れたのは。
 
「帝人!」
「母さん?」
 帝人の母親だった。美しい顔をすごい形相にして駆け寄り帝人を抱きしめた。
「帝人!帝人!大丈夫?」
「うん。母さんこそ、どうして?」
 帝人の問いに、母親はひくりと肩をふるわせた。そして、臨也を見る。そして、厳しく睨んだ。
「イザヤ!どーいうことよ。というか、なんで地上にいるのよ!」
「久しぶりだってのに、うるさいね。サクヤ。俺のことより、帝人君のことじゃないの?」
「ああーーー。帝人」
 臨也の指摘に帝人の母である咲耶が、泣きそうに顔をゆがめた。
「母さん、どういうことなの?僕どうなったの?」
「うん。まだ封印を解く予定じゃなかったんだけどね。まさか、イザヤがいたなんて予想外だわ。あなたの封印は滅多なことでは解けないの。言ったでしょ?」
「うん。そう聞いている」
 咲耶に小さい時から帝人はちゃんと説明をされていた。
 十六の誕生日まで半神としての力を封印すると。
 
 実は帝人の母親の咲耶は人間ではない。女神だ。地上に降りてきて父親と恋に落ちて帝人を生んだ。なんでも、近年……神様の感覚で近年とはどれくらいか定かではない、神様同士の婚姻では出生率が悪いらしい。昔はそうでもなかったらしいが、近年は難しくなり人間との方が子供ができやすいらしい。そんな理由で地上に降りてきた咲耶は一発で恋に落ちた。責任感とか、出生率とか考える前に好きになった。そして、すぐに帝人を産み落とした。
 帝人が乳飲み子の時は一緒にいられたが、それ以降咲耶は天上と地上と行ったり来たりしていたため、実際帝人は父親と二人暮らしが長かった。母の咲耶は天上でも仕事があるため、地上ばかりにいられないが、やることを片づけていつか夫と一緒に暮らすのだと熱く語っていた。
 そんな母親だから、帝人は小さな頃から言い聞かせられてきた。
 帝人は人間と女神の間に生まれた半神である。だが、自分がいつも側にいられない地上で放っておく訳にはいかないから、十六歳になるまで力を封印しておく。それまでは、ふつうの人間として生活して欲しい。半神の力が目覚めると、その時点で人間ではなくなるのだ。
 そして、半神としての能力を満たしたら帝人も天上へと行くことが出来るようになる。
 咲耶の言葉を深く心に刻んで今までふつうの人間として生きてきた。
 だが、その解けないはずの封印が解かれたのだ。
 
「私と同等かそれ以上の力があるものしか解けないの。地上にいる大僧正だろうと、妖怪だろうと、精霊だろうと、半神だろうと、神でも簡単には無理なの。第一、地上に降りている神ってほぼいないわ。私以上で、という条件付けだし。それなのに、イザヤがいたなんて!帝人、イザヤが触れたでしょ?」
「うん。ちょっとだけ。それで急に……」
「触れるだけで解けたの。おかげで、今帝人は急激に目覚めているの」
「臨也さんって、神様なんですよね?ふつう、ここにはいないんでしょ?」
 話ぶりから、母親である咲耶と同等以上の力が臨也にあるとわかる。そんな神がなんで、ここにいるのだろう。
「それはね、大神にしばらく地上で反省してろって、追放されたからなんだ」
 小さく笑うと、臨也が答えた。
「あんた、なにやったのよ?ちょっと見ないと思ったら地上にいたなんて!知っていたら帝人を絶対に近づけさせやしなかったのに!」
「あんまり退屈だったから、ちょっといたずらでもしてやろうかと思って。見つかって三百年くらい帰ってくるなって言われたけど、暇つぶしにちょうどいいだろ?」
 帝人と咲耶は唖然とした。
 開いた口がふさがらないとは、このことだろう。退屈で大神を怒らせてどうする?
「あんたねー。なにしてるのよ?」
「俺のことは今は別に関係ないだろ?それより帝人君の封印解けているけど、いいわけ?」
「……なにか、あるんですか?」
 臨也の何か含んだ言い方に帝人は戸惑う。
 一方の咲耶は、ものすごく言いたくなさそうだ。
「母さん?」
「ごめんね、帝人。あのね、母さんが何なのか説明したよね?前に」
「うん。春の女神なんでしょ?」
「春の女神って何かわかる?」
「ええ?春を呼ぶというか、春を守護する?季節の女神っていうのは、そういうのが仕事なんでしょ?前に説明してくれたよね?」
「うん、そう。でもね、春の女神ってそれだけじゃないのよ。春って春一番が吹くから風と春の雨ってことで、雨に関しても司るの。それでね、春って動物が発情期を迎えるように、恋や出産に大きく関わっているの」
「……へー、そうなんだ」
 帝人が感心すると、咲耶がもの言いたげに帝人を見た。だが、どう切り出していいか困っている咲耶を横目に、臨也がさっさと続けた。
「つまりさ、息子である帝人君にも、そういう力が受け継がれるんだよ。風や雨は、いきなり目覚めたからさっき暴走させていたの、自覚ある?」
「……ああ、そういえば、そんな気が」
 あの時、突風が駆け抜け豪雨が降った。あれは自分のせいだったのか。
 さすがに、申し訳ない。
「で、春の女神として司る恋。動物に発情期があるように、それを促す力がある。子供が生まれないと、生物は滅びるからね。大事なことだ」
「確かに、そうですね」
 帝人は頷いた。大切なことだ、確かに。
「ただ、春を司り恋や発情を助長させるということは、その身体から強烈な春の気を発するということだ。つまり、簡単にいえば、フェロモンのようなものが出ている」
「フェロモン?」
「そう。春の女神は、そんな気を発して地上の生物や天上に恋を振りまく。それだけでなく、女神自身にも作用する。男も女も老いも若きも選ばず、女神に惹かれる。わかる?つまり帝人君も、同じようにもてもてになるってことだよ?」
「……僕、男ですけど」
「この際、関係ないよ。目覚めてしまったんだから。強制的に目覚めたおかげで、コントロールできていないから、今外へ出たら帝人君、襲われるよ?」
「うそ。母さん、ほんと?なんで?僕、半神なのに、どうしてそうなるの?」
 縋るような帝人に、咲耶は心持ち目を伏せて謝る。
「ごめん。ほんと、ごめん。話しておかなければいけなかったんだけど。十六の誕生日に封印を解いて、徐々に慣らさせるもりだったの。それとね、母さんは帝人を生んだから、そっちの気は半減しているの。春の女神だから、ない訳じゃないけど。帝人は、私の子供だから、半神といえども能力を受け継いでいるのよ。半分にならないのよ。半分になる場合もあるんだけど、私の血が濃いから」
「じゃあ、僕、どうしたらいいの?」
「なら、俺の伴侶になれば?」
 途方に暮れた帝人に、臨也が軽く誘った。
「伴侶?」
 伴侶とは何だろう。帝人は首を傾げた。だが、咲耶は大声で、即刻反対した。
「あんた、何いってるのよ!帝人は今十五歳なのよ?あんた何歳だと思うの?帝人からすれば、あんたなんてよぼよぼの爺よ!このショタコン!」
「俺が爺なら、あんたはよぼよぼの婆だろ?若作りしているけど、どんだけ生きていると思っている?」
「失礼なこと言うんじゃないわよ!私はまだ千年も生きていないわ!」
「もうすぐ大台のくせに」
「あんたも同じでしょう?自分だけ除外するんじゃないわよ!」
「相変わらず、口が悪いね、サクヤ。そんなんでいい訳?」
「いいのよ。夫や帝人には猫かぶってるもの。良い妻、良い母だもの。公の場でも適当にしているから、問題ないわ。あんたには必要ないからよ。あんたに丁寧に話すなんて虫ずが走るわ。気持ち悪いわ」
「それは、お互い様だね。いいけどさ、俺も愛想のいいサクヤは気持ち悪い」
「ふん」
 咲耶が鼻を鳴らす。臨也はそんな咲耶を眺めながら、にっと人の悪い笑みを浮かべた。
「でも、俺が伴侶になるのが一番だと思うけど?今だって俺の気が混じっている。契ったみたいだよね」
「契る言うな!この変態!」
「ほんとでしょ?俺が封印を解いたから、多少なりとも混じっている。この事実は変えようがない。なら、俺と一緒にいた方がいいよ?コントロールできない帝人君を一人にしたら、どうなると思う?」
「……」
 雨と風を暴走させても困るが、襲われたら、もっと困る。
 咲耶の性質を受けついでしまった帝人は、これから人や神を魅了するだろう。
 黙った咲耶を後目に、臨也は帝人に向き直る。
「帝人君はどう?俺と一緒にいれば、コントロールの仕方を覚えることができる。それに、今も俺といれば暴走しないよ?俺の力の方が大きいから。恋の能力の方も、俺の気が混じっているから、俺と一緒にいれば防げるよ。それとも帝人君、男も女も関係なく襲われたい?」
 ぶんぶんと帝人は首をふった。
 想像しただけで、恐ろしい。小さい頃を除外して、女性と手をつないだこともないのに。
「それで伴侶になることが一番なんだけど、どう?」
「伴侶って、なんですか?どうしたら伴侶になれるんですか?」
 神様の伴侶とは何だろう。契約だろうか?
 帝人は不思議に思う。
「それはさ、つまり肉体関係だね。そうすれば気が混じり合う。誰かのものになれば、その性質も半減する。それが、力のある神ならおいそれと近寄れない」
 帝人は目を瞬いた。
 そして、咲耶を見た。咲耶は仕方なく頷く。事実なのだ。
「それが、有効であることは本当よ。でも、帝人はまだ十五なのよ?人間としてだって未成年の上に、子供なの。半神としては、幼児だわ。それなのに、伴侶の関係なんて、許さないわ!第一、こんな子供に手を出したら、あんた変態一直線よ!エロエロ魔神よ!」
 女神とは思えないほど、口汚く咲耶は罵る。
 我が息子の貞操が掛かっているのだ。これで力が入らない訳がない。しかし、臨也は全く堪えなかった。涼しい顔で帝人に問う。
「帝人君。誕生日は?」
「3月21日です」
 素直な帝人の答えに、にこっり臨也は笑った。
「なら、帝人君。十六歳の誕生日までは手を出さないと約束するよ。それまで一緒に暮らして俺を知ってくれない?それで、どうするか決めてよ。俺と一緒の方がいいのは本当だし。感情が高ぶると、雨風が突然起こると困るだろ?男女関係なく、襲われたくないだろ?男も困るけど、女に押し倒されたい?」
 帝人はぷるぷると首を振った。
「なら、俺と一緒に住む?ここのリビング、一応高天原に繋がっているし、セキュリティも万全だ」
「いいんですか?」
「もちろん。すぐに引っ越しの準備をしよう。新宿だけど、池袋まですぐだから、学校へも通えるし」
「はい。お願いします」
 帝人は頭を下げた。
 結局、自分ではどうしようもない事態に陥ったのだ。
 その解決策が一つしかないなら、そうするしかないだろう。
 母親である咲耶も不機嫌そうに顔をゆがめ、忌々しそうに舌打ちをしたが、反対はしていないことからも明らかだ。
 
「帝人。何かあったら、呼んでね。ここで帝人が私を呼べば、届くから。なにがあっても駆けつけるわ」
 咲耶は真剣な表情で帝人に言い聞かす。
「うん。母さんに会えてよかった」
「久しぶりね。ちょっと会いに行けていなかったもの。竜也さんの顔も見ていないわ」
 前回咲耶と会ったのは、半年前だろうか。時間がなくて、ろくに話もできなかったから帝人の進路についても言えなかった。
「父さん、寂しがっていたよ。ちょっとだけでも、顔を出してあげたら?」
 父親は、母親にベタ惚れだ。女神であるとかまったく関係がなく好きなのだ。家のリビングには妻の写真が飾られていて、いつも見ている。
「そうねえ、ほんの少しだけならいいか。なら、竜也さんに、帝人のことは説明しておくわ。引っ越すことも言っておかないと心配しちゃう」
「ありがとう。頼むね。母さん」
「ええ。帝人も元気でね。愛しているわ」
 帝人の頬にキスを落として綺麗に笑うと、ふわんと咲耶はかき消えた。
 
「さてと、引っ越しの準備と必要なもの買わないとね」
 臨也が楽しそうに帝人の手を取った。触れた手から、流れてくる気は自分を安定させると理解できた。少し混じっているといったのは、こういうことなのだろう。
「部屋も余っているから、遠慮しないで」
「はい」
 だから、帝人は素直に頷いた。
 
 自分が、半神などまだ信じられない。能力もよくわからない。
 でも、高校に入学したばかりだから、多少環境が変わっても同じだろう。
 そう帝人は自分を納得させた。









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