「神様のいたずら」1






 竜ヶ峰帝人が田舎から池袋に来て二日目。来良学園の入学式があった。
 小学校からの友達である紀田正臣に誘われて池袋に来たけれど、都会は見るもの聞くもの珍しいものばかりだ。
 正臣とは残念ながらクラスは別れたけれど、一緒に帰り道池袋を案内してくれた。
 彼は知り合いが多くてどこにいても声を掛けられ、返している。
 一緒にいた帝人も友達だと紹介してくれた。
 彼は昔から活発で人を惹き付ける魅力をもっていた。ずっと彼のようにないたいと思っていた。尊敬していた。だから、こうして隣でまた友達としていられることが嬉しかった。
 そんな矢先だった。
 
「やあ」
 一人の男性が正臣に声をかけた。
 また知り合いなのだろうか?帝人はぼんやりと見やる。
「久しぶりだね。紀田正臣君」
「その制服、来良学園?あそこに入れたんだ。おめでとう」
 男性が近寄ってきて、立ち止まる。
「ええ。おかげさまで」
「俺は何もしていないよ」
 ふふと、笑う男性は見目の整った人だった。細身で、すらっとしして真っ黒の衣装がよく似合う。都会的な雰囲気というか、なんというか、眉目秀麗であることは間違いない。
 話し方は穏やかだ。でも、なんとなく違和感があるような気がしてならない。
 そう、空気が。どこか知った気配に似ていて……。帝人は心中で首をひねった。
「珍しいっすね、池袋にいるなんて」
「ちょっと友達と会う約束があってね」

(ほんと知り合い多いな、紀田くんは)

 帝人が二人の会話を聞きながら、ちらと横を見る。
 すると、なんと表現していいのか。焦り?嫌悪?そんな様々な色が混じった複雑な顔だった。こんな表情は初めてみる。
「で、そっちの子は?」
「こいつはただの友達で……」
 意識を向けられて、帝人がどうしようかと思ったら正臣が遮ろうとする。
「俺は折原臨也。よろしく」
 だが、男性の方が早かった。
 オリハライザヤ。
 関わってはいけない人間。敵に回してはいけない人間。そう正臣が帝人に言っていた人間だ。
 
(でも。この目の前の男性が池袋で一番危険な人?意外と見た目は普通だろうか?)

「あ、いや……。僕は竜ヶ峰帝人です」
 一応、帝人は自己紹介をした。名乗られたから名乗り返さなければいけないと躾されている。
「ばか、帝人っ」
 正臣が非難をこめて、肘でつついた。
「ふーん。エアコンみたいな名前だね」
「エアコン?」
 エアコンって何だ。折原臨也って想像と違う。帝人が視線をあわせて、よく見ようとすると。
「でも……」
 ふっと折原臨也が顔を近づけて、指を伸ばした。その指が、触れた瞬間。
 
「……イタ!痛い……!」
 
 身体が激痛を訴えた。何かが変わる。
 自分の中のものが変えられる。否、何かが壊れる。
 まるで電流が流れているように、身体中がきりきりと痛む。
「……っ」
 帝人は自分の身体を抱きしめる。
 力が入らない。立っていられない。意識が保てない。
 その時、突風が吹き抜けていった。ごうごうと強風が吹き付けて立っていられないほどだ。
 帝人は足から力が抜けて、しゃがみこむ。
 痛い。痛い。
 身体が放電しているようだ。自分の殻のようなものが割れる。はがれ落ちる。
 今空気に触れている身体が、自分のものではないようだ。きりきりと痛む。
 帝人は自分を抱きしめて、耐えるようにぎゅうと目を瞑る。
 帝人の心情と呼応するかのように、突如、雨が降り出した。まるで、落下してくるかのような大粒の雨だ。それも局地的であるとわかる。遠方を見上げた空は青い。
 帝人は、保っていられない意識を手放した。

「君。もしかして、天人?」
 
 意識を失う時、折原臨也の声を聞いたのが最後だった。










ブラウザでお戻り下さい