爆発の轟音。 ガラスの割れる音。 建物が倒壊して軋む音。 怒声、悲鳴。 一瞬にして訪れた地獄のような時間と密室。 「うう………っ」 「何なの????」 うめき声と悲鳴が真っ暗闇の部屋に響いた。 「大丈夫ですか?怪我をしていないですか?」 相手がどの場所にいるか、気配で推測して安否の声をかけた。 「頭を打った………、らしい」 男が辛そうな声で、怪我を訴える返事をした。 「今、そちらに行きますから、じっとしていて下さい」 そっと、ゆっくりと気配のある方に近付く。しゃがんで身体に触れる。 「どこを打ちました?」 「右側の頭と、身体全体にも何か当たったらしい。動けない………」 血が出ていないか、確認するように触ってみるが、額に少し血が出た程度らしかった。外傷が少ないからといって安心はできないが。 「救援が来るまでじっとしていて下さい。頭を打っていますから動かない方がいいです」 ジャケットのポケットからハンカチを取り出して男の額に当てる。男はそのまま自分の手でハンカチを押さえた。 「何か明かりになるものがあればいいのですが。貴方、煙草吸われるのではないですか?」 「ああ。吸うけど」 (予想通りだな………。身体から煙草に匂いが僅かにした) 「では、ライターとか持っていますよね?」 「そうだった………」 男は手探りで胸の内ポケットからライターを取り出し身体が覚えている仕草でライターを付けた。 カチリ、という軽い音と共にぼんやりとした灯りが部屋に広がった。 そのため互いの顔がわかる。 男は横になっている自分を見下ろす、綺麗な少年を見つめた。 少年は安心させるように微笑む。 「これ、少しお借りしてもいいですか?」 ライターを指差して首を傾げる。その拍子にさらりと黒髪が額に落ちる。僅かな灯りでも少年の容姿が大層整っていることがわかる。男は知らずそれに圧倒された。 「ああ………」 「では、失礼します」 少年はライターを付けたまま受け取って灯りを頼りに振り返り、部屋を照らす。 「大丈夫ですか?」 女性とその腕に抱えられた少女が少年を見つめた。 「ええ………。怪我とかはないと思います」 「そうですか。………大丈夫だからね?」 母親には頷いて、幼い少女に視線をあわせてにっこりと微笑んだ。少女は、その笑顔に頬を染めながら、うんと頷く。 「何が転がっているかわからないですから、あまり動かない方がいいですね」 「はい」 少年は頷いてそのままライターの灯りで部屋を照らして、ドアを見つける。 しかし、押しても引いても全く動かない。完全に壊れているのか、反対方向に障害物があるのか………。 それ以外の場所を照らしてみたが、隙間などなかった。唯一の外界との繋がりはドアだけだ。 ここはホテルの1室である。 展示や催し物を行う小振りな部屋で、今日は写真の展示会が行われていた。 そこに父の代理で訪れたのは、工藤新一、言わずと知れた高校生探偵である。 父の友人の写真家の展示会に出席するため、先ほど部屋に来て主催者本人と挨拶した。 「父親がよろしくと言ってました」と伝えて、「ありがとう。またロスに逢いに行くよ」と世間話をし、本人はゆっくり見ていってくれと言い残し今まで食事もできなかったから、と休憩に出ていった。 だから、新一が部屋でこれから写真を見ようかと、パネルを眺めた瞬間、爆発が起こった………。 その時見て取った人間は受付をしていた男性、……現在頭を打って横になってる……そして母親と小さな少女の二人連れだけだった。 写真家はホテル内部にあるレストランやカフェに行ったのか、外に出たのかは定かでないが、無事かどうか現在知る術はなかった。 一体このホテルで何が起こったのか………。 事故なのか、テロに巻き込まれたのか、この状況では理由は知りえないがホテル全体かもしくはかなりの部分が崩壊していることはわかった。 それくらいの衝撃と轟音がした。 新一は思考しながらゆっくりとした足取りで歩く。 もともと部屋に窓などない。照明が照らす光だけで、通常なら非常灯が付くのだが電源自体が駄目になっているのか、その青いランプも付いていない。 新一はもう一度動かないドアの前まで来ると、一旦ライターを消した。そして、唯一の出入り口であるドアを叩く。 「誰かいませんか?」 ドンドン!ドンドン! 鈍い音を立てるドア。しかし何も返ってこない。 「誰か!」 今度は外に聞こえるように大きな声で呼ぶ。 諦めてはいけないのだ。ドアは廊下に繋がっている。すぐに救出が来るとは限らないが、状況だけでも知りたかった。 「………そこに、人がいるのか?」 向かいから声が聞こえた。 「はい、います」 「………そうなんだ。残念ながらこっち側も出入り口が埋まっている」 「そこは廊下だと思うけれど、他に誰かいますか?」 「俺以外誰もいない」 確か、この部屋は一番端にあった………。その廊下もふさがっているということは、このドアを開けても、出られないということか? しかし、一人でできなくても、二人なら瓦礫を退かせることができるかもしれない………。 新一は考える。 「瓦礫は全く動かせそうにないですか?」 「………どうだろう?真っ暗闇だし、俺夜目は効く方だけど、全くわからないな」 「そうですか………そちらから、ドアは動きませんか?」 「………動かないな。鍵が馬鹿になってるか、ゆがんでるんだろう」 「………」 それでも、このドアを破って合流した方が絶対にいいと思う。 けれど、そう簡単な問題ではなかった。 新一は自分の脚にそこそこの自信があった。サッカーをしていて超高校級と呼ばれた黄金の右足は凶悪な犯人を蹴散らしたこともある。威力もかなり見込める。 けれど、ここでドアに無闇な衝撃を与えていいものか。 危ういバランスで保たれている空間に、衝撃を与えより崩れたら洒落にならないだろう。 これで幼なじみの蘭でもいたら、素晴らしい脚力で穴を開けることができるだろうか?男性より力が劣るはずの女性であるが、彼女の技は新一とは違ったものだ。見る度に感嘆するが、正しく一撃必中である。新一は絶対に彼女に逆らってはいけないと本能で知っていた。 「………下手に衝撃を与えない方がいいでしょうね」 「ああ、多分な。………やってみてもいいけど、危ないなあ」 「………」 やっぱり、そうか。 見えないがドアの向こうもかなり不味い状況なのかもしれない。 「ところで、貴方は怪我とかしてないですか?」 「………してないよ」 聞くのが遅かったかもしれない。本当なら最初に聞くべきことなのに。事実、部屋にいる人間に一番最初に確かめた。それなのに、彼はどこか不思議に大丈夫なのだと感じてしまって、安否が遅れた………。 聞いたところ、同じくらいか、少々上くらいの少年の声。 大人の男の声ではない。それでも自分より十分男性としての声であったけれど………。 新一の声はまだまだ少年の域を出ないもので、声変わりをしたというのに高い声が出るため大嫌いな音楽の時間にソプラノをやらされた過去がある。断固として拒否したが、「だって、ソプラノの方が歌いやすいでしょう?」と言い笑う女教師を睨んでも、どうにもならなかった。それで歌わせた後に、「音痴はどうしようもないのね。折角綺麗な声なのに、勿体ないわ」とため息を付くのだから、新一が腹を立てても罰は当たらないだろ。 新一は相手にとっては理不尽な怒りを覚えた。 「なあ、聞いたところ中高生だろ?敬語なんていらないぜ?」 苦笑しながら、そんな事を彼は言った。 そうなのだけれど、身に付いた癖なのだ。 事件に出くわせば、警察と一緒に行動する上、被害者にも逢う。 自然丁寧な言葉で接することが習性付いてしまっていた。 「わかった………。俺はこれでも高校生だ」 中高生、と幅を持たせた相手の言葉に引っかかりを感じて、ついつい新一はそう返した。 「そっか、俺も」 対して相手は気軽なものだ。 こんなのんびりした話をしてる状況では決してないのだけれど、緊張が見えないのだ、相手から。 普通ならパニックになってもおかしくないのに………。 (変な奴………) つかみ所のない、相手。 探偵として培った観察力。外見や表情、言葉、声。様々な破片から相手を探るけれど、現在の相手からわかる情報は声と言葉だけだ。もちろんその会話から考え方や行動力も伺えるのだけれど………。 「そっちの状況はどうなの?」 「こっちは、男性が一人、母親と娘の二人連れの親子と俺の4人だ。男性がちょっと頭を打ってる。外傷は軽傷に見えても頭だから安心はできない。それ以外の怪我人はなし」 新一はついつい現場の答え方になるのだが、相手は訝しむことはなかった。 「ふうん、無闇に動かない方がいいな」 新一が行動したことと同じ事を言う。 「でも、この暗闇でどうして外傷が軽傷ってわかったのさ?」 「ライターがあるんだ。さっき確認した」 「………ライター、危ないぜ?」 「わかってる。ガスの匂いがしなかったから使ったんだけど、これからはもう使わない。どうなるかわからないからな」 「………」 「………」 互いに、このような危機には慣れているように感じる。 何とも言えない沈黙が降りた。 はっきり言って、世間一般からすればものすごい危機のはずである。例え新一が殺人犯に慣れていようとも、時限爆弾を解体したことがあったとしても、自分の力ではどうしようもない危機。探偵は危険と隣り合わせであるから、普段からこんな状況に陥ることがあっても不思議ではなかった。その覚悟くらい付いていた。 自分が特別であるくらいはわかる。普通の人間はこのような事件に一度もあわずに人生を終えるだろう。 なのに………。 相手も新一が高校生探偵などとは知らないから、不思議がっているようだった。 ガタン………! 何か崩れる音がした。 この部屋ではないと思われる。衝撃が遠いのだ。それでも振動でぐらぐらと床が動く。 「何だ?」 「………どこか、崩れたみたいだね」 冷静さを失わない声だ。 「う………わああん………!!!」 少女の声が甲高く響いた。 うわ〜んと泣いている。涙を流してひっくひっくと嗚咽が漏れる。 怖くて当然である。この状況で、またもや建物が崩れる音を聞いては不安になって当たり前。 新一は暗闇で見えないが憶測で親子に近付いた。少女にそっと触れる。 何も見えない、頼るものがないのだから、触れれば安心するだろうと思う。 「大丈夫だよ」 「お兄ちゃん………」 「きっと助けが来てくれるから」 「本当に?」 「ああ。約束するよ」 気休めかもしれない。 そんなこと約束などできない。 けれど、たとえ嘘つきと言われても、少女が安心するなら構わなかった。 新一は見えないけれど笑顔を浮かべながら優しい声で励ます。そして母親に向けて、 「気をしっかりもって下さいね。親の不安は子供に伝染しますから。そして、抱きしめていてあげて下さい、安心しますから」 そう、諭した。 「はい」 母親が頷く気配がした。 「怪我、どうですか?」 横たわっている男性にも声をかけた。 「まだ、大丈夫だ」 「そうですか。辛かったら寝ていてもいいですよ?寝られたらその方が身体は楽かもしれません」 「ああ、わかった。ありがとう」 「いいえ」 新一は穏やかに言いながらドアに再び戻る。 「そっちは、どうだ?何も変わりないか?」 「ないな。………ここに、少しでも隙間があればいいのにな」 「そうだな」 「多分、ドアの下の隙間くらいはあるかもしれないけど、紙が一枚入るかどうかくらいだもんな」 それさえもあるかどうか怪しい。けれど、新一は応じた。 「ああ………」 「俺、チョコレート持ってるんだよね。その女の子にあげられたらよかったのに。キャンディもあるよ」 「何でそんなもん持ってるんだ?」 「俺、甘党だもん!」 「俺は甘いものなんて食べられない。っていうか、くどくないか?胃がむかむかする」 あははと笑う気配がした。 「でも、甘いものって糖分が分解して吸収されるのが早いから、こういう時っていいんだよ?」 ふんと、新一は内心思う。 (それくらい知ってる。………けど、甘党だあ………。じゃあ蘭みたいに山ほどケーキとか食ってるのか?) 新一はその場面を想像して吐きそうになる。 しばらく沈黙した後、彼が新一を呼んだ。 「なあ、歌でも歌ってあげれば?」 恐らく、向こうにも聞こえた少女の悲鳴から察して落ち着かせるように提案していることはわかった。 「………歌だ?」 しかし、それは新一にとって禁句である。 それで少女を安心させられるなら、いくらでもするが新一が歌っても恐らく効果は見込めない。というか、余計悪くなるのではないだろうか?音痴とはっきりきっぱり言われた自分に、できない相談だった。 「そうだよ、子守歌でも、流行歌でも何でもいいじゃん」 「………できない」 「何でさ?恥ずかしい?」 「………違う」 「………?」 「………」 「理由がある訳?」 「俺は、………音痴だ」 「………はい?お、んち………?」 何を言われたかわからないといった様子が伺えた。 「音痴だ!わかったか?」 少々大きな声で聞いてやる。 「………ええ、とっても。そうか、やっぱり世の中にはいるんだな。初めて聞いた」 「そうかよ、良かったな。ってことで、お前が歌え!」 「はいはい。いいよ、いくらでも」 楽しそうにそれこそ、歌うような声で承諾した。 Loving you is easy 'cause you're beautiful Making love with you is all I wanna do Loving you is more than just a dream come true And everything that I do is out of loving you No one else can make me feel The colors that you bring Stay with me while we grow old And we will live each day in spring time 'Cause loving you has made my life so beautiful And every day of my life is filled with loving you Loving you I see your sun come shining through And everytime that we,ooh I'm more in love with you La la la ... 心地いい声。 滑らかで、ゆったりとした旋律。 紡がれる音色は、優しい色彩をしていると思う。 (上手いじゃねえか………) 「Lovin’you」 minnie自身が子供を寝かしつける時に歌っていたというバラード。 羽根みたいなメロディ………。 ドアに背を向けてもたれかかる。 何だか、おかしい。 どうしてこんなに落ち着いているのだろう? ………安心しているのはなぜ? (お前は誰だ………?) 再び、疑問が沸き上がる。 自分のように事件や非常事態に慣れた人間ならいざ知らす、普通の人間はパニックを起こすことは必至なのに。 自分をも落ち着かせる相手に驚愕を覚える。 (こいつ、何者だ………?) そっとドアに手を伸ばした。 この、向こうに彼がいる。 「お前、何ていうんだ?」 (………本当は、何者なんだ?) 聞きたいことは別のこと。でも、それは聞けない。 「何、今まで適当に呼んでたくせに」 面白がるように笑う声がした。 「いつまでも、お前とかって変かと思って。悪いし………」 「………面白い人だね。じゃあ、こうしよう。ここから無事出られたら教えるよ」 「………ふうん」 「出られるだろう?」 「出られるんじゃんねえ?」 返事は毎回のんびりしたもので、閉じこめられているなんて感じさせないほど穏やかだ。 「じゃあさあ………」 彼は思案するような口調になると、一転してふざけたような口調に変えた。 「仮に『魔法使い〜magician〜』でいいよ」 「はあ………?だったら俺は『探偵〜detective〜』だ」 「『探偵』だ?………じゃあ、ルパン!」 「ホームズ!!」 向きになるのが面白くて、くすくす笑いあう。やがて笑いを納めると小さな声で囁くような言葉が聞こえた。 「………カイだ」 「カイ………?」 真摯な声が、きっと本当の名前なのだと感じた。 「………俺はシンだ」 「シンね」 (ここから出たら、絶対名前を聞いてやる。それで、どんな顔をしているか見てやる) 新一はそう決めた。 こんな謎を突きつけられて解かずにいられようか。 迷宮なしと言われた探偵としての自負がある。何より、知りたいと思う。 (絶対、絶対見てやる) そんな会話をして、しばらく世間話(というにはおかしな状況であるが)に興じていた。 けれど事態は、待ってくれない。 新一が無口になってきたのだ。カイとの返事が遠くなる。 何も言わない新一にカイは訝しんだようだ。 「おい、大丈夫か?」 「………ああ」 新一は弱々しい声でそれでも返す。 息が苦しくなってきた。空気が薄くなってきたのかもしれない。 はあ………。 息が辛い………。 密室に4人。当然時間が経てば酸素はなくなる。 息を吸っても、楽にならない………。 皆の気配も苦しそうだ………。多分話すのも億劫だろう………。 「おい、シン?………シン!返事しろ」 「………カ、イ」 意識が朦朧としてきた。不味いな………。 「シン!!!」 カイの慌てたようなせっぱ詰まった声がする。 (ああ、カイでもこんな声出すんだ………) 初めて聞いた、こんな声。新一は内心笑えてくる。 「………シン!!シン!」 ミシミシ………。ガタン。 「………?」 「音がする………、救援が来ている。助かるぞ、がんばれ!」 「………」 「シン!シン!」 カイの声を聞きながら新一は意識を手放した。 (………え?どこだ?) 新一は慌てて起きあがろうとして、眩暈を起こし再び身を横たえた。 (ここは、病院?) 真っ白の天井と壁面に囲まれ、簡易なベットに寝ている自分。 薬品の匂いがする室内。 廊下を歩いている音。 「目が覚めた?」 看護婦が新一を見つけて声をかけてきた。 「はい。僕は………?」 「ここに運ばれてから、半日くらい眠っていたのよ。覚えている?」 新一は頷いた。 半日も寝ていたとは驚きであるが………。 「身体はどう?気持ち悪いとかない?頭痛は?」 「………大丈夫です。吐き気もないし、頭痛もない。ちょっと身体が怠いだけです」 「そう、良かったわ。一応検査はしましょうね。一時、酸素が足りなかったんだから………」 「はい。………あの、僕の他に運ばれた人はどうなりました?」 「この病院に一緒に運ばれてきた人は結構な人数よ。ホテルにいた人全部は収容できないから、病院が振り分けられてるの。誰か知り合いでもいるの?」 「………僕と同じ年くらいの少年はいませんでしたか?」 「さあ、この病院では見かけなかったけれど?ちょっとわからないわね」 「そうですか、すみません」 「いいのよ。お友達なら気になるものね」 「………はい」 「もう少し寝ていてね、先生呼んでくるから」 新一は言われままに目を閉じた。 正直まだ身体が辛いのだ。 カイはここにいないのか? 彼はどこへ行ってしまったのか? 別の病院へ運ばれたのか?けれど、ドアを隔てたほとんど同じ場所にいたのだから、普通は同じ病院に運ばれるだろう。 怪我はないと言っていたけれど、大丈夫だったのか? 覚えているのは、声。 耳に心地よく、心に浸った歌声。 とても安心したのに、どこか謎めいている存在。 カイ………。 もう一度、逢えるのか? 「まさか、医者に身体を見せる訳にもいかないからな………」 快斗は思う。 あの、シンを探したかったけれど病院にいるわけにはいかなかった。 自分は体中に怪我や銃創がある人間なのだ。 普通の気質な医師になんて見せられない。 覚えているのは声。 滑らかで硬質な、でもとても綺麗な声だった。 時々思考するのか、周りが見えなくなって黙り込んでしまうくせ。 なのに、その頭脳も危機管理能力も文句ない程だった。 結局、約束したのに名前を言うことはなかった………。 こんなことなら、伝えておけば良かった。 なあ、もう一度逢うことができるだろうか? そう互いに思っていると、残念ながら互いは知らなかった。 けれど、再会は果たされる。 それまでには、もう少しの時間が必用だった。 END |