「有限会社さんたくろーす」12月期 2






「こんにちは」
 いつも涼やかに微笑んでいる同僚である新一が入ってきた。背後には当然の如くキッドが控えている。
「あれ、新一?今日、来る予定だったか?」
「海馬社長に呼ばれてね。書き上げたカードをもってきたよ。城之内こそ、大丈夫か?顔色良くないな。……聞くのも変だけど忙しい?」
 そう言いながら手に持っていた紙袋を渡す。当然中身は書き上げたカードだ。
「忙しい。まあ、それは誰でも一緒だけどな!」
 城之内は、嵩のあるそれを受け取りながら苦笑した。忙しいのはお互い様である。新一も自宅で仕事に励んでいるのだから。城之内には理解できない各国の言語を流麗な文字で手書きをしている。今年は言語が増えているから新一にも大量に割り振られているのだ。
「ほどほどにしておけよ。城之内はがんばりやだから。……静香ちゃんも、こんにちは。身体の調子はいいの?」
「ええ」
 静香は嬉しそうに顔をほころばす。城之内も新一に会ってにこにこしている。
 城之内兄妹は新一が好きだ。そして、もちろん新一も城之内兄妹が好きだった。それが傍目から見てもわかりすぎるくらいわかる。彼らの周りだけ空気が柔らかになるからだ。
 新一は二人に微笑みながら、モクバにもにこやかに挨拶して海馬の前まで歩いて行く。その背後にはキッドも付いていく。
「こんにちは、海馬社長。時間には間に合いましたか?」
「ああ。問題ない。それで、しばらくそこにでも座っていてくれればいい。キッドもな」
「わかりました」
 海馬の指示に、小さく首をひねるがそれほど考えることもなく頷く。そしてキッドを振り返り笑いかけ座ろうと誘う。
 城之内からすれば、明らかに怪しい。なんだって海馬はそんなことを言うのか理解に苦しむ。

(時間を指定してここに来させ、ソファで待っていろだなんて……。もっと人を疑わないと駄目だ、新一……)

 思わず、何か企んでいそうな海馬の顔と無表情のキッドの顔と新一を見回してしまった。キッドが何も言わないのなら、大丈夫なのだろうか?しかし、相手は海馬だからなあと城之内は心中で心配した。そして、海馬がソファで座っていろというのならお茶くら出してもいいのだろうと察しを付け珈琲を入れるためにキッチンへ立つ。急いで珈琲をいれカップに注ぎそれを新一とキッドに渡す。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
 お礼を言う新一とキッドに、いいよと手を振って城之内は仕事に戻る。パソコンの画面を見ながらメールをチェックして、返事が必要なもにはすぐに書いて送る。
 しばらく、それぞれが仕事をしている音……パソコンを叩く音、書類をめくる音、作業している音だけが部屋に響いていた。
 
 

 どれだけか過ぎた頃、実際は2、30分くらいだろうか。
 ドアがノックされて、徐に開く。城之内は、誰だろうと思いながら……会社の主要メンバーが室内に揃っているため、得意先や仕入先などの人間であろうかと検討を付け……振り向き予想外の人物に目を丸くする。
「天使さま!」
 見たこともない子供が突然入ってきた。そして、新一目がけて走りその腕に飛び込んだのだ。新一は、慌てることなく淡く微笑むとその子供の髪を撫でた。
「ハワード?」
「はい」
 名前を呼ばれて、元気に良い返事をする。そして、嬉しそうに新一を見上げて、全開の笑顔を見せた。
 7、8歳くらいの小柄な男の子は外見とても育ちが良さそうだ。高価そうな仕立ての三つ揃いスーツ。この年代の子供が着るには少し不釣り合いであろうに、とても似合っている。きっといい家の子なんだろうと見ただけで簡単に推測できる。
「そうか、良かった」
 安堵したような声音で、新一は目を細め少年をじっと見つめた。
「僕、こうして歩けるようになりました。少しなら走れるようにも!」
「ああ。本当だ」
 少年の全身と顔とを視線で眺め新一は口元をゆるめ指で少年の頬をそっと撫でる。その仕草は慈愛がこもっていて見ている人間までをも優しく撫でられている気になる。
 少年はその指にそっと目を閉じて柔らかな感触を味わうと、顔を上げて真剣に口を開く。
「……どうしても天使さまに見せたくて。無理を言ってここまで押し掛けてしまいました。すみません」
 自分の行動を恥じて段々と俯きがちになりながら、声の語尾も小さくなる。
「いいや。嬉しいよ。こうしてハワードが歩いている姿を見ることは私にとっても僥倖だ」
 しかし、新一は咎めることなどせずふわりと柔らかく微笑んだ。その姿は正しく天使のようだった。神々しい雰囲気が部屋に満ちる。
「ありがとう、ハワード」
「いいえ。お礼をいうのは僕の方です。……あ、お友達のマジシャンもいらっしゃるんですね」
「どうぞ」
 少年が新一の隣に座るキッドに気付き声をかけると、キッドは小さな微笑を浮かべて指をぱちりと鳴らす。するとそこからくまのぬいぐるみが現れた。ミニのホワイトベア、そう、クッキーの詰め合わせに使われている品薄のあれである。
 少年は差し出されたホワイトベアを小さな両手で受け取った。
「ありがとうございます。マジシャン」
 素直にお礼を言う少年にキッドは首を振って気にすることはないと応えた。
「そうだ、ハワード。折角だからお茶でも飲みに行こうか」
「え、いいんですか?」
「もちろん」
 新一の提案に少年は驚く。しかし、新一は構うことなく少年の手を取ると立ち上がる。
「では、失礼します。海馬社長」
 新一は海馬に一礼し、城之内、モクバ、静香に手を振って少年と手を繋ぎながら部屋をのドアを開ける。その後ろをキッドが歩き、ドアを静かに閉めた。その隙間から少年の保護者らしい人間のすみませんという声が漏れ聞こえた。
 思わず後に残された人間は納得する。少年が一人でこんな場所に来ることはあり得ない。だが、納得できないどころか全く理解できなかった展開を知りたいと思っても罰は当たらないだろう。
「何なんだ?海馬!」
 城之内は心のまま海馬に詰め寄った。
「見たままだ。わからんか?」
 対する海馬は素っ気ない。
「わかるか?っていうか、あの子供誰?なんで新一のこと天使さまって呼ぶんだよ?すっげー、らしいけど」
 とても似合い過ぎて困るくらいだけれど。天使だなんて。
 ついでに、キッドのことも知っていた。マジシャンって呼んでいた。
 誰かに説明してもらわないと、落ち着かない。訳もなく叫び出したくなる。このままでは仕事も手に着かない。
 海馬は大きくため息を付く。城之内の心情を理解したからだ。そして、モクバも静香も城之内ほどではないがぽかんとして現状理解に苦しんでいた。
 海馬は諦めて説明をすることにした。
「今年も天使を貸しただけだ」
「天使って」
 端的過ぎる言葉だった。しかし、ヒントもある。今年も、と海馬は言った。去年新一をメッセンジャーとして使ったことがある。その時新一は天使になってきた、と言った。
「……あの子供が、天使の新一からメッセージを送られた主?」
「そうだ」
 海馬は頷く。
「けど、なんでわざわざ来るんだ?よっぽどだろう。理由は?海馬は知っていたんだろ、子供が来ること。新一を時間指定させて待たせていたしさ」
 城之内は疑問を矢継ぎ早に発した。
「今日来ることは保護者から連絡があったから知っていた。その前に工藤に子供が会いたいといっているが、会えるだろうかと相談されていたから。では、今年も天使を貸しましょうということになった。……俺にも子供と工藤の間にどんな話があったのかは、知らないが、あの子供は1年前まで歩けなかった。が、天使……工藤と会ってからリハビリに励み今見たように歩けるようになったそうだ。それで、子供はお礼を言いたいと保護者に相談したらしい、天使に会う方法を知らないかと。そして、子供は歩いている姿を見せたいから天使に今度は自分が会いに行くと言ったらしい。後は、見たまま実際に会いに来た……」

(それって、奇跡みたいじゃん……)

 城之内は、胸中で思う。
 歩けなかった少年が天使に会ってからリハビリをして歩けるようになった。さっき少し走ってもいた。天使にお礼を言いたいというくらい少年の中では大切な出来事だったのだろう。
 新一もすぐに少年を認めて嬉しそうに慈愛のこもった眼差しで見ていた。まるで本当の天使のように。事前に知らされていた訳でもないのに、説明もされていないのに少年を連れて行った。
「新一、知らなかったんだろ?それで良かったのか?」
「別に構わん。天使は貸しているが、今回は報酬は貰っていない。あれは、工藤の好意だ」
「……」
 海馬にも良心があったんだな、と城之内は失礼なことを考えた。
 ここまで来た少年の熱意と祈りを聞き届けた海馬と、何も言われなくても願いを叶える新一。城之内はなんだか嬉しくなる。こういうのって、いいなあと心が温かくなる。
 手を頭の後ろで組んで、伸びをして良かったなと笑った。
「よくわからないんだけど。つまり、新一があの子の天使なの?」
 昨年の事情を知らないモクバは首をひねりながら今海馬が言った情報だけ捉えて結論を出す。
「随分綺麗な天使さんだよね。新一さん」
 静香はそれだけを口にする。
「ああ。さんたくろーすの会社に天使がいるなんて、縁起がいいな!」
 城之内はそう締めくくった。
 
 海馬を除く3人が、声を立てて笑いだした。確かに、縁起が良さそうである。
 笑いはしないが、海馬がその胸の中で会社のロゴを一新するべきかと考えていたとは城之内は知らない。
 
 


                                            おわり。

 


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