「有限会社さんたくろーす」12月期 1





「忙しい……!目が回る!」
「うるさい。言わんでも、わかってることを言うな。鬱陶しい」
 叫ぶ城之内に、覆い被さるように怒鳴る海馬社長。ある意味オフィスでは慣れた光景だ。風物詩とも言える。
 そのコミニュケーションを生ぬるく見守る人間が一人。
 今期から入社した社員であるモクバだ。高校を卒業して無事に「有限会社さんたくろーす」本社に配属された。兄である海馬に最初は反対されていたが……大学に行け、行かないと言い争っていた……押し切った。さすが、血は争えない。こうと決めたことはやり抜く力と意志がある。
「城之内も社長もそんなにヒートアップしないでよ。只でさえ忙しいんだから暑苦しい」
 非常にもそんなことをモクバは言った。兄のことをモクバは社長と呼んでいる。公私混同を避けるためだ。
「モクバ、暑苦しいって酷い……」
 対する城之内は、情けなさそうにモクバに振り返った。海馬は不遜な態度を崩さずに、ふんと鼻を鳴らしている。全く堪えていないらしい。
「本当のことだから。それより、少し休憩したら?さっきから根を詰め過ぎだよ。だから、気が立つんだ」
「そうだよな。うん。珈琲でもいれるか」
 城之内は立ち上がり、モクバも飲むだろう?と声をかけた。
「もちろん」
 モクバに頷いてみせ、城之内はちらりと海馬へと視線を向けた。
「おう。で、社長さんもいるんだろう?」
「当たり前だ」
「はいはい」
 城之内は、簡易キッチンへと向かって歩いていった。
 なんで、兄弟でこんなに性格が違うのだろうと、何度目になるかの疑問を思いながら。
 
 
「ほい、社長」
 珈琲の入ったカップを海馬の机の隅に置く。海馬の好みのブラックだ。疲れた時には甘いものがいいだろうとの配慮でソーサーにはチョコチップクッキーが二つ乗せられている。それを海馬は目に留めるが何も言わなかった。文句を言わないということは受け入れたということだ。城之内は、それにどこかほっとしながらモクバにはミルクの入ったカップを渡した。
「サンキュ。城之内」
「どういたしまして」
 ちゃんとお礼を言う常識を持った弟を兄と内心比べながらにこやかに笑い返す。自分用の砂糖とミルクの入った珈琲を一口すすりながら、そういえば、と口を開く。
「今年も評判いいよな、モクバのゲーム。売れ行きは上々だし、面白かったってたくさんのメールも来るし。すごいよな、モクバ!」
「ありがとう。僕も嬉しいよ」
 モクバが照れくさそうに笑う。
 昨年同様モクバはゲームを改良した。
 『サンタクロースになって夢を運ぶ』ゲームというネット配信型のゲームは高額なハードやソフトを買う必用がなく、機種を選ばない。ネット上でゲーム画面にログインする権利を買うという形態である。
 改良した場所は、まず映像のリアルさだ。要所毎に画面に映像が流れるのだが、それをこれまでより鮮明な画像が映し出されるようにした。一番メインであるトナカイに乗ってプレゼントを配り空を翔る部分は、特に力を入れてある。手綱さばきによって角度が変わるソリから見える風景が変わるのだ。空にある星、街の明かりが美しく、本当に空を飛んでいるような錯覚に陥る。
 そして、前回プレイした記録が残っている場合……つまり前回も購入して今回も購入した人間……ストーリーが一般と違うサイドストーリーが楽しめるようになっている。
 なんと、前回プレゼントを配った子供の枕元にサンタクロースへのお礼の手紙が置いてあったり、実際寝ているはずの子供と出会ってしまったりする。その時、心温まるストーリーが待っているのだ。
 おかげで、前回プレイした人間は今年もやる気満々だ。今年から始める人間も来期にはそれが味わえるということで、参戦している。
 上位成績者には変わらず、非売品であるプレゼントが送られる。
 今回のプログラムも高校を卒業して夏休みにモクバは一人で制作した。細かいところはその後に直しを入れているが、ほぼモクバの作品である。
「俺も、テストでやらせてもらったけど。本当に映像は綺麗でリアルだし、子供は可愛いし。良かったよ」
 城之内はテストプレイヤーをしている。売る前にはいくつかバグがないか確認が必要だ。ゲーム好きの城之内は嬉々として参加した。
「そういってもらえると、嬉しいな。皆が楽しんで目を輝かせてゲームしてくれるかと思うと、僕もやり甲斐があるしさ」
 へへ、とモクバは幸せそうに目を細める。
 そのモクバの反応に、城之内も心が温かくなってくる。同僚になったモクバは学生の頃から知っている分、自分にとっても弟のような存在だ。
「こんにちは」
 そこへ、聞き慣れた声がしてドアが開いた。
「静香」
 城之内の妹静香が笑顔で立っている。城之内によく似た容姿は海馬兄弟とは違い、兄妹だと一目でわかる。
「あら、お兄ちゃん休憩中?……こんにちは、モクバ君。海馬さん、出勤しました」
 にこりと兄とモクバに笑って話しかけてから海馬の机の前に立ち報告する。
「ああ。昨日と同じように、そこにある分の発送準備を頼む」
「はい」
 静香は頷いてから、ダンボールが積み上がり大きめのテーブルの上にたくさんのカードが乗っている場所を見た。
 静香はこの12月の超絶に、殺人的に忙しい時期だけアルバイトに来ることになった。前回同様カードを書く作業も請け負っている。しかし、何分それ以外にもやらなければならないことが山積みなのだ。前年よりもカードなどの発送作業が増えているため、静香に白羽の矢が当たった。
 静香は喜んで受けた。それでも兄の帰宅はクリスマス商戦の間遅いが、二人とも同じ職場で働いてるのなら、寂しさは半減される。
 今年のカードは昨年よりラインナップが増えている。
 通常の手書きのカードは、なんと文字の選択が増えている。7カ国語対応から10カ国語へと増やしたために書き手のアルバイトを増員することになった。
 そして、飛び出す絵本のような様式のカードが増えた。これは子供向けではなくどう見ても大人向けの商品だ。カードを開けると、そこにはツリーがある。そのツリーが白を基調とした色合いの半透明で出来ていて中にグラスファイバーが仕込んであり、電源を入れるときらきらと光るのだ。暗い中で見れば、正しくイルミネーションのような小さなツリーである。そのため、玄関や寝室に置いたりして楽しむことがでいる。マンション暮らしや一人暮らしでツリーを置いて楽しむことができない人間にはもってこいの商品として今年ヒットしている。
 この郵送作業を静香は行いに来ているのだ。
 アルバイトの書き手から出来上がったカードがここに集められてくるため、その確認と発送作業だ。カードだけでなく他の商品も購入してくれた人は同時発送をしなくてはならず、作業は手間取る。
 静香はテーブルにカードを置き、作業をし終わると隣のダンボールに入れていく。
「静香、これ待ちになっていたヤツ。やっと上がってきた」
 城之内は部屋の隅に積んであったダンボールをいくつか持ち上げてきて静香の側に下ろす。
「本当?良かったわ。それがあるのはずっとできなかったから」
 在庫不足で間に合わなかった商品は、クッキーとベアの詰め合わせだ。人気の「プロポーズ・ベア」や「メッセージ・ベア」と同じ形のミニタイプのホワイトベアがクッキーと共に籐の籠に入ってリボンが結ばれているというお得なセットである。クッキーもなるべく美味しいものを少しずつ提供しようとバタークッキー、チョコレートクッキー、ナッツ入りクッキーとマドレーヌが小袋に入っている。そして、ホワイトベアには何種類か名前が付いたタグが下げられていて、どの名前のベアが届くかは開けてみるまでわからない、という仕組みだ。おかげで、女性に人気があり自分用に購入する人が多く生産が追いつかなかったのだ。
 プロポーズ・ベアは相変わらすの人気だが、最初から見越していたため品切れにはなっていない。メッセージ・ベアもベア自体は同じものを使っているため、同様だ。
「本当にな。こんなに売れるなんて思わなかった」
「でもそれ、城之内の意見だろ?すごいじゃん」
 モクバが横から顔を出して誉めた。今回のこうしたセット商品は城之内のアイデアが通っている。オフシーズンの内に来期はどんな商品を出すかなくすか決めるのだが、その時担当を任されアイデアを練って会議に出したのだ。改良を重ねたが城之内の女性向けデザインは了承された。
「それを言うなら、モクバだろう?うちの売り上げ作ってるのモクバのゲームだからさ。俺のは予想外ってだけ」
 照れもあるが、城之内は本心からそう持っている。全体的な売り上げからすればゲームの占める割合は大きい。その上、利益率も高い。おかげで、会社の年商は跳ね上がっている。
「そうなんだけど。この会社はそれだけじゃないから。だって、さんたくろーすの会社であって、ゲーム会社じゃないんだもんな」
 説得力のある台詞に、城之内はそれ以上いうことをやめた。
 モクバが自分を認めてくれているだけなのだ。嬉しくないはずがない。自分が誉めてもらうほどかと言われれば未だ自信などなく否定することしかできないが、それでは認めてくれるモクバに失礼だから。ありがたく受け取っておこうと思う。
「サンキュ」
 にこりと微笑みながら返す。本当に、兄とは大違いである。海馬は城之内をこんな風に認めたり誉めたりしない。精々、城之内のくせにやるではないかと言った具合か。
「そろそろ休憩も終わりにして、仕事しろ」
 そこへ、海馬が社長らしい声をかけた。
「はいはい」
 確かに、気分転換にもなった。山積みの仕事を片づけていかなければ、今日も帰りが遅くなる。城之内は自分の机に戻ろうとした。
 だが、その僅かの間に再びドアが開いた。

 
 


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