「有限会社さんたくろーす」4月期 2






「そういや、モクバは大学どうするんだ?」
 モクバは現在ハイスクールの最高学年だ。この夏で卒業を迎える。城之内は桜を見上げながら横に並ぶモクバに聞いた。
「俺は卒業したら会社にすぐに入社するつもりなんだけど、大学へ行かないって言ったら兄さんに反対された」
 モクバは小さく肩をすくめて苦笑する。
「ああ、そうだろな」
 海馬は兄馬鹿だ。
 親代わりであるせいか、モクバにも相当の教育を受けさせようと思っても不思議ではない。
 二人は現在大きな桜の大木の下にいる。
 食事が一段落すると、やっぱり花見だからなと叫んで大きな桜まで走っていった城之内にモクバが付いて来たのだ。
「でも、別に大学に行くことばかりがいい進路じゃないだろ?勉強したいことがあるなら別だけど。俺は兄さんを助けて働きたい。もう、兄さんに養われる子供じゃない」
 モクバはぎゅっと拳を作り真剣に城之内を見た。
「俺はコンピュータグラマーとして会社に貢献できると思う。そういう仕事をしようと思っていたし向いていると思うんだ。そう言ったら専門の学校へ行けばいいって兄さんは言うし。でも、その方面の学校は近くにはないし。できるなら俺はここを離れたくないんだ。長期の休みだけ帰ってきて今までみたいにプログラムを組んでくれるだけで十分だって言うけど、それじゃあ俺が嫌なんだ。それなら、仕事しながら、まとめて休みもらって技術的に難しいことができたら勉強しに行く方がいい。もちろん、日々勉強しないとこの世界は進歩してるからどこにいようとも同じなんだけどな」
 モクバが開発した『サンタクロースになって夢を運ぶ』ゲームは前期の売り上げに大きく貢献した。
 ネット配信型のゲームは、高額なハードやソフトを買う必用はなく機種を選ばない。ネット上でゲーム画面にログインする権利を買うという形態だ。だから、在庫を持つ必用がなくロスが全くない。ゲームにかける制作費といえば技術力とそれにかかる時間、人件費だけだ。
 それを、モクバが学生の傍ら作成した。
 まとまった時間は長期の休みを当て、それ以外は休日などを使用してほぼ一人で作成したゲームは天才プログラマーという名を欲しいままにしているモクバにとってみれば、決して難しいものではなかった。 
「そっか。それで、海馬は?」
「折れた。だって、俺は絶対折れる気なかったから」
 モクバは口の端を上げ微苦笑する。海馬はそういう部分は頑固だ。仕事なら臨機応変に対応できても血を分けたたった一人の弟のことときたら、頑固親父のようなものなのだろう。
 しかし、結局弟を尊重することにしたようだ。
 その憮然とした顔が思い浮かんで城之内は笑いをかみ殺す。
「来期から同僚になるんだな。よろしく、モクバ」
 城之内は手を出した。それをモクバも握り返して笑う。
 滅多なことでは増えない有限会社さんたくろーす本部の人員が一人増えることが判明した。
 
 
 
「どうぞ、海馬さん」
 空いた海馬のコップにすかさず静香が酒を満たした。
 城之内とモクバが桜の下で楽しそうに話しているのを横目に見つつ海馬は満たされたワインを飲む。
「お兄ちゃん、楽しそう」
 静香が無邪気な我が兄を見てにこりと笑う。
「そうだな。だが、奴は毎日ああだ」
 海馬の答えに静香は、そうでしょうねと頷いた。
「だって、毎日楽しそうですから。お兄ちゃん何でも前向きだし、私には絶対辛いなんて愚痴もこぼさないから。……でも、今は本当に楽しいし、そう辛いこともないみたいで安心しています。ありがとうございます、海馬さん」
 兄と同じ色をした真摯な瞳で静香は頭を下げる。
「なぜ、俺に礼を言う?」
 海馬の問いに静香は目を細めた。
「端的に言えば、会社で雇ってもらえたからです。でも、その職場が良くなければお兄ちゃんはあんなに楽しそうじゃないから。職場では通常海馬さんと一緒だし。何だかんだ言ってもお兄ちゃん会社が好きだし、海馬さんも好きだと思うんです。もちろん、同僚の新一さんやモクバ君やキッドさんも好きだと思うし。それなら理由になりますよね?」
 静香は女性らしい笑みを浮かべている。
 それを海馬は面白くなさそうな顔で否定した。
「ふん。別段俺のせいではないだろう。多くは、あいつの性質だと思うぞ。誰とでも仲良くなる。博愛主義らしく、嫌いな人間もいないようだし」
 だが、静香は海馬の鋭い目つきに全く応えず、柔らかく微笑んだまま続けた。
「海馬さんがそうおっしゃるならいいんですけど。でも、お兄ちゃんは確かに人懐こくて誰とでも仲良くなるのが特技みたいなものですけど、今まで生きてきて決して裏切られなかった訳じゃないです。両親がいない私たちですから、人を無条件に信じたくても信じられなくなった時もありました。あんな無邪気なお兄ちゃんだけど、苦労してるし、誰もを信用することは残念ながらできなくなりました。……そんなお兄ちゃんが海馬さんを信用しているですから、私にとっては十分にお礼を言う対象になるんです」
 きっぱりと言い切る静香を海馬は見下ろす。
 兄妹よく似た瞳だ。少々の事ではへこたれない、真摯な意志を秘めた琥珀の瞳。
 両親がいない子供が身を寄せあい生きてきたのだろう。いつも彼ら兄妹から互いを信じあい大事にしている絆を感じる。
「……それでも、今があるのは本人の努力の賜だろう」
 本音を覗かせた海馬の言葉に静香は、はいと頷いた。
 
 
 
 

「そろそろ日本の酒でも飲むか?」
 モクバと共に桜の大木から帰ってきた城之内は定位置に座り、もってきた荷物からごそごそと日本の酒を取り出す。
「『ジュウヨンダイ』ていう幻の日本酒なんだってさ。その中でもジュンマイギンジョウていう等級?口当たりが良くて舌の上で弾けるような爽快感が最高らしい」
 どん、と出した緑色の大きな瓶には日本語で『十四代 純米吟醸酒』と書かれていた。残念ながらここにいる人間は誰も日本語に堪能ではなかったので読むことはできなかったが。
「……日本の酒などよく手に入ったな」
 妙に感心する海馬に城之内は得意げに語る。
「ネットで調べたんだけど、まさか日本から空輸する訳にもいかないし。この町で日本の酒が簡単に手に入るとも思えないし。それで、取引先の会社に日系の人がいたから聞いたんだ。どんな酒がいいのか、どうやったら手にはいるかって。そしたら、その人が持っている酒を分けてくれた。その人も日本酒が好きだけどこの町に日本酒を置いてる店がないから他のとこに時々買い出しに行くんだって。その中でも秘蔵の酒!」
 にこりと自慢そうに笑う城之内に海馬はそのやりとりが目に浮かぶようだった。
 城之内は取引先に受けがいい。愛想がよく素直な人柄が好まれている。特に城之内の父親世代には自慢の息子のように可愛がられている。
 日系の人物も城之内を気に入っている取引先の社長の一人だ。
 海馬は幾分眉をひそめ、城之内の手にあるその変わった瓶である戦利品を眺めた。日本の一升瓶は、この国では馴染みが全くない。
 城之内は説明を受けたからと言いながら蓋を外すと、小さな陶器の器を用意しそっと注いだ。薄紅色の小口の器に注がれた透明な液体からは嗅いだことのない香りがする。
「この器は貸してもらったんだ。日本の酒はコップに入れて飲むものじゃないんだってさ。小さな容器に入れて少しずつ飲むんだって!」
 この器、桜色で綺麗だろう、と城之内は上機嫌だ。
「ほら」
 海馬は渡された日本ではお猪口と呼ばれる小口の器から酒を飲む。
「どうだ?」
 目をきらきらさせて様子を伺う城之内に海馬は、飲んだことのない味がすると答えた。
「飲んだことないのは当たり前だろ?味だよ、味。旨いか?」
「不味くはない。気になるならお前も飲め」
 海馬の素っ気ない態度に城之内は顔をしかめる。
「ちぇ、舌の肥えた社長さんだな。ああ、キッドも飲めよ」
 城之内はキッドにも酒を注いだお猪口を差し出した。キッドも無碍にはせず差し出された器を無表情のまま受け取る。だが、キッドの横で興味津々と日本酒を覗き込む新一の様子に一変して表情を和らげる。 
「飲みたいのですか?」
 優しい声でキッドが聞くと新一は小さく微笑みながら少し、と答えた。そして、新一は城之内に目で是非を問う。
「まあ、いいんじゃねえ。滅多に飲めないだろうし、少しなら」
 城之内はウインクして年上らしく保護者のように答えた。それに新一は嬉しそうに頷いてキッドからお猪口を受け取り、一口すすった。
 ぱちぱちと目を瞬いて、初めて日本の酒を味わう新一はいつもの清廉な雰囲気を払拭させるくらい可愛いかった。
「不思議な味がする……。キッドも飲んでみろよ」
 キッドは小首を傾げてお猪口を返す新一の手をそのまま自分の手で包みながら口を付ける。
「本当ですね」
 そして、珍しく笑う。新一の前でなら普通に笑うのだろうが、自分たちの前では滅多に笑う顔を見せないキッドだ。思わず、その他4人は目を見張った。
 目の前で繰り広げられる二人の世界に時間が止まっていたが、我に返った城之内は自分用のお猪口に酒を注ぎ口に含んで味わう。そして、透明な液体を一度見つめ、ふむと納得顔になった。
「これって、辛いよなー。それに、度数が高いと思うんだけど……」
 思案げに唸ると城之内はこれまた興味を示している静香とモクバを見据えて告げる。
「飲んでもいいけど、少しだけな。酔うからさ。……あ、新一も味見でやめておけよ。強いか弱いか新一と酒を飲んだことないからわからないけど、未成年を酔わせる訳にはいかないから。それにデザートにお菓子焼いてきたから、酔うと美味しく食べられないし。今回はドライフルーツがたっぷり入ったパウンドケーキに蜂蜜入りのマドレーヌだ。新一パウンドケーキ食べてみたいって言ってただろ?自信作なんだ」
 そうにっこりと保護者のように笑うと城之内はそそくさと二つのお猪口にほんの少しだけ酒を注ぎ静香とモクバに渡し、持ってきた荷物から包みを取り出しデザートの用意を始めた。
 その、あまりの素早い対応と年下に対する対応は保護者を通り越してまるで母親のようだった。城之内より年上のはずの海馬とキッドが共に無表情で気が利かない、子供に懐かれない人物だから余計にそう思える。
 心の中で、少なくとも静香とモクバは顔をあわせ、母親だ……と思った。
 新一はどう思っているのかまではわからないが、城之内に対しての懐き具合を見る限りそう変わらないのではないかと二人は思う。
 ちなみに、海馬の立場はあまりないがそれを気にかけるような性格はしてないし、キッドは新一以外全く気にしないので問題はない。
 
「ほい、これでいいだろ」
 城之内はちょうどいい大きさに切ったパウンドケーキとマドレーヌを並べ、別のコップに珈琲を人数分注ぎ準備をする。

「「「いただきまーす!」」」

 もちろん、未成年組はすぐに手を伸ばした。
 それを笑顔で受けると、お前らも酒はほどほどにしておけよと海馬とキッドに突っ込み自身も自信作のお菓子を手にして食べ始める。
 
 
 
 和気藹々と楽しんでいる彼らの間を、桜の花びらがひらりと舞っている。
 こうして慰安扱いの花見、宴会はしばらく続いた。
 
 
                                                          おわり。





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