サンタクロースが住む国は地球上でとても寒い地域にある。 冬が大層長く、雪に覆われた世界はどこを見回してみても銀色に輝いてサンタクロースがトナカイと共に空を翔るにはぴったりだ。 そんな北国の春は遅い。 雪が溶けきり芽吹くまで長い時間がかかる。 しかし、遅れてきた春を取り戻すかの如く一斉に花々が咲き出す。 色彩に溢れた花は、可憐な花びらを揺らして艶やかな春が来た事を人々に知らせてくれる。冬が長いだけ春の訪れは圧倒的な存在感をもって短期間に来るのだ。 そんな北国が喜んで迎えた春爛漫な頃、この街のある場所は桜並木に変わる。 東洋の島国、日本を代表する花、桜だ。 日本の桜がこの街に贈られたのは今から20年は前のことだ。国交親善大使がこの国を訪れて、この街に桜花を植えた。当時は苗木だった桜も今では立派に育ち、春になると桜並木に変身する。 薄紅色の花弁を付けて花開く様は、大層美しい。 「なあ、早く、こっち!」 城之内が先頭に立ち、有限会社さんたうろーすの社員一行は花見にやってきた。 楽しげな声を上げる城之内の後ろには妹の静香、その後ろに新一とキッド、そのまた後ろに海馬と弟のモクバが続いている。 社員の慰安扱いで費用は出してやるといった海馬はきっちりと約束は守った。城之内に好きなようにしろと言い置いて、自分は対して計画には加わっていない。もちろん、金銭的な相談には乗ったが……。 城之内がしたことは、花見の場所での食事や飲み物を手配することだった。 春爛漫とはいえ、まだまだ肌寒いため長時間花見をすることはできないが、楽しむための準備は必要だ。その準備の品が城之内の指示によって参加者の手に下げられている。 「綺麗だなあ……」 見上げる先にあるのは、一面のピンク色。幾重にも枝が重なって薄い色である花弁が濃い紅色に見える様は圧巻だ。 城之内はぼうっと見惚れる。その横で静香も兄妹らしく同じような顔をして頷いている。 「本当に、綺麗だな」 城之内の後ろから、新一はため息のように漏らす。 自分の国では見た事のない木の花。 可憐で儚い風情を見せつけているのに、強い意志のようなものが伺えて不思議だ。 「なあ、キッドもそう思うだろ?」 新一は背後を振り返って楽しそうに同意を求めた。 「ええ。美しいですね」 新一の側にいるのが当たり前のキッドは、新一に笑いかけられて目を細め穏やかな顔で当然の如く同意する。が、その目は新一こそがこの世で一番美しいと思っていることを、知りたくなくてもこの場にいる誰もが知っている事実だった。 普段誰に対しても無口で無表情であるキッドが、新一の前でだけ人間らしい表情を現す。その様が実に微笑ましい、と思っている人間は城之内兄妹だけだ。 「見せてくれてありがとう、城之内」 新一はキッドから城之内に視線を移し、にこりと花のように微笑んだ。 「へへ、喜んでもらえて良かった。絶対新一に見せようと思ったんだ!こういうの好きかと思ってさ」 照れくさそうに頬を緩める城之内と新一の会話に、春らしい暖かで朗らかな空気が漂うが海馬の一言がそれを崩す。 「いい加減準備したらどうだ?お前の指示がないと皆いつまでも荷物を持ったままだぞ?」 ため息を付くように言われて城之内は、怒るよりもはっと気づく。 そう、この花見は城之内が計画を立て準備し皆に荷物を持たせているのだ。指示を自分が出さなければ何も始まらない。花見はこれから存分にすればいいのだ。まず、準備をしなくてはならない。 「ごめん。えっと、まず、下に敷物を引いて。……海馬とモクバがもっているやつな。それを広げて……、ビニールの敷物の上には薄目の絨毯引いて二重にして。そうすれば下から冷え込まないから」 昨日下見に来ている城之内は一番良い枝振りをした桜の木をすでに選んでいた。だからその下に敷物を引くように指示をする。 「で、敷物の上に荷物置いて、風で飛ばない内に。……そうそう、それでお弁当広げて。飲み物はたくさんあるから出すし、座って」 城之内の言うがままに一行は動いた。 敷物は海馬とモクバが引いた。持ってきた人間がそれの担当らしい。 食べ物を用意した城之内兄妹が、タッパに詰め込まれたお弁当を中央に広げた。 飲み物と食器を持っていた新一とキッドが袋からそれらを取り出してお弁当の横に置く。 城之内が用意した飲み物は、ワインとビールと日本の花見には欠かせないとネットで調べた日本酒と保温の瓶にいれてきた紅茶と珈琲だ。食器はカップに皿。使い捨ての紙製なら手軽であるが、資源の無駄使いをしないことと、食器から飲んだ方がより美味しいからという理由で重いが持参だ。紙のコップから飲み物を飲むと紙の味がする、と城之内は思う。ちなみに、その意見は聞きはしないが皆の共通意見であったから誰も文句など言わなかった。別の意味で贅沢な人間ばかりだ。 飲み物用のカップの3つにワインを注ぎ、残りの3つには城之内がいれてきた暖かい紅茶を注ぐ。静香とモクバと新一は未成年だから一応ワインではなく紅茶だ。後で味見に少しばかり酒が入っても怒る気はないが、最初は肝心だからと年上らしく城之内は思う。 それぞれのカップと食べ物の取皿も前に置いて準備完了だ。 「準備できたよな。それでは、有限会社さんたくろーすの花見を始めます。これは会社の慰安行事の一つです。社長が経費もってくれるっていうからな。存分に飲んで食ってくれ。……と、社長から一言、何かあるか?」 幹事よろしく城之内は立ち上がり挨拶らしいものを述べる。そして思い出したように海馬に振った。 海馬は城之内らしい調子良さに肩をすくめ息を吐く。そして少しだけ眉をひそめると社長らしく宣った。 「特にない。明日の仕事に差し支えない程度にな」 愛想はないが、社長としては上出来の部類であろう挨拶だ。 「じゃあ、乾杯!」 城之内の元気な号令に、互いに乾杯と言いながらカップをあわせ口を付ける。 「たくさん用意してきたから、好きに食べてくれよな」 城之内の勧められるままに料理を皿に取り、まずはモクバが味見をした。モクバが取ったのは香辛料が効いたチキンと野菜が挟んであるサンドウィッチだ。パンも厚めのライ麦パンでソースはマヨネーズに胡麻が加えられた一品だ。 「旨ーい」 モクバは味わうように租借して、こくんと飲み込み一言で誉めた。 「このチキンの焼き具合最高。兄さんも食べてごらんよ」 にこりと兄に向かって笑いモクバは進める。海馬も広げられた中から一つ取り食べる。それはトマトやレタスがふんだんに使われ生ハムが豊富に入ったものだ。ソースにはバジルとセロリが入っている。 海馬は、無表情のまま味わうと素っ気ない口調で彼らしい感想を述べた。 「まあまあだな。お前にも特技があって何よりだ」 「海馬、もっと何か言えない訳?らしいって言えばらしいけどさー。まあ、社長さんに期待なんてしてないけどさ。……ああ、新一もキッドも遠慮せず食え」 舌打ちしながら海馬を見やって文句を言うと城之内は、まだ食べていない新一とキッドにも皿を押しつけるようにして勧めた。そうしないと彼らはあまり食べないからだ。新一はしっかりと食べているのかと疑いたくなるほど小食だしキッドは自分たちの前ではなぜか食べない。キッドに信用されたいないのかと一時は思ったが、それが彼のポリシーらしいと今では城之内は理解している。キッドはいついかなる時も新一を守れるような体勢でいるのだ。こういった場所で物を食べていては何か起こった時対処できないとキッドは考えているのだろう。 「どうぞ。下拵えは昨日からして朝一番で作ったので味はそれなりに保証しますよ」 静香が邪気のない笑顔で更に勧めた。この中で料理上手と認識されている城之内兄妹の作った料理である。見てくれも味も保証されていた。 「ありがとう。いただきます」 新一はそう言って手近にあったサンドウィッチとサーモンのマリネとフライドポテトを皿に乗せた。そして玉葱のスライスとサーモンをフォークで一緒に取り食べる。 「味が浸みていて美味しいよ城之内。静香さんも、ありがとう。……ほらキッドも」 満面の笑みで城之内と静香に返し、新一は自分の隣で寡黙なままのキッドの口へフライドポテトを差し出しだ。新一に、あーんと食べさせるように微笑まれてキッドが断れるはずがない。当然だが、小さく口を開けて租借して食べた。そして、新一に優しい表情でありがとうございますと言うと、城之内と静香にも頭を下げながらありがとうと感謝を述べた。 そのあまりに現金なキッドの様子を城之内兄妹は唖然と見守り、次いで二人とも首を振り、どういたしまして、と笑った。 多分、自分達は見せつけられているはずなのだが、怒りも羨望も全く沸いてこない。どちらかといえば、嬉しい感情が胸に溢れてくる城之内兄妹は根からの善人だった。その様をちらりと横目で見て何も言わない海馬兄弟は善人というより、今更何もいう気にならないからだろう。 なにせ、駆け落ちした二人を抱え込んだのだと海馬には最初から自覚がある。 「人のことはいいから、ひとまず食え」 眉間にしわを刻みながら海馬は自分達は食べずに人に進めてばかりいる城之内と静香を睨む。その心配しているというのに睨むしかできない不器用さを持った兄を弟のモクバは心中で苦笑する。 「そうだよ、食べてよ。ね?」 モクバも横からフォローする。その海馬兄弟の態度の違いとコンビネーションの良さに、やはり城之内兄妹も小さく笑いながら、わかったと頷き食事を始めた。 |