サンタクロースがいる街は自然豊かな国のこれまた森に囲まれた辺境にある。 高い針葉樹に覆われた森に青い湖のある国はとても美しい。 何もないが、夏は涼しく緑濃い木々が目を楽しませ冬は一面の銀世界だ。 雪に覆われた森や平野は白い衣装を纏ったように姿を銀色に変える。太陽がある昼間は光輝く銀色の世界でまるでこの世界ではないようだ。夜は月が冴え渡り星の輝きとともに青く神秘的な世界に変わる。 サンタクロース。 別に本当にトナカイをソリに綱いで夜空を翔てプレゼントを渡す訳ではない。それは御伽の国の話だ。 この街にいるサンタクロースは歴とした営利団体だ。 サンタクロースが慈善事業で行えるのは、多くのボランティアと寄付がなければできないのだ。 であるからして、世の中の需要と供給のなせる技、「有限会社・さんたくろーす」がこの街に存在した。 クリスマスを過ぎれば、暇であるという訳ではない。 確かにかき入れ時はクリスマス、12月だ。年間売り上げのほとんどと言っていい。が、だからといって他の月に仕事がないはずがない。会社なのだから。 クリスマスが終わった瞬間から、来季のクリスマスの準備が始まる。 どんな商品を打ち出していくか。 新商品開発。 それが決まれば、工場との打ち合わせが待っている。 今季の集計と売り上げから損益を出して、在庫になったものや今後の売り上げが見込めないものは来季発売中止になる。 オフシーズンといえども、やることはたくさんあった。 もちろん12月の残業続き、休日なしの多忙さとは違い定時上がりの仕事量であるのだが。 一社員である城之内は忙しく働いている方が性にあっているから、やることがある方がありがたい。暇であると、反対に困る。思わずオフィスを掃除したくなるくらいだ。そういった時はガラス磨きが一番時間つぶしが効く。 「けどさ、何で今月がこーんなに忙しいんだ?」 城之内は、パソコンに向かいながら注文をチェックし在庫を確認して売り上げるため作業をしている。 「忙しい、いい事ではないか。その分売り上げが増えて会社も安泰だ」 「そうだけなー。俺も職をなくさずに済むし……」 城之内は吐息を付いた。 この不況の時代、売り上げが鰻上りなんて大歓迎だ。リストラにあわずに済む。城之内はちらりと海馬を横目で見つめた。 社長の海馬は机の上のパソコン画面に目を走らせて、メールチェックをしているようだ。 「不満か?」 「とんでもない、全然そんな事ないです、社長」 片眉を上げて文句があるのかと無言で威圧してくる海馬に城之内は首を振った。 「でも、休憩していいか?ちょっと疲れた」 「ああ。珈琲頼む」 「了解」 城之内は席を立ち、簡易キッチンへ向かう。そこでお湯を沸かして珈琲を入れる。インスタントではなく、一応ペーパードリップでしっかりといれた。豆の良い香りが室内に満ちて鼻をくすぐる。 「ほら、珈琲。これは、ついで」 城之内は海馬の机に珈琲カップを置いてその横に小さなキューブ型のチョコを置いた。お得意さんからの貰い物だ。そういう城之内は自分用に小皿にチョコを多めに持ってきている。 「珈琲にはチョコ美味しいし、あうだろ?疲れているんだから、甘い物補給しておけよ」 「ふん」 城之内の気遣いに海馬は文句を言わなかった。 甘いチョコを口にして珈琲を飲む。口中に広がる苦みと甘みが疲れを癒す。甘い物はすぐにカロリーになるから、疲れている時ちょうどいい。 「それにしてもさ、こんなに売れるなんて思わなかった……」 「……思ったよりは、売れたな」 当然だけれど、と海馬は素直に認めながらも自信家の社長らしい言葉を忘れない。 なぜ、この2月が忙しいのか。 それは、ヴァレンタインとホワイトデーという行事のために他ならない。 有限会社さんたくろーす。社名からわかるように、クリスマス商戦を生き抜く会社だ。が、それだけで終わらないのが「企業」だ。売れる事ならどんな事でもする。オフシーズンに売れるものがあるなら、売るのだ。 今年その行事にあわせた商品が「メッセージ・ベア」だ。 ヴァレンタインには、親しい間柄でカードや花や贈り物を、とキャッチフレーズに乗り、声でメッセージを届けようというものだ。 クマのぬいぐるみに録音機能を内蔵させた代物。それが「メッセージ・ベア」だ。子供には「お話くまさん」とも呼ばれている。 そのクマのぬいぐるみを親しい人に贈るのだ。 孫の声を吹き込んで祖父母へ贈ったり、遠方にいる人や滅多に逢えない人に贈る方法を会社から提案して発表したせいで今売れている。 クマだけでなく、ついでにお菓子も付けた贈り物。 普遍的な美しいカード。 カードの代筆(各国の言葉に対応。もちろん美しい文字) ホワイトデーには「プロポーズ・ベア」がまた大活躍らしく、注文待ち状態だ。 サンタの衣装を着たクマが普通の服に変更され、白い袋は変わらずありそこにプレゼントを入れるのだ。 現時点であるものを使い回し、変更する部分は変更する商魂逞しい商売方法だ。 おかげでそれ程新商品開発にお金をかなくとも、商品が売れて万々歳だ。結果オーライだ。 このご時世に、本当にありがたい事である。 今回当たったから、来年もこのシーズンには商品を出して稼ぐんだろうな、と思うと城之内は嬉しいような困ったような複雑な気分を味わった。 多忙な事が厭わしい訳ではない。 働くことは嫌いじゃない。 でも、別に歩合性じゃないから、給料は変わらないんだよなあ……。 そうすると、帰るのが遅くなる分妹に会う時間が減るし。 妹を家に一人にするのは好きなじゃない、と人が聞いたら変わらないシスコンぶりに苦笑するような事を真面目に思った。 兄であるけれど、気分は父親でもあるのだ。 だって、たった二人で生きて来たんだ……。 苦労も貧しさも暖かさも穏やかさも全て二人で。 「あー、ヴァレンタイン乗り越えて、プロポーズ・ベア売って……。けど、それが終わっても3月末は決算なんだよ。当分忙しいよなあ……」 城之内は今後の予定に肩を落とす。 「……それが会社だ。仕方なかろう」 「うん、わかってる」 海馬の揶揄するような言葉に、城之内は反論しなかった。 本当に、仕方ない。自分でもわかっているのだ。仕事があるのがどれだけ幸福なことか。 己のような才能も学力もない人間がそこそこの収入を得ている。 間違いなく、城之内の年齢で学歴でもらえる金額より多い。 「……3月はプロポーズ・ベアが中心でそれ以外はあまり出荷する商品はない。仕事量を見れば、決算までの準備は早い方がいいが、少しくらい休暇を取っても大丈夫だろう」 どことなく気落ちしている様の城之内に、海馬が思いも掛けない言葉を切り出した。 「……え?休暇、取っていいのか?本当に?」 「ああ」 目を見開き驚愕を露にする城之内に海馬は内心苦笑する。 そんなに驚くような事なのか、と。 城之内にとってみれば、海馬がなぜそのような優しい事をいうのか理解できないのだ。明日は槍でも降るかもしれない。海馬が聞いたら機嫌が下降して休暇を取りやめると言い出しそうな事を考えた。 能率を上げるためには、休暇は必用だ。 それほど忙しくない時期なら、休んでも問題はない。 海馬はそう考える。 社長しての海馬が一社員の福利厚生や健康・精神状態まで考えている、という事が一番驚く事だと、海馬を知る人間は思うに違いない。もっとも、ほとんど毎日オフィスで顔を付き合わせているのだから、わからない方がおかしいだろうとも言える。 「へへ、そっか。ありがとう、海馬」 城之内は笑顔でお礼を言う。 休暇。会社の休日ではなく、有給を取ってもいいということだ。 静香と二人ゆっくりできる。 嬉しくない訳がない。 これからの仕事にも身が入るというものだ。 嬉しさが顔に真正直に出る城之内を、海馬は口元だけを緩ませて頷くと黙って眺めていた。 |