「有限会社さんたくろーす」6





「乾杯」
「……ああ」
 かちりとグラスを軽くあわせて海馬と城之内は今日の仕事を労った。
 隣のモクバと静香のグラスはミネラルウォーターだ。いつもの事なので、仕方ないねと互いに苦笑しあっている。そこには別に不平などなかった。兄の存在は彼らにとってもたった一人の家族で大切なん存在なのだ。家族二人で世間を生きて行く苦労というものを心の底から理解している。自分達のために身を粉にして働いている兄をしっかりと尊重していた。
「仕事の後だから、格別に旨いな」
「お前にこの上等な味がわかるのか?」
 満足そうに頬を緩める城之内に海馬が目を細めてからかった。
「こんくらい、わかるっ」
「ほう」
 海馬は肩眉を上げて、向きになる城之内を見返す。負けずに城之内も剣を含んだ口調でクソ社長と呟いた。
「あ、海馬さん。いつもお仕事ありがとうございます」
 口喧嘩というより、ただのじゃれあいの会話に静香は思い出したようにぺこりと頭を下げた。
「いや。俺はただ仕事のできる人間に依頼しているだけだ。気にする必用はない」
 海馬はそっけなく言い返す。
 しかし、静香はその平坦な物言いも気にならなかった。だから、もう一度ありがとうございます、と笑顔で返した。
 静香の仕事とは、クリスマスカードの英語版の依頼だ。美しい文字が要求されるこの仕事だが、英語が一番需要が多い。世界で使われている人口が一番の多いのだから当然である。必然的に英語の担当者は大勢になる。出来高払いのバイト要員をこの時期だけ雇うのだ。静香に回されるのはそのうちの一部に過ぎないが、身体が弱く家でしか仕事ができない身からすれば、ありがたい仕事だった。
 もちろん、城之内が務めている会社であるからというコネがあってこそだ。そのような事を静香はわかり過ぎるくらいわかっていたから、海馬に逢うといつも感謝の言葉は忘れなかった。
 静香に仕事を回してくれるのは、純粋に好意だ。
 城之内は妹の笑顔に海馬と言い合うのを止めて、モクバに視線を移し話を振る。
「モクバ、今回のゲーム面白かったぜ」
「そうか?」
「ああ。来年また改訂版出すって本当か?」
「もちろん。改良の余地はあるからな」
 モクバが作ったゲーム。それは『サンタクロースになって夢を運ぶ』ゲームだ。
 去年体験版がネット上で公開され話題になり、今年やっと発売になった。
 ゲームはネット配信型であるから、高額なハードやソフトを買う必用はない。つまり機種を選ばない。ネット上でゲーム画面にログインする権利を買うという形態である。だから、在庫を持つ必用がなくロスが全くない。ゲームにかける制作費といえば技術力とそれにかかる時間、人件費だけだ。
 それを、モクバが学生の傍ら作成した。
 まとまった時間は長期の休みを当て、それ以外は休日などを使用してほぼ一人で作成したゲームは天才プログラマーという名を欲しいままにしているモクバにとってみれば、決して難しいものではなかった。
 人気を博しているゲームの内容、それはサンタになるという体験ゲームだ。
 プレイヤーがサンタクロースになるという単純明快なゲームであるがなかなかに奥が深い。なぜなら、まずサンタクロースはサンタが住む街で子供に配るプレゼントの生産をしなくてはならないからだ。今時のプレゼントであるから、生産工場と打ち合わせたり、自身がそれに加わったりして必用な量を作る。
 サンタは街の運営もしなくてはならない。
 この街はサンタが町長のようなものだ。どこに役場や公園やメインストリートを置くか。工場を建て倉庫を作り、人を雇い生産を起動に乗せる。
 どこか市長になるというゲームを思わせるが、それで終わらないのが職業がサンタであるせいだ。
 クリスマスにはいよいよトナカイに乗りプレゼントを乗せて空を翔けるのだ。
 ルートを決めて、家を巡って一つでも多くのプレゼントを配らなくてはならない。
 ちなみに、トナカイを上手く扱ってソリを走らせなければならないのだ。これは、クリスマスまでに練習が必用だった。
 どこまでいっても、現代版のサンタクロースの姿であり夢や希望があるように見えないのだが、プレゼントを配るという点において唯一暖かな気持ちになる。
 プレゼントを配り終えると、後日子供からありがとうと手紙が届く。
 たくさんの言葉はゲームながらも、感動する。
 そして、最高点をマークした人間は本当にサンタからプレゼントが届くことになっている。
「最高点出した子供には、この間プレゼント送ったけど、結構がんばってるみたいだぜ?続々と結果が出ているもんな」
 プレゼントの配送は、当然城之内の仕事である。
 ネット上で最高点を出した人間が出ればチェックしてすかさずおめでとうのメールを送り、プレゼントの宛先等を返信してもらう作業がある。プレゼントはいくつか種類があって、選べるようになっている。決して高額ではないが売り物でもないため、ちょっとしたプレミアムだ。
「へえ、そっか」
「おう。メールでの感想やら質問やらはモクバに直接行くようにしてるけど、郵便で届く手紙は事務所でまとめてあるから、今度渡すよ。……それとも、取りに来るか?」
 全国から届く手紙がダンボールに入れられて事務所の隅に置かれていた。ゲームの発売が11月であったから、ゲームを攻略してから反応が返ってくるため時差が生まれ今頃から手紙などが届くのだ。
「そうだな、折角だから取りに行くよ」
 モクバはふと思案して、会社へ顔を出す事を告げた。
「ついでに、珈琲飲ませて」
 にこりと面白そうに笑ってそう言うモクバに城之内は苦笑する。そして、ああと頷いた。
 なぜだかモクバは城之内のいれる珈琲がお気に入りだ。この場合は当然ながらインスタントではなくしっかりとドリップしていれた珈琲のことである。
「じゃあ、この間美味しい豆見つけたから、それいれるな」
「そうだな、それなら土曜日に行くことにする。時間あるし」
 学生のモクバは休みだか、今が稼ぎ時の会社は休みではない。この月は休日など存在しない。
「いいぜ。美味しいお菓子も用意しとくし」
 城之内は好待遇を約束する。
 ゲームはモクバがほぼ一人で作ったのだか、彼はバイトのつもりらしく時給相当分しか報酬を受け取っていなかった。純然たる利益は会社に入っているのだがモクバは全く気にしていない。
 その欲のない態度を年齢に関係なく城之内は尊敬している。だから、会社に顔を出すのなら要求のあった珈琲だけでなくお菓子くらい付けるのは当然だった。
 城之内なりの労りといったところか。
「……それなら、モンテールのオペラとシェ・デュモンのアップルパイを買って来い」
 それまで沈黙を守っていた海馬が徐に口を挟んだ。
「は?何で?」
「何でではない。買って来い」
「……モクバのためのお菓子なんだけど、お前が注文を付けるのか?」
「モクバだとて好きな菓子だわ」
「あのさ、俺は美味しいチョコと焼き菓子を用意しようと思っていたの。この間見つけた珈琲にあうんだから!」
「つべこべ言うな。社長命令だ」
 しかし海馬はきっぱりと言い放った。
「お前、横暴だろ」
 付き合いやすいモクバと何が何でも自分の思った事を実行させねばならない海馬。本当にこの兄弟は性格が似ていないなあと城之内は思う。
「……了解しました、社長。……結局、お前が食いたいだけじゃねえか……」
 城之内は頷いた。が、ぶつぶつと小さく文句を呟く事も忘れない。
「城之内」
 それはもちろん海馬の耳にも入った。低い声で咎めるように名前を呼ばれるから、城之内は顔を歪めてぷいと横を向く。拗ねたような表情は小さな子供みたいで笑いを誘うほど微笑ましいものだった。それに笑みを浮かべたのはモクバと静香で、海馬は相変わらず眼光鋭く睨んでいる。もっとも見る人間からすれば、かなり機嫌が良かったとわかるのだが。
「わかったって。土曜日にはきっちりと用意しておいてやる。旨い珈琲もいれてやる。偶には働き過ぎの社長様も労ってやらないとな。そのうち倒れてもらっても困るし」
 城之内はしぶしぶと歩み寄った。
 実際休日もなく休憩もなく働いている海馬社長はいつ心労で倒れてもおかしくない程働き続けていた。
 妥協してやる、と城之内は自身にいい訳しながら、土曜日に思いをはせる。
 珈琲いれて、日持ちのするチョコや焼き菓子は前もって買って置いて生菓子はその日の昼休みに買いに出かけよう。メインストリートにある洋菓子店はいつも人で一杯だから昼休みの間に2件回るには少しきつい。が、できない事はないだろうと城之内は思った。
「お兄ちゃん、私も行こうか?休み時間に回るのは大変でしょ?」
 城之内の考えなど、筒抜けであるのか静香はそう提案した。普段は家にいる静香であるから、人で込まない朝のうちに買うことができる。
「でも、静香」
「大丈夫よ、お兄ちゃん。それくらい私だってできるわ。いつも買い物に行く途中ですもの。買って届けるから、お昼休み待っていて」
 静香は笑って兄を見上げた。
「サンキュー、静香」
 妹の気づかいに城之内は目を細めて微笑みながら静香の茶色い髪を撫でた。
「このくらい、当たり前。だって私達兄妹なんですもの。協力するのは当然でしょ?」
 兄の役に立てる事が嬉しいのだと静香は微笑する。
「静香……」
 城之内は静香を見つめた。
 あっと言う間に二人の世界が出来上がる。
 この兄妹は、本当に仲がいい。兄妹とは思えない程仲がいい。良すぎる程だ。
「……その辺にしておけ。料理が来たぞ」
 海馬は見つめ合う城之内兄妹に釘を刺して、店員が皿を持って現れた事を告げた。すぐに皿が並べられて暖かな湯気と美味しそうな香りが鼻をくすぐる。
「旨そうだな」
 テーブルに並んだ料理に上機嫌になった城之内を海馬は目の端で認めると、
「頂くか」
 と言って食事を始めるように促した。
 その後美味しい料理に舌鼓を打ち、4人が満足したことは言うまでもない。
 
 
 


「こんにちは」
「おう、お帰り。どうだった?」
 仕事を終えて事務所に報告にやってきた新一は笑顔の城之内に微笑み返した。キッドは新一の背後にいつもの如く控えている。
「無事に終わった」
「へえ、それは良かった。けど、メッセンジャーだろ?本当に、大丈夫だったのか?危ないことなかったか?」
 心配そうな城之内に新一は安心させるように笑う。
「ああ。心配してくれてありがとうな、城之内。でも、本当に大丈夫だった。いい仕事だったよ」
「そうなのか?」
「海馬社長に、感謝したいくらいだ」
 そう言うと、同意を求めるように背後のキッドに笑いかけた。キッドも薄く微笑んで頷く。
 綺麗な笑みを浮かべる新一は嘘を言っているようには見えなかった。
 感謝したいくらいの、仕事とは何か。どんなメッセンジャーであったのか興味が沸いた。
「……何したんだ?」
「……天使になって来た」
 答えはあっけないほどにきっぱりとしたもので、疑問の余地もない程楽しそうだった。
「そっか」
 城之内はそれ以上突っ込むのを止めた。
 仕事はある意味守秘義務があるものだ。
「報告に来たんだけど、海馬社長は?」
 室内を見回して海馬がいないことを新一は問う。
「あ、今打ち合わせで出てる。そのうち帰って来るから、待っていれば?」
「そうだな、そうするか?キッド」
「そうですね。出直すには手間ですし、外は雪が降っていますから待たせて頂きましょう」
 珍しくキッドも留まることに好意的だった。普段新一の言う事が全てあるようなキッドだが、今回もあまりの寒さに新一の体調を考えたらしい。今日は朝から吹雪いていた。
「そこ、座って待っていて。ついでにお茶していかないか?今日はモクバも来るし、そのうち静香も顔出すからさ」
 約束の土曜日。もうすぐ昼休みになるから静香が洋菓子を持って現れる。モクバも昼くらいに来ると言っていた。海馬もすぐに戻ってくる。
 これだけのメンバーで顔を逢わせる機会は滅多にないだろう。
 城之内は新一とキッドを是非お茶に招待したくなった。
「……いいのか?」
「いいさ、大歓迎。偶にはここでゆっくりくつろいで行くのもいいだろ?」
 城之内の本心からの勧誘に新一はにこやかに承諾した。
 
 
 
 有限会社さんたくろーすのオフィスは今日も賑やかだ。
 



                                               END
 
 



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