「有限会社さんたくろーす」2




「工藤、仕事だ。ここへ行ってくれ」
 海馬は新一に書類の入った封筒を渡した。
「わかった。仕事内容は?」
「詳しいことはこれに書いてあるが、指定された場所に行ってメリークリスマス!と言えばいい」
「……?そうなのか?」
「そうだ。キッドも一緒でいいから、連れて行け。ついでに彼には余興でもしてもらえ」
「キッドも?」
「ああ」
 新一は背後に立つキッドと呼ばれた青年を振り返り、どうすると問いかけた。
「構いませんよ」
 青年はにこりと笑う。
「そっか。余興も?」
「ええ。適当に楽しませてこればよろしいのでしょう?社長」
「そうだ」
 海馬は鷹揚に頷く。それにキッドは、わかりましたと答えた。
「何、それ?どんな仕事なんだ?」
 そんな中、城之内は目の前で交わされた会話に疑いを覚えた。メリークリスマスって言えばいいって何だっていうのだろう。
 怪しげな仕事でもさせるのではないかと不安に襲われる。
 第一そんなに簡単に内容も聞かず引き受けていいのか、新一……と城之内は心中叫ぶ。
 相手は海馬なんだから、もっと疑えよ。自分のことではないが城之内は心配になる。
「いかがわしい事ないのか?大丈夫なのか?それ」
 城之内は海馬に詰め寄った。
「……馬鹿者。ただのメッセンジャーだ」
「メッセンジャー?……新一が?」
 城之内は首を傾げる。
「だから、……工藤もちょうどいいから聞いておけ。依頼があった先へ……例え世界中のどこへでもだ……赴いてメリークリスマス!加えて依頼主のメッセージを伝えるのだ。簡単だろうが」
「……そうですね、簡単ですね」
 新一は海馬の説明を聞いて確かにと頷いた。全く疑わない新一は世間知らずだ。
「違うだろ?新一、何でなのか聞けよ。新一が行く理由を。怪しいだろうがっ」
 メッセンジャーという仕事はある。
 確かに、ある。
 サンタクロースの格好をしてカードを届けたり、メッセージを言付かるのだ。大抵そういう仕事は依頼のあった地域にある支店からアルバイトを雇ったりして行われる。1件だいたい50ドルから100ドルくらいが相場だ。
 わざわざ新一にやらせる海馬の意図が全く読めない。
「えっと、理由?海馬社長、何ですか?」
 城之内の気迫に押されて新一は問うた。
「これは、スペシャルメッセンジャーだ。特別料金だ。工藤の取り分は、その書類に書いてあるように半分だ。そして今回の料金は1万ドルだ。移動費は別途支給。詳細はそこに記入してあるわかったか?」
「1万ドル?そんな大金いいんですか?」
 1万ドル、暴利だと思われるもみの木の倍の値段だ。
「いい」
 さすがに、少し疑問に思ったらしい新一は金額を聞き返した。が、海馬は即答する。
「待て。絶対変だろ、それは!キッドも何か言えよ」
 城之内は叫き立てると、新一の背後に佇む青年を睨んだ。
 彼は新一を大層大切にしていて、彼しか大事ではないのに、あまり口を出さない。もし、新一に何かあったらただではおかないくせに……。
「……社長、危険性はないのでしょう?」
 キッドは顎に手を当てて思考すると、ふと海馬を見つめる。
「ないわ。お前がいるからそんなものある訳なかろう」
 さも、当然と海馬は言い放った。
「そうですね」
 キッドも心得たものなのか、納得した。
 時々、城之内はこの二人は似たもの同士ではないかと思う時がある。
 思考回路というか、精神が究極であるところだとか。
「キッドがいいなら、問題ないな。海馬社長、行ってきます」
「行って来い」
「はい、キッド、行こう」
 新一はキッドに微笑んで部屋を退出するよう促す。そして、振り返って城之内に笑いかけた。
「城之内、ありがとう」
「え?ああ、いいって」
 面と向かってお礼を言われると照れくさいものだ。
「あまり、無茶するなよ。妹さんによろしく」
 新一はにこりと綺麗な微笑みを残して手を振って去っていった。
「……」
 城之内はそれを無言で見送る。そして海馬の顔を覗き込む。
「なあ、本当のところ、何でそんな高額なメッセンジャーなんだ?」
「お前なら、サンタクロースの扮装をした白髭のジジイにメリークリスマスと言われるのと、大天使もかくやと言われる美貌の主に微笑まれてメリークリスマスと言われのとどちらがいい?」
「……そんなの選ぶような事なのか?……っていうか、新一は、それな訳?」
 滅多にお目にかかれない美貌の主に笑顔を向けられて嬉しくない人間などいない。新一は正に打ってつけの人材だ。蒼い瞳も漆黒の髪も白い肌も華奢な身体も全てが美しいもので出来ている。目の前でふんぞり返っている海馬も蒼い目の美丈夫だけれど、生憎こんな尊大な人間に笑って祝福するのは無理な話だった。それに、海馬は誰彼も人を頭上から見下ろすから、絶対にそんな事できないし似合わないと言えた。
「世の中には、金が腐る程持っている人間がいるものだ。特上のメッセンジャーを頼んでみたい酔狂な暇人がいるものだ。わかるか?」
 まるで小学生に教えるように海馬はさも楽しそうに説明する。
「うわ〜、わかりたくないけど、わかるかも。あの新一に微笑まれて祝福されたら、幸せだよなあ。うっとりとする。来年もいい年なような気がする……それでも、1万ドルは暴利過ぎないのか?それじゃあ、詐欺だろ?」
「詐欺なものか。両者納得の価格だ。世界中どこへでも、天使が飛んでくるなんて安いもんだろ?どうだ?」
「……天使?あ、お前まさか?」
 城之内は気付いた。
 そう、スペシャルなのだ。大天使のメッセンジャーという触れ込みらしいのだ。ということは、当然ながらそういうオプションが付いているのだろう。
「天使の衣装とか着せちゃったりするのか?」
「当然だ。このために素晴らしい衣装を用意してある。純白の布は軽くて暖かく何枚も重ねていてドレープがたっぷりと出ている一級品だ。天使の輪まであるぞ。装飾品は借り物だが全て本物だ」
 にやりと海馬は人が悪い笑みを浮かべた。
 やるなら徹底的だ。
 この男の考えることは理解できない、と城之内は思った。
「わざわざ装飾品借りたのか?本物って宝石とか?そういうのレンタルでも高く付くんじゃねえのか?普通保険とかにも入るだろ?」
 城之内とてそのくらいはわかる。
 本物の宝石を借りるのは法外な値段だ。
 イミテーションなら大したことはないが、天使が付ける宝石なんてそれなりな大きさがないと意味がないし派手ない。高級品でなければ新一にも似合わないだろうし。
「……大丈夫だ。借り先は工藤だからな」
「……!海馬、お前さあ……」
 なんとなく、城之内は疲れてしまった。
 そうだった、そうなのだ。きっと海馬はその自慢の頭脳で計算をしたに違いないのだ。
「仕事は仕事だ。工藤に相応しい仕事だろ?宝飾品のレンタル料も払うしな。……これであいつらも十分な報酬を得ることができるだろ」
「だな」
 城之内は、思う。
 こういう時だけ海馬が実は優しいのではないか、と。
 何を言っても自分を雇っている事実がそれを如実に物語っているともわかっている。嫌なら海馬は無言で首にするのだから。無能な者に支払う金などないわ、という台詞で止めていった人間が過去にいた。
「俺は実力のある人間なら訳隔てなく使う。それだけだ」
 新一は名字が工藤という。実はさる国のやんごとなき人だ。工藤家といえば、とんでもない家系の人だ。それが何故こんな場所でこんな仕事をしているかと言えば。答えは簡単。新一の側に付いているキッドとただいま駆け落ち中なのだ。
 キッドは実は名の知れた怪盗で一国の王子様とは身分違いも甚だしい相手だった。しかし二人は恋に落ちてしまい、駆け落ちの末現在この街で暮らしている。
 この会社で働きその金でひっそりと生活している二人は、追手から逃れるように隠れるように暮らしている。普段の仕事も人前にあまり出ないものをこなしている。それなのに、この仕事は大丈夫なのだろうか。
「なあ、新一、ばれたりしないのか?」
 城之内は、とても不安な気持ちになった。
 顔を出す機会が増えれば、本国に知れてしまう。
 追手に見つけられて、連れ戻されたりしないのだろうか。
「俺がそんな馬鹿な人間に見えるか?天使の格好をしてると言っただろ?見ただけではわからんわ。それにそうならないようにキッドが付いている。あいつが付いている限り危険はないと言えるだろう」
 海馬がキッドを信頼していると考えていいのか、悩むところだ。
 そうは言っても海馬は人の実力や能力を客観的に認める事ができる人間であるけれど。
「そうだよなあ。キッドがいるから、大丈夫か。何かあればあいつのマジックでどうにでもなるだろうし……」
 城之内は安堵の息を漏らす。
 大切な仲間である新一が、いなくなってしまうのは辛い。
 幸せになっているとわかっているなら別れても我慢ができるが、引き離されたりして嘆いているかと思うとやるせないものだ。
「……人の心配してばかりだな、城之内」
 そんな城之内を海馬は穏やかな目で見下ろした。
「行ってくる」
 城之内が何か言う前に海馬は上着を取って部屋を横切りドアを開けた。そして振り返って意味ありげに口元を歪ませる。
「帰ってくるまでに、仕事を済ませておけ。……偶には飯を奢ってやる」
 そう言って城之内の返事も待たずに背中を向けた。その後ろ姿を城之内は目を丸くして見送った。




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