「有限会社さんたくろーす」1




 サンタクロースがいる街は自然豊かな国のこれまた森に囲まれた辺境にある。
 高い針葉樹に覆われた森に青い湖のある国はとても美しい。
 何もないが、夏は涼しく緑濃い木々が目を楽しませ冬は一面の銀世界だ。
 雪に覆われた森や平野は白い衣装を纏ったように姿を銀色に変える。太陽がある昼間は光輝く銀色の世界でまるでこの世界ではないようだ。夜は月が冴え渡り星の輝きとともに青く神秘的な世界に変わる。
 そんな街の12月はサンタクロースを生業としている者にとって多忙なのは必然だった。
 サンタクロース。
 別に本当にトナカイをソリに綱いで夜空を翔てプレゼントを渡す訳ではない。それは御伽の国の話だ。
 この街にいるサンタクロースは歴とした営利団体だ。
 サンタクロースが慈善事業で行えるのは、多くのボランティアと寄付がなければできないのだ。
 であるからして、世の中の需要と供給のなせる技、「有限会社・さんたくろーす」がこの街に存在した。
 


 
「なあ、これってすっごくぼってない?」
 金髪の青年が琥珀の瞳を丸くして訴えた。相手は大きな机で書類に目を通しているこの会社の社長だ。
「なあ、海馬ってば」
「煩いわ。……どこもぼってなどいない。当然の値段だ」
「どこがだよ?なんでもみの木1本が5千ドルなんだよ?もみの木なんてそこらに生えていて只同然じゃねえかっ」
「ふん、世界中どこへでも届けるのだ、送料がかかるわ」
「どこの世界に5千ドルもかかる送料があるんだよ?」
「ここだ」
 偉そうに断言する男に金髪青年は肩を落とした。
 わかってはいるが、むかつく。
 このオフィスは「有限会社・さんたくろーす」の拠点だ。つまり本社である。
 支店が世界各地に点在して人材が派遣されているのだが、その中心本社に位置し経営をしているのが代表取締役である、海馬瀬人である。
 そして、この会社の一従業員であるのが、金髪青年である城之内克也だ。
 これでもこの会社の売り上げは年商300万ドルだ。
 そして、利益率が高い。
 本当に、高い。
 どの会社でも人材費が一番かかるというが、この会社は真面目に人材費つまり社員の給料、賞与、福利厚生にしかお金をかけていなかった。
 設備費だとか投資だとか様々なものが一切いらなかった。
 このオフォスも借り物だ。支店のオフィスもビルの1室を借りていて派遣されている社員も大体2名ほど。それ以外はその時必用なだけアルバイトを雇う。
「城之内。何を貴様が言っても売れているだろう?結果を見てみろ」
 そう、もみの木はすでに80本程売れていた。
 これは100本限定なのだ。残り20本とパソコン画面に写る会社のホームページに煽るように載っていた。
「何でだ?おっかしいだろ?」
「おかしくなどない。100本限定であり、このサンタクロースの街から本物のもみの木の出荷を保証している。もみの木も3メートルほどの立派なものだ。飾り付ければかなり見栄えがするだろう。世界各地にはそういうものにお金を使う企業も個人もいるのだ。5千ドルの中には飾り付けるためのクリスマスセットがイルミネーション用の電球と共に入っている。それがを世界中どこへでも届けるのだ。付加価値があるとは思わんか?」
「……金持ちの考えることってわかんねえ。正気の沙汰とも思えない」
 城之内は疲れたようにため息を漏らす。
 そんなもののために、5千ドル。自分だったら何に使うだろうか。もっと有意義に使う、否、貯金だろうな……。
「今回の目玉だ。100本売れば50万ドル。まあまあだな」
「何がまあまあだっ。暴利だ。絶対暴利だ」
「それで飯を食っているくせに、何をほざく?そこから貴様の給料が出ているのだぞ?わかっているのか?」
「わかってるって。だからこうして働いてるじゃん」
 城之内は子供みたいに唇を尖らせる。
 彼がこの会社で働き初めて早3年だ。
 つまり海馬との付き合いも3年になる。
 性格と口が悪い社長との付き合いにいい加減諦めも付くというものだ。
 夢や希望があるのかなどと思った職場だけれど、実際は名前ほどメルヘンではなかった。さすが営利目的の会社だ。儲からなければ、会社は倒産するしかないのだから、売り上げを目論むのは仕方ないものかもしれない。
 もみの木は今年の目玉商品だが、それ以外でも様々なことをやっていた。
 この時代だからこそ、ネットで世界中から注文が届く。
 昔は手紙で申し込まれた先へカードを出していた。
 サンタクロースから届くクリスマスカードが目玉だった。大概親が子供へ送るものだった。国際郵便だから、手紙は届くまで時間がかかった。航空便なら良いが船便なら何ヶ月も先に出しておかねばならなかった。頼んで届くまで時間がかかる、それが情緒はあっても効率が悪く倦厭されていた理由だ。
 現代は、それがネットでできる。ネットでなら対応は瞬時だ。
 ネットから申し込まれた、まるで通販のような形態を取るカード。
 カードはこの街の消印が必用だから、ちゃんと郵便で届くし航空便であるから早い。
 カードだけでなく、詰め合わせもある。クッキーやドライフルーツケーキなど日持ちのする焼き菓子の詰め合わせが人気が高い。お菓子の中に小さなトナカイのマスコットが付いている少し高めのセットが一番の売れ筋だ。
 ぬいぐるみも根強い人気があり、サンタクロースやトナカイは当たり前だが、クマまである。クマがサンタの扮装をして白い袋を背負いその中にプレゼントを入れるタイプだ。ここに女性への指輪など入れてプロポースするのが流行らしい。らしいというのは、そのような事をした人物がお礼の手紙を寄越したからだ。
 それは噂になり、願いを叶えるクマとして雑誌にまで取り上げられてぬいぐるみの中で異彩を放っている商品だ。
 ちなみに今「プロポーズ・ベア」というのがクマの名前になっている。
「それで、仕事は終わったのか?」
「今やっているって。でも、こっちは片づいたぜ」
 城之内は申し込みされたカードの郵送作業をしていた。ダンボールに山積みされた手紙の山が彼が仕事をしていた証拠である。
 カードは手書きでなくてはならない。
 心がこもっていると思わせるのがポイントだ。
 だから、子供に送る場合読める文字であるというのが基本だ。一応7カ国語対応になっている。そこから親は選ぶのだ、子供が読める文字を。
 文字は当然ながら美しくないとならないから、そういった人物をアルバイトとして雇っている。城之内がやっていた郵送作業はそのカードの確認と発送するための手続きだ。
「ふん。しかし遊んでいる時間はないぞ、まだまだ次がある」
「わかってるって」
 やることは山のようにあるのだ。
 基本的に、この会社は季節業だ。
 もちろん企画や準備やオフシーズンにやることもあるのだが、このクリスマスというかき入れ時以外にほどんど売り上げる季節はない。
 年中クリスマスの店が世の中にはあるほどだし、暇人の中には真夏であろうとクリスマスのグッズを必用とする者もいるが、まず間違いなく12月の売り上げがこの会社の年間売り上に相当した。
 この売り上げで社員をまかなっているのだ。
 どんなに忙しかろうか、寝る暇がなかろうが社長に虐められようがこの会社にいるのなら我慢しなくてはならないのだ。嫌なら止めろ、これが社長の決まり文句だ。
 城之内はこの会社を止める気など更々なかった。彼には身体の弱い妹がいる。早くに両親を亡くして兄妹身を寄せあって生きてきた。これからも生きていくつもりだったから、待遇の良い賃金が良いこの会社を止めることなどできなかった。
 それくれいなら、社長の嫌味なんて我慢できるし、してみせる。
 まあ、時々刃向かうくらいいいだろう。城之内はそう結論付けた。
「次はどれをやる?クマの生産が追い付いていないようだけど、工場へ打ち合わせに行ってこようか?」
 プロポーズ・ベアの注文が殺到して生産してもしても追い付かない。
 嬉しい悲鳴だが、品切れだけはしたくない。
 品切れのイメージを持たれるのも困るが、今売らなくていつ売るのか。
 この会社は1ヶ月で1年間分を売り上げるのだから、品切れなどと言っていられないのだ。
「いい、それは俺が行く。お前が行くと甘くみられるからな」
「そんな事ねえよ、失礼だな」
「にこにこ笑って愛想を振りまいていては、急がせることなどできんわ。お前は愛想が良すぎる」
 城之内は大変愛想がいい。
 それは普通利点であるはずなのだが、苦情を言う場合役立たない。
 脅してでも生産させなければならない相手に笑っては世話ないのだ。怖そうに眼光鋭く睨み付けるくらいがちょうどいい。
 その点海馬は適任である。
 決して城之内が仕事ができないのではない。彼の笑顔は人を癒すし和らげるからお得意さまや取引先から評判がいいのだ。城之内の方が角が立たず付き合いも良好に進む場合は迷わず海馬は彼を行かせるのだから、実力は認めてはいた。大抵そういう場合は「適度に笑って来い」と言って下さる。
 一応社長の命令が絶対であるから、城之内は適当に笑って来る。それに付け加えて「愛想を振りまいて来い」「特上に笑顔を振りまけ」など注文が付く。
 そのおかげか、太いパイプが結ばれいる得意先や取引先がある。
「お愛想して来いって言う時もあるくせに、よく言うぜっ。この、馬鹿社長」
「口が減らんな。あまり言うと減俸にするぞ」
「減俸だと?横暴社長め……。こんなに働いている社員に酷い奴だ」
 城之内はぶつぶつと文句を言う。
「ここでは俺が法律だ。嫌なら止めろ」
 しかし、海馬は冷酷に言い放つ。
 正しく、彼が法律。彼が王様。
 城之内は口の端をへの字に曲げる。口では絶対に敵わないのだ。それに、立場が違う。悔しいが社員の城之内は社長の海馬の言うことは聞かなければならない。
「海馬社長」
 城之内がぷいと横を向いた時オフィスの扉が開いた。中にやってきたのは数少ない社員であり城之内の仕事仲間でもある。
「新一じゃん、どうしたんだ?」
 新一と呼ばれた青年は口元にたおやかな微笑を浮かべて城之内の横まで来た。城之内は海馬の机の前に立っていたから、海馬の前というのが正しい。そして新一に続いて入ってきた青年も付き添うように背後に立っていた。
「もちろん仕事だよ。城之内はどうなんだ?」
「俺はばっちりだぜ」
 城之内にとって仕事仲間の新一は少し特別な位置にある。なんというか、逢うと嬉しい。笑ってくれると幸せになる。自分も笑って人を幸せにしている人種のくせして城之内に自覚はなかった。




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