『……「のど自慢大会」ですか?あのMHKの』
夕闇迫るICPOパリ国際本部のとある一室でため息をついたアーネスト・ブルージェ警部は呼び出した二人の若き部下を前に酷く憂鬱そうであった。
勿論心労の多すぎる彼が憂鬱でない日があるのかと言えばそれは簡単にNONと答えられたろうが、とにもかくにもその時の上司は間違いなく最上級に憂鬱であったのだ。
今現在タバコは吸っていないものの灰皿は溢れんばかりに吸い殻が積もり、目元にはくっきり青グマが居座っている。
よれよれの帽子もまた、彼の頭上で何時ものように頑張ってはいても何処か元気がない。
『そうだ、その「のど自慢大会」とやらだ。日本ではかなり有名で定番の国営放送番組だそうだな?シンイチ』
『ええ、まあ。日曜に家にいる殆どの家庭が昼には何となく観ているんじゃないでしょうか』
とは言え新一自身殆ど観た記憶がなかったが、コナン時代お世話になっていた毛利家ではよく掛かっていたので知っている。
のど自慢と銘打っていても全部が全部上手い訳でもなく、要は歌を通じた地域との触れあいがテーマの長寿番組なのであった。
『それが来週末のパリで特別に開催されるらしい。MHKの方からシンイチの通うパリ大学に出場の交渉があってだなあ…『海外で暮らす日本人達に送るエール』というのがテーマで今回はパリで暮らす日本人が対象となれば…もう是非にと。困り果てた大学側からこちらに判断を委ねて来た。さてどうするか…』
新一の事情を知っている大学側の人間はそう多くない。
更に新一の表向きの住所には実際住んではいないのだから連絡のつかなかった局側は苦肉の策として彼の通う学校へと働きかけたに違いない。
『どうするも何も、お断りさせて頂くしかないでしょう。工藤さんにマスメディアはタブーです。どの組織の誰が観ているとも限りません。危険すぎます』
即答したのは新一とコンビを組む中国人刑事李 友良だった。
それはそうだろう、新一は非常に特殊な事情を背負っている身の上なのである。
日本だけとはいえ実際には受信出来る周辺諸国でも観る事は可能な国営放送に出演するのは危険極まりない事なのだ。
しかも…
『僕はどちらにしろ歌は苦手なんですよね……』
表向きただのパリ大学の学生という事で押し通すとして、肝心のそこには別の『危険』が秘められていた。
アーネストも友良も実は内心で心配していたもう一つの事実を潔く口にした新一に、以前彼の病室で起きた惨事を思い出し二人は同時に目を泳がせた。
あの時の被害?はごく少数で済んだが今回は規模が違う。
もしかすると日本全土に大惨事を齎すかも知れないのだ(爆)
『……まあとにかくだ』
コホンと何故か咳払いしたアーネストは苦し気に眉根を寄せ、先程<上>から言い渡されたばかりの辞令を口にする決心をつけた。
『シンイチ…、残念な事に日本の大使館からも是非に君の勇姿を大画面で観たいと…あ、いや、それはオフレコの…(汗)じゃなく!つまり!!日本国民に明るい希望を齎すパリ市民の代表として活躍して欲しいと要請があって!!!』
慌てて言い直したアーネストはそこで一度息を整えた。
少し興奮したせいか頭上の帽子が微妙な角度でずり落ちてきて友良はドキリとするが何とか持ち堪えた?ようだ。
『<上>は何度も検討した挙げ句、さっき出場の承諾を大使館と局側に伝えたばかりなんだ』
空気が凍り付いた。
三人が三様に息をのみ、衝撃と重圧に固まっている。
『では既に「決定」していると…?!』
『そうだ』
彼が「どうするか…」と言ったのは「どう彼に伝えようか…」という意味だったらしい。
あの新一が端整な顔を青ざめさせ、ヨロリと身体を揺らめかせた。
慌ててそれを支えたのは同じく顔が驚きに強張ったままの友良。
『ボス、それはあんまりです…!本人の意志を問わないまま勝手に決めてしまうなど人権の侵害ではありませんか!!それにやはり危険過ぎます!!!』
『そう言うな…私だって苦しいんだ…。しかし大使館にまで割り込んで意見されては既にこれは国をあげての外交問題、個人ではどうしようもない。だからKID、せめてお前もシンイチと一緒に出場してくれ』
『…は?』
『シンイチの学校の友人という事で一緒に出て歌え。お前なら何の違和感もなくとけ込める。顔は眼鏡の一つも掛けておけばいいだろう、それと…』
アーネストは友良を引き寄せ、囁く。
『お前は刑事としても医師としても、そして<音楽家>としても優秀な男だ。そこでシンイチが<ごく普通のレベル>で歌えるようになるまで特訓してやってくれ。万一それがダメな時は殆どのパートをひたすらお前が歌うんだ、いいな』
でないとどんな惨劇が起こるか。
『お、音楽家と言っても一寸した大会で入賞した事があるくらいで、私など……!』
『KID、これは<命令>だ』
珍しく取り乱しかける友良にアーネストは伝家の宝刀を出した。
『……Oui、ボス。了解しました』
命令とあっては逆らう訳にいかないのが組織の哀しさ。
こうしてあっという間に崖っぷちに立たされた友良と新一は特別任務として直ぐさまカラオケボックスに直行する事となった。
「それで何を歌ったらいいんでしょう」
「そうですね、やはりここはリズムと音のとりやすい演歌はどうでしょうか。パリに在住する日本人にも懐かしくウケも良いと思います」
「成る程、じゃあそれと言う事で……どの歌がいいかなあ」
新一は白い指先をパラパラと紙に這わせ希有なる蒼の双眸を細めた。
流石に今パリはアジアブーム、日本を真似たカラオケボックスもあればその内容は日本のアイドルからアニメ、演歌に至るまで充実している。
新一が真剣に物色しているとあっという間に前奏に入った曲に彼はおや?と目を丸くした。
「さあ工藤さんいきますよ!演歌と言えばサブちゃんしかあり得ません!!では一フレーズずつ交代に歌ってみます。先に私が歌うので次は工藤さんですよ」
サブちゃん…○島三郎の事か…?
いきなり大物歌手を愛称で呼んだ友良はマイクを片手に既にスタンバっていた。
命令された時の憂いは今何処かへ吹き飛んだようで学生のように柔らかな頬はピンクに染まっている。
「…もしかして友良さん、演歌…しかも北○三郎のファンなんですか?」
「演歌は日本人の心です!サブちゃんは男の中の男、私は彼の大ファンで来日する度CDを買ったりコンサートにも通いました。あの歌声はまさに大和魂が篭っていてこう…聞く度胸が熱くなります…///」
ほうっ、と吐息をついた友良は中国人だが日系の中国人である。
打って代わって興奮状態で元気にマイクを持つ姿に新一は驚き半分苦笑しつつも重い腰を上げ残りのマイクを手にした。
曲は『与作』
非常にスローで音も簡単かつ簡潔な名曲である。
流石に画面はただの景色を撮影したものに歌詞だけが日本語とフランス語の両方で流れるのみだがそれで充分だ。
これならいきなりでも歌えるなと新一も実に歌い易そうな曲に頷きつつ音感も日本語もばっちりな友良のお手本に続きタイミングだけは良く可憐な唇を開いた。
「よさくはきぃ〜をきる〜〜〜 へいへいほ〜〜 へいへいほ〜〜〜」
失礼します、と注文したウーロン茶を運んで来た店員がドアを開けて入って来たところグラスを全て床にぶちまけ唸り声を上げながら後ろにひっくり返った。
驚いた新一は直ぐさま青年を助け起こしたが、一度だけ開いた瞳に間近に迫る天与の美貌が見下ろしていたものだから、「母さんありがとう」と意味不明な言葉を極上の笑顔で残したまま彼は昇天(気絶)した。
医者である友良は青年の命に別状がない事を一応確かめ、顔色をなくしている新一の肩をポンと叩くと青年を担いだ彼は従業員室に寝かせてくると告げて出て行った。
気を取り直した新一は戻ってくるまでの間もう一度一人で練習しようと真面目に歌い始める。
だがまたも途中ウーロン茶で濡れた床を片付けに来た別の店員が全く同じパターンでマット(爆)に沈んだので友良が部屋に帰って来る頃には店主が泣きながら帰って欲しいと訴える姿があった。
「く、工藤さんのせいではありませんよ;きっとこの店の労働条件が劣悪だったんです。今度労働基準監督所に調査させましょう」
何とか新一を宥めた友良は仕方がないので普段あまり人のいないセーヌ川沿いの狭い散歩道を更に少しだけ反れた場所まで来た。
辺りは既に薄暗く、そこは僅かに草や木陰を提供する木々が生えておりあまり人目につかないのも利点である。
友良は車に積んで来た愛用の胡弓を取り出し練習を再開した。
「いいですか工藤さん、とにかくリラックスしてゆっくりと歌ってみて下さい」
「はい」
繊細な指先が物悲しいメロディーを奏で、ベースとなる音を出し友良は新一をリードする。
チャラチャラチャ〜ラララ〜〜〜
「よさくはきぃ〜をきる〜〜〜〜 へいへいほ〜〜 へいへいほ〜〜〜 ドサドサドサ←?」
ドサドサドサ??
歌の中で木を切る前既に落ちて来たのは枝で羽を休めていた鳥だった。
しかも一羽だけでない、集団で落ちて来たのだ。
青い顔で慌てて駆け寄れば一応やはり気絶しただけであった大小の鳥達は、暫くして目覚めた後逃げるように夕闇の中へ飛び立って行った。
その場に膝をついた新一は端整過ぎる美貌を伏せ、力なく首を振る。
「……もうやめましょう、友良さん、ムダです、どうしてこんな事になるのか自分では全く分からないんですが、もう…ダメですよ。中止にしましょう」
「工藤さん……」
「後で大使館にもMHKにも僕が直接電話してお願いしておきますから。…このまま続けたら友良さん、あなたも何時か…」
薄い闇を背に熱く潤んだ凄絶な蒼が友良を瞬間金縛りにしたが彼は何度も頭を振って唇を噛み締めるとそんな新一の傍らに膝を付き正面から相対した。
「何言ってるんですか工藤さん!これまでどんな難事件も身体をはって解決してきたあなたが!私なら大丈夫です!以前の件で免疫も多少出来てますし、丈夫な事にかけては自信もあります!!…この際歌は真心なんです、上手い下手はどうでもいい。心が篭っていればそれは必ず聞く人に感動を呼んでくれるものなんですよ。……それにサブちゃんの歌ですから…!」
何故か涙目でグッと親指を立てて微笑む友良にやはり何故かガ〜〜〜ンと感動(衝撃)を受けた新一はやがてそんな彼の手を横から強く握り返すと実に凛々しくも美しい笑みを浮べた。
力を孕んだ深い希有なる双眸が眩しい程に鋭く閃いている。
「分かりました、…やりますよ僕は!こうなったらとことん特訓して下さい!!」
「工藤さん///!はい、では身体に障らない程度に頑張りましょう!!!サブちゃんは絶対に工藤さんを見捨てたりしませんし!!」
奇妙な連帯感が二人の間に芽生えつつあった。
流石はサブちゃんである(爆)
それから数日間新一の闇に紛れての特訓は続いたのだった。
『ねえねえ、二人とも知ってる?』
『何を?』
友良は厄介な奴が話掛けてきたなと少し眉を顰めながら興奮気味の金髪美人(でも男)を見遣った。
学校の講議は午前中という事で午後から顔を出していた新一もまた今夜の特訓メニューについて友良と話していた所だったのだが、彼女のような彼が手にしている新聞に自然視線が吸い付けられる。
あまり彼等が目を通さない三流ゴシップ記事も満載なものだ。
『あのね、最近セーヌ川に謎の怪獣が現れるって凄い騒ぎなの』
『怪獣…ですか?』
『ええ、見てよこれ♪』
<セーヌ川に謎の怪獣現る>
この芸術と近代技術の都に謎の生物が毎夜のごとく訪れ市民に恐怖と興奮を与えているのを御存じだろうか。 その怪獣は夜の闇に紛れ聖なる川に身を浸しては不思議な弦楽器の調べに乗り恐ろしい咆哮を繰り返し放っているという。 セーヌ川河口付近では仰向けに気絶した大量の魚の腹で埋め尽され人々の恐怖を増々煽っている。 現在この怪獣の捕獲には政府も本腰を上げ始めているとの事。
尚、我が社でも怪獣の写真、現物の捕獲等、情報提供者に金一封を差し上げる所存です。
皆様からの連絡をお待ちしています。
<連絡先 *********** >
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『恐いけど、でも音楽に乗って徘徊する怪獣なんて一寸ロマンチックじゃない?ネスコのネッシーならぬセッシーってとこね♪それとも鳴き声が
「へいへいほ〜」って言うらしいから「ヘッシー」が良いかしら////』
一回でいいから見てみたいわ〜♪と一人はしゃぐリュシーことリュシオンの横で二人の東洋人は灰のように燃え尽きていた。
その夜、新一は大使館とMHKに出場辞退の電話を入れ、誰に止められる事もないままパリのセッシー伝説に自ら終止符を打ったのだった。
END
……私これでも本当に新一さん愛してるんです(爆)
けどこれで新一が万一出場してたらきっと大使館に圧力をかけていたに違いない陽虎は特等席で応援しつつ、部下には独自の撮影をさせる事でしょう;(編集スタッフもばっちりスタンバイ)でもって観客の中には当然のように猫さんもいる…。出場者の中にはMEとKがいてピンクレディーメドレーを歌うかも…(快斗は泣いて嫌がるだろうけど;/爆)
そして日本ではあの黒岩監督がTVを前に「工藤新一、お前は必ず戻ってくると信じていた。そうだ!その虹色の舞台こそがお前の世界。芸能界に帰ってくるがいい…ふふふふ」とかやってそうで恐いです(爆)
春流さん、こんなんで(しかも書いた奴が頭おかしいみたいだし;)すみませんがどうかお納め下さい;2周年おめでとうです!!!
流多和ラト
ラトさま、本当に本当にありがとうございます。
2周年でまさかお祝いが頂けるなんて思わなくて、とても嬉しいです。企画やってて良かった。そうでないと、誰も2周年であることに気づかなかったと思いますもの・・・。(笑)
そして、ラトさんの新一さんに対するかなり?の偏愛を垣間見たような気がします。すみません、でも私も笑ってしまいました。ぷぷぷっと。サブちゃんは大和魂ですか・・・?これから「与作」を聞くと新一さんの歌声を思い出しそうで怖いです。
もし出場していたらバージョンは胸躍る展開ですね。見たい〜〜〜。
観客には新一さんが虜にした人達が集まっているんですよね。それも大物ばかり。うっとりです。が、皆気絶したらどうなってしまうんでしょうか。素朴な疑問です。やはり、テロとかに間違えられるんでしょうか。
それでは最後に一言。ラトさん、大好きです!
小川春流
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