KIDこと、黒羽快斗の場合 「残りの人生があと24時間しかなかったら、どうしますか?」 さあ、どうするだろう? 心残りっていったらKIDだろう。親父の意思を継いだのにそれが達せられないまま死ぬのは屈辱だな。 それも、組織に乗り込んで帰れないならともかくそれ以外の理由で死ぬなんて。KIDの最後としていかがなものかと思うな。 もしKIDが現れなくなったら、中森警部は生き甲斐を無くすだろうか。毎回毎回あれだけ熱血して騒いでる姿からすれば、宿敵とはいえ実はKIDを嫌っているとは思えない。甲斐をなくすとぼけるっていうし……、物忘れが激しくなったりするんだろうか。それとも、反対に血圧が安定して長生きできるだろうか。 パンドラを狙っている組織からすれば、余計な邪魔者が死んで万々歳だろうな。それはすっげー、むかつくな。 本当に、意志半ばで終わるのは、俺の性分じゃないな。 KIDの生き方でもないし……。 そうだな。 24時間ではKIDとして何もできない。 パンドラを見つけることは、奇跡でも起こらない限り無理だろう。 もし、奇跡が起こって見つけられて砕いても。 それで果たして自分は満足できるのだろうか。 細かく砕いて跡形もなく消せば、女神の名前を冠する宝石はもう禍を起こさないのだろうか。誰も自分と同じように愛する人の死を見ないでいられるだろうか。 KIDではなく。黒羽快斗として、個人として望んでいいなら。 特別何もいらない。 何も欲しくない。 ただ、ある人の傍にいたい。 この瞳にその姿を映していたい。 自分の最後の瞬間まで、綺麗な綺麗な蒼い至宝を見つめていたい。 あの声を聞けたらいい。 己が認めた唯一の人。どんな宝石よりずっと価値がある人。 この世界に存在するのが奇跡みたいな人だ。 それが叶うなら、結構いい最後だろうな。 そう思うさ。 けど、俺はそう簡単には死んでやらないけどな。 名探偵こと、工藤新一の場合 「残りの人生があと24時間しかなかったら、どうしますか?」 さあ、どうするだろう? 24時間で果たして人間は何ができるだろうか。 1時間60分、1分60秒。1日で86400秒。 現代の技術をもってすれば、飛行機で地球の裏側まで行くことができる。行こうとすればどこへでも行けるだろう。24時間とはそんな時間だ。 は、事件? そりゃあ、謎は好きだ。事件を、たった一つの真実を明らかにせずはいられない。そういう性分だけど、何も最後まで事件を解いていたいとは思わないさ。そこまで傲慢じゃない。 本? 本は大好きだ。特にミステリー。 でも、読みたい本をどれだけ読んでも続きは新刊が出ないと読めない訳で、完結まで読みきって満足することもできないだろう。それだったら所詮同じじゃないかな。 本を読んでいると、どきどきわくわくして楽しい。時間を忘れる。 でも、最後まで自分は本を読んでいるのだろうか。 読んでいる間に、知らない間に人生が終わっていたってのも悪くはなさそうだけどな。 普通はどうするんだろう? 遣り残したことをしておくのか? それとも最後くらいは家族と過ごすのか?自分にとって大切な人間と過ごすのか? 俺は普通じゃない自覚くらいあるから、それに該当しないことくらいわかってる。 遠方に住む両親と最後に逢っておきたいと普通なら思うのかもしれないが、別に逢わなくていい。反対に最後に逢うと、逢った両親の方が辛くないか?逢わずにいなくなれば、どこかで生きているような気がしないか?悲しみが人を打ちのめすことを知っているからその方がいいと思う。俺は一応一人息子だしな。普段は離れていても家族ってちゃんとわかっている。母さんは子供みたいな人だけど、さすがに俺がいなくなったら泣くだろうし。親父がいるから大丈夫だとは思うけどさ。 そう考えると、人に逢わない方がいいのだろうか。 消えることを誰にも言わないで、普段どおりの生活をして過ごすことが望ましいような気がする。誰にも迷惑をかけたくないし悲哀を感じて欲しくない。 そういうのを感じる方が辛いというか嫌だ。 学校へ行って授業を聞いて、事件の要請来たら現場に行って謎を解いて、隣に顔を出して博士と灰原の顔を見て。家で本でも読んで、なんでだか探偵の家に現れる白い怪盗が来たら適当に相手して。眠って。 それでいいと思う。 最後の瞬間も日常の一端にあるだけだ。 特別なことなんて何もない。何もなくていい。そう思う。 隣人こと、灰原哀の場合 「残りの人生があと24時間しかなかったら、どうしますか?」 別に全く構わないわ。 問題ないわ。 そうねえ、博士は放っておくと掃除もしないからできる限り掃除して資料をファイルして料理も保存食を作っておこうかしら。糖尿病用のレシピとかも書いておいた方がいいわね。 それから今やっている研究をわかりやすくまとめておいて。 博士が気が向いたらできるようにしておけばいいわね。でも、博士は工学系だから細胞の研究なんてやらないかしら?今は私に付き合ってくれてるけど。 ラットでの研究嫌がるのよね……。可哀相だって。 それ以外はお隣ね。 工藤君、相変わらず無茶ばかりするから。いくら元の身体に戻ったからってあんな暮らししてたらまた倒れるってわからないのかしら?自己管理ができない探偵なんて笑っちゃうじゃないの。 彼用の薬を作っておくことと最近の健康診断結果からの助言。 24時間ではそのくらいね、できること。 最後の健康診断はもちろんするけど、果たしてその時彼がいるかが問題ね。 事件に呼び出されていたら逢えないもの。 え?言わないわよ、わざわざ。 もちろん、わざわざ逢わないわ。ただ健康診断だけは必要かと思うだけ。それだけよ。 私、彼が生きてくれているだけでいいのよ。 この世界に存在してくれるだけでいいわ。 傍にいられれば幸せだけど、それが許されているから離れないけど。そんなに大した問題じゃないもの。これから二度と逢えなくなってもいいわ。問題ないの。 悲しくもない。 寂しくもない。 だって自分の心の中から彼はなくならないから。 そうでしょう? 心は自分だけのものだわ。記憶もそう。 私のものよ、彼が私にくれた言葉は。 それは誰にもあげないもの。 だから、いつ死んでも後悔ないわ。 残りの人生どうするかなんて、私にとって意味のない質問ね。 「A certain day〜怪盗と探偵〜」 「こんばんは、名探偵」 「……」 月夜の晩にふらりと現れる白い泥棒はにこりと笑いながらベランダに立っていた。 鍵を閉めていたはずの窓が彼が触れると何の抵抗もなく開く。まるで魔法のように突然現れる怜悧な存在。 「名探偵?」 「またか」 「またか、などとそっけないお言葉ですね」 「それで十分だろ。この暇人め」 新一はそう言って毒づいた。 「泥棒が探偵の家に気軽に来るな。人の見ている前で不法進入するな、こそ泥のくせに」「こそ泥とはひどいですね。これでも世界的知名度があるのですよ。それに泥棒はやめて下さい。怪盗とおよび下さいませんか?」 「お前なんて泥棒でたくさんだ」 「……本当に手ごわいですね」 「ふん」 ため息を漏らしてこれ見よがしに肩を落とす泥棒に新一はそっぽを向く。泥棒はそんな新一の態度に慣れているのか勝手知ったる他人の家、探偵の私室に踏み込んだ。窓を行儀良く閉めて、ゆっくりと歩みを進めて探偵の前に立つ。 「で?……何の用だ?」 新一は、あごをしゃくって促す。 「貴方に逢いに来ました」 「そんなの理由になるか」 新一は小さく眉間に皺を寄せた。 「十分な理由ですよ。用とは我が敬愛する名探偵のご機嫌伺いです」 泥棒は白いマントを翻して優雅に一礼する。まるで中世の騎士がするような洗礼された仕草は、存在感が現実の人間として薄いためか妙に彼に似合った。 が、それに新一が感銘を受ける訳はない。眉間の皺を深くして目の前にたたずむ白い泥棒を睨んだ。 「余計悪い。俺のご機嫌のためなら、二度と来るな」 「それは承知しかねますね」 新一の拒絶に泥棒は即答する。 「来るな!」 「嫌です」 新一が叫んでも泥棒はきっぱりと断る。 「……」 人との面会は自分に権利があるはずなのに、泥棒には一切通用しない事が腹が立つこと、この上ない。例え拒否してもどこかに行っても神出鬼没な泥棒は微笑を浮かべてやって来るのだろう。それがわかっているからこそ、腹立たしい。 そして、逃げても拒否しても無駄だと知っているからこそ、泥棒が来る度に何度も同じ問答を繰り返しているのだ。それは新一なりの意趣返しだ。 新一ははあ、と大きく息を吐いた。 言いたくないが、認めたくないが諦めの心境である。 「……珈琲飲みたい」 ため息混じりでそう零す。 「かしこまりました」 泥棒は嬉々として部屋を横切りドアを開け階下へ向かう。 その了解を得て嬉しそうな後姿に再び新一はため息を付いた。結局いつも押し切られるような気がする。相手をするのが馬鹿馬鹿しい限りだ。 それなら、有意義に過ごした方が無難だ。 珈琲を入れる腕はあったから、この際使っておこう。 それが泥棒の手であるのだが、新一はそこまで深く考えていなかった。というか見当も付かないのだろう。 こうして泥棒は探偵宅へ悠々と上がり込んでいる、とは警察の人間は誰も知らない。 END |