(シーン31) 5匹の鳩は彼が指をパチリと鳴らす合図で一斉に飛び立った。羽ばたく白鳩。平和の象徴であるかのように、自由に高い天井を旋回して、頭上から紙吹雪を降らせた。 ひらりひらりと落ちてくる紙の花。 ゆっくりと落ちてくる花を見上げて、子供達が手を伸ばして拾っている。手のひらにいくつもの花を閉じこめて子供達はマジシャンからのプレゼントにはしゃいだ。 そして、彼の合図で一斉に白鳩は彼の元に戻っていった。そのはずだった。少なくとも誰一人として疑わなかった。 バサバサバサバサ………!!!!!! 新一に向かって5匹の鳩が舞い降りた。両肩や腕、頭の上などに勝手に降りる。そして懐くようにクルクルと鳴きながらすり寄る。 「「「………………」」」 新一は鳩に襲われて?途方に暮れる。 見ていたスタッフもその状態に頭を押さえている。 本当は1匹の予定だったのに、全ての鳩が寄ってきた。どう考えてもミステイク。 舞台から颯爽と降りて新一へ向かう予定だった快斗は、おかしそうに目を細めてくすくす笑っている。そのまま新一の前まで来ると「おいで」と手を伸ばすが、鳩は全く動かなかった。 「一匹だけじゃなく全部、面食いだって言いたいのか?一匹だけじゃ公平じゃないとでもいいたいのか?でもお前らより俺の方が面食いだ!」 「あほ。早くどうにかしろって!」 鳩に向かって怒っているというより、説教している快斗を新一が睨んだ。 「はいはい。怒らないでよ、美人が台無し!」 「バ快斗!!!!!」 宥めるのか、余計に煽るのかわからない台詞をいいながら快斗はにっこりと笑った。 「でも、動かないし。俺より新一の方がいいみたいだし………てことは、これしかないでしょ」 快斗はそう言うと、徐に新一に抱きついた。 途端に鳩は新一から飛び立った。鳩は頭上を旋回してどこか不服そうに鳴いている。何をされたか一瞬わからなかった新一が、自分の状態に気付くと大声で怒鳴った。 「快斗!!!」 「どうして怒るの?ちゃんと鳩をどかしたでしょ?」 「………方法を選べ」 「これが一番確実だから」 「鳩くらい自在に操れないで、何がマジシャンだ!」 「普段は聞き分けがいいよ。それだけ新一が魅力的だった、てことでしょ?」 快斗は器用にウインクしてみせる。 「………」 新一はふんと鼻をならすと、いきなり黄金の右足を炸裂させた。 「い、たいって!」 「自業自得だ」 弁慶の泣き所を思い切り蹴られた快斗は少し涙目だ。いくら我慢強くてもそこを手加減なしに蹴られるのは痛かった。しかし、新一はぷいと横を向くと、知らん顔して歩いていった。 「新一ってば!」 新一の後を快斗は追った。 (シーン45) 「伝わってこないな………。そうだ、あんたの代わりに一人ずつ殺していこうか?ああ、まず一カ所ずつ刺して行こうか?」 「やめろっ」 香川は悲痛な叫び声を上げる。 「まず、そいつを刺してやろうか?」 松山は新一の前まで歩きにやりと見下ろした。新一は真っ直ぐに反らすことなくその瞳を見上げた。 綺麗な蒼い瞳が自分を見上げている。 吸い込まれそうに透明で意志の強さと聡明さが伺える魅力に溢れた瞳だ。 それはまるで宝石のようだった。 「………………」 男は新一を見つめたままだ。 「………?」 新一はあれ?と首を傾げる。 「カーーーート!台詞は???」 監督から檄が飛ぶ。 「す、すみません!」 松山役の男は慌てて深く頭を下げた。 「ごめん、新一君」 「いいですよ、台詞が出てこないことくらいありますから」 申し訳なさそうに謝る男に新一はにっこりと微笑む。 「………、あ、ありがとう」 その微笑みにますます男は焦る。 まさか見惚れていて、台詞が出てこなかったなんて言えない………。言ったら最後、彼にべったりと張り付いている人間に殺されるかもしれない。 ただでさえ自分は新一に怪我をさせる役だし、絡みがあるのに………。 不可抗力だ………。だから敵意も殺気も向けないで欲しいと心の底から祈った。 (シーン87) ゴゴーン!!!! 新一がそこに駆け込んだ時、水しぶきが高く上がり、轟音が上がっている時だった。ザパンと飛び散る水滴。キラキラと陽光に光る様が綺麗だ。 そして、マジシャンはいた。 新一は水しぶきに濡れながらマジシャンに近付いた。 「「………」」 互いに顔を見合わせて、眉をひそめる。 「すみません〜〜〜!!!」 スタッフが横から謝った。 二人ともずぶぬれだった。 濡れネズミの予定であるが、それを通り越してびしょびしょである。雫が滴るどころではない。見るからにぐっしょりと髪も衣装も濡れていてる。 水を飛び散らせるために上からシャワーを降らせたのだが、水が出過ぎたようだ………。 はあ、と二人とも吐息を付いた。 ままあることだから、気にしてもしかたがない。 「休憩しようか。風邪引くから着替えて。他のシーン撮った後でもう一度撮るから!」 「「「「「はーい」」」」」 監督からの指示にスタッフも走る。 新一と快斗はその場から移動するため並んで歩き出した。 しかし、快斗が一瞬隣に立つ新一を見つめて顔をしかめると、彼をぐいと引き寄せスタッフに向かって、 「タオル!」 真剣に訴えた。 「はい!」 なぜか機嫌の悪い、殺気さえ含ませる快斗にスタッフはすぐに大きなタオルを持ってくる。それを快斗はああ、と受け取ると新一の肩を覆うようにかけた。 「快斗………?」 「いいから」 有無を言わさず快斗は覆ったタオルの端で新一の濡れた髪も優しく拭く。 至極真剣な表情を浮かべている快斗に新一は抵抗を示さずどうしたのだろうと首を傾げた。その全くわかっていない新一を気にせず、快斗は黙々と作業を続けた。 快斗としてはずぶぬれの新一を見せたくなかった。 漆黒の髪が濡れて鬱陶しいげにかき上げて露になった額、白いシャツが華奢な身体に張り付いてうっすらと肌が透ける。滴る透明な雫が陽光にきらきらと輝き新一を彩っている。綺麗というだけでは済まされない、一種妖艶さをも醸し出していた。 こんな状態の新一を人目に晒すことは、絶対に止めたかった。 「控え室に急ごうか。暖まらないと風邪引く」 快斗はあらかた拭き終えて新一の肩を抱いて促す。 いつもはふざけたり、からかったりするのだが、今回はとても真面目な快斗を不思議に思いながら新一はそのまま一緒に歩いて行った。 その二人の入り込めない空気にスタッフが唖然としていたことはいうまでもない。 (おわり) |