「百万本の薔薇とキス」


 
 百万本の薔薇の花を
 貴方に 貴方に 貴方にあげる

 
 その言葉になぞらえたのではないだろうが、KIDは毎回新一に薔薇の花を捧げる。大輪の薔薇はその時々の気分なのか時期にあわせてなのか種類が違う。オールドローズ、モダンローズ。色も白や赤やピンクだけでなくオレンジ、青、紫、黄色。様々で香り高い薔薇の花。

 ビルの屋上での逢瀬。
 怪盗が暗号文で予告カードを警察に送る度、探偵である新一の元へも同じカードが届けられる。それを解いて答え合わせのように逃走経路へ赴く。
 それはすでに数え切れない。
 


 「どうぞ、名探偵」

 そういいながら新一に差し出す。まるで答え合わせの正解を讃えるように渡されるそれ。

 「………ありがとう」

 それを新一は毎回受け取る。
 いつから始まった儀式なのか。
 あまりにもその気障な仕草がKIDに似合っていたからか、最初に受け取ってしまってからは拒否することなどできなかった。一輪の薔薇はふわりと鼻孔をくすぐる芳香を漂わせていつも新一を楽しませる。
 新一は今日も薔薇の花に顔を近づけて一息吸うと、目を閉じて何とも言えない甘い香りを胸に吸い込む。今日の薔薇は純白で花弁が多く微香。

 「これは?」
 「それは、ファビュラスです。アメリカの花で丸弁平咲き、四季咲き、『素晴らしい』という意味があります」
 「ふうん」

 新一は手の中の薔薇をくるくる回す。

 「何本くらいもらったかな………?」
 「そうですね。100本くらいはあるのではないでしょうか」
 「ああ………そういえば、そうかも。1回に1本の単純計算じゃないもんな」

 逢う度に薔薇を贈るKIDであるが、工藤邸へカードを送る時も薔薇が付いている。それに新一の誕生日の時など花束を寄越した。
 そろそろ1年に届こうかという逢瀬であるから、100本は越えるだろう。

 薔薇を贈る怪盗と薔薇を受け取る探偵。
 端から見たら、どんな風に映るのか。
 そこに存在する意味は何であるのか。
 
 「なあ、KID」
 「はい」
 「よくさ、『百万本の薔薇の花をあげる』って言うだろ」
 「ええ、歌の歌詞にあるからでしょうが使いますね」
 「百万本って軽く言うけどさ。もし百万本用意するとしたら日本中の花屋から買い占めないとならないだろ?それ以前に卸しの段階で仕入れないとそれは不可能だろうし。第一そんな大量で公害みたいな量の薔薇をどうしろっていうんだろう。家に納まる量じゃない。はみ出して、苦情が出る。ご近所に配るにしても、切りがない。そう思わないか?」
 「………新一」
 「何だよ」

 素朴な疑問にKIDが疲れたように名前を呼ぶので新一は唇を尖らせる。

 「確かに、そうでしょうが………。私なら百万本でしたら薔薇園ごと贈りますよ。そうすれば見たい時だけ見られるでしょう?無駄にもならないし、ご近所にも迷惑になりません」
 「なるほど………。らしいっていうか、何ていうか。さすが怪盗KIDだな」
 「お褒めに与り光栄至極」

 感心したように新一が誉めるので、KIDは口元に笑みを浮かべながら新一の手を取り、甲に唇を落とす。
 それをされるがまま見つめて、新一はまた疑問を口にする。

 「じゃあさキス百万回って言うだろ?」
 「ええ」
 「実際百万回しようとすれば、365日、毎日50回して、18250回。10年で18万くらい。50年で90万ちょっと。つまり、百万回しようとすると50年以上。もし1日100回にしたら、1年で36500回。10年で36万5千。30年で100万を越える。実現できると思うか?」
 「………ものの例えではないのですか。それくらいたくさんしようという」

 ムードもへったくれもない分析にKIDはやや肩を落としながら返す。

 「そんな事わかってる。百とう数字はたくさんと同義だ。「八百よろずの神」とか「八百屋」とか。日本は八百という数をたくさん=数え切れないくらい多いと定義しているけどな。でも百万は多いだろ?それとも数の単位として大きな数字を使うようになったから増えたのか?昔は八百でも多かったのに今では兆、京だもんな………」
 「つまり、百万という数字が現実不可能だと言いたいのですか?」
 「ま、そうだな。………さすがのKIDもこれは無理だろう」

 新一は悪戯っ子のように、首を傾げる。

 「………それは問題発言ですね」
 「そうか?」
 「そうですよ。それに、私にそのような事を言うのは覚悟がおありなんですか?それとも誘っていますか?」
 「………へ?何が」

 わかっていない新一にKIDは近付いて抱き寄せた。腕の中の存在を両手で抱きしめながら耳元に囁く。

 「言ったことは責任を取って下さいね」
 「責任って………」

 顔を上げてKIDを見つめる新一にはまだ事情が理解できていないようだった。全くKIDに対して危機感が足りない。KIDが人は傷つけないという信頼感を持っているせいだろう。

 「百万回して差し上げますよ。できるかどうか十分に検分して下さい」

 KIDはそう言うと新一の唇にキスを落とす。
 軽く、何度も何度も。唇に頬に耳元に。

 「これで、10回」

 今度は吐息を奪うほど深く口付けて逃げる舌を絡めて吸い上げる。

 「11回」

 楽しそうに数えるKIDに新一は服を掴んでいた手を離して抗議するように叩く。

 「これの、どこが1回だ………」

 掠れた声と潤んだ瞳ではKIDの劣情を煽る事にしかならなかった。

 「1回でしょう。唇が離れないと1回にカウントできませんから」
 「………KIDっ」

 が、KIDは全く新一の抗議を聞く気はなかった。新一の腰に腕を回し首を捕らえて逃げられないように、身体の自由を奪う。

 「やっ………」

 声さえも奪うように唇を塞いで。
 月に照らされて震える睫毛の影さえ見える距離にある愛おしい存在に溜まらなく沸き上がる恋情。
 好きで、好きで、大好きで。
 ずっと胸の中に隠していた想いが溢れてくる。
 何度も言いたくて言えなかった言葉。
 貴方が好きなんです………。
 そうでなかったら誰が薔薇を贈るというのだろうか。

 「………好きですよ」

 一度キスをほどいて、小さく鼓膜を振るわせるように告げる真実。
 耳に届いた言葉に新一は瞼を開けた。ゆっくりと開かれた瞳は真っ直ぐにKIDを見つめてくる。蒼い瞳が月光の下煌めいている。

 「………遅い」

 責めるように紡ぐ言葉はそれでも甘い色を含んでいて、KIDを歓喜させる。

 「すみません」

 強く抱きしめながら謝る。そして何度も好きなんですと告げる。新一も答えるように背に腕を回してしがみついた。
 
 
 百万本の薔薇をあげる。
 百万回のキスをあげる。
 貴方に、あげる。
 想いが届くまでどれだけでもあげから、受け取って。





                                                    END



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