「天上の花 地上の月」




 「ああ、綺麗だな………」
 「そうだね」
 「あれを見ると秋が来たんだなって感じる」

 道ばたや田畑の畦や川の堤防に今まで存在を感じさせなかったとういうのに、突然現れる花がある。
 群生すれば、真っ直ぐに伸びた茎の緑と色鮮やかな朱色の花が目に焼き付くほどの感動を与えてくれる。
 それは夢のような幻のような情景だ。
 そして、幻の花は1週間から10日ほどで枯れてしまう。
 
 「秋ね………。うん、俺も感じるよ。秋だなって思うものにはもちろん他にもあるけど………花なら金木犀、秋桜、そして紅葉。 味覚なら栗や焼き芋」
 「快斗、それじゃあ足りないだろ?」
 「………」
 「………秋だったら、秋刀魚だろ?冬には鰤も旨いよな………」

 新一がにやり笑う。

 「新一、止めてよね!聞くだけで、身の毛もよだつ」

 快斗は自分の身体を両手で抱きしめて、見せつけるようにぶるぶると振るわせる。そんな態度に新一はおかしそうに目を細める。そして、目の前に咲く朱色の花にそっと手を伸ばして、細くて丸まっている花弁に触れた。快斗はそんな新一を隣でそっと見つめた。

 「こんなに綺麗な花なのに、なぜか不吉だって言われているよな………」
 「うん」

 快斗は頷く。

 「一般的には『彼岸花』と呼ばれる。花言葉は『悲しい思い出』が有名かな?でも、この花はたくさんの方言名があって、その数は400とも1200とも言われている………。死人花、狐花、狐の松明、幽霊花………。一番有名なのは、『曼珠沙華』。その意味は『天上の花』。おめでたい事が起こる兆しに赤い花が天から降ってくるという仏教の経典から来ている。日本とは吉凶逆の思想だ」

 「そうだね。日本ではあまりいいイメージがないみたいだ。燃えるような、血のような赤がどうしても受け入れ難いのかな?根の所にリコリンというアルカロイド系の毒があるせいでもあるけど、水で何回か晒せば取れるから昔の人は根からデンプンを取って飢饉の食料にしたっていうありがたい植物なのにね。………だからお寺や畦に植えたんだって」
 「………お前もよく知ってるな」

 さらりと出てくる知識に新一は苦笑する。
 さすが怪盗KIDというべきだろうか。
 古今東西の雑学や知識、文学、医学、ありとあらゆる事に精通している。もちろん日々情報を取り入れているせいでもあるが。
 その知識欲と記憶力は同世代で新一と話が弾む唯一の人間だけのことはあった。

 「じゃあ、韓国の言葉を知っているか?日本よりもっとずっと豊かな考え方だ。花の後で葉が伸びてくるけど冬を越して春になると全て消えてなくなる。花と葉を同時に見ることができない。葉のある時に花はなく、花がある時に葉がない。このことから『相思華』という。『花は葉を思い、葉は花を思う』という意味だそうだ」

 「うん、知ってる。なんともロマンティックじゃない?」

 快斗はにっこりと微笑んだ。

 「花言葉だってたくさんあるよ。『悲しい思い出』どころか、『情熱』『陽気な気分』『また逢う日まで』『再会』『思うのはあなた一人』『追想』だもの」

 なんとも、奥が深い花であろうか。
 名前も意味も全てが人の想いや想像力を駆り立てて止まない。

 「結局、見る人間の受け取り方次第ってことだろうな。花はただそこに咲くだけで、何も変わらないのに」
 「そうだね。見る人によってこんなに違う花も珍しいね。例えばこれが桜だったら、綺麗、可憐、儚い、とかイメージは固まっているのにさあ」

 万人に統一のイメージをもたれやすい桜花。種類も豊富だが一般的に思い浮かべるのは薄い紅色、桜色。濃い赤は枝垂れ桜。『桜の下には死体がある』という言葉のせいで恐ろしいイメージもあるが、美しいものは人を狂気に陥れる魔力を秘めているから、そんな風に思うのは自然な事かもしれない。

 ただそこにあるだけ、存在するだけでも。人からどう見えるかは、定かでない。見る人間次第で真実さえ形や色を変える。何を見て、何を思うのかは一人ずつ違うもの。
 誰の心も同じではありえない。

 「ねえ、新一。見る物や聞く物から思うことは人ぞれぞれ違うけど、違うから俺は新一が好きだよ。新一の瞳で見たものを知りたいと思う。新一の目で見た真実や世界や彩を知りたい。俺と違うものを見ていると思うだけでどきどきする………」
 「………」
 「別々の人間だから、こんなにも知りたい。理解したい。自分のことだったらこれほどまでに夢中になってわかりたいなんて、きっと思わない」
 「………ああ」

 新一は少しだけ頬を染めて快斗に笑顔を向けた。

 「俺とお前の価値観も立場も遠いようでいて近い。近いようでいて、遠い。同じなんてある訳がない。………でも、だからこそ愛おしいと思う」
 「だったら、そう想う気持ちは同じだ。それで十分」

 快斗は幸せそうに微笑んで新一を胸の中に抱き込んだ。普段であったなら、誰が来るともしれない公道で抱きしめられるなど許さないのだが、新一はそのまま身を預けた。

 「ね、どうせ花言葉を贈るなら、『思うのは貴方一人』を贈りたいな、俺は」

 囁くように新一の耳元に小さな声で訴える。

 「だったら俺は『曼珠沙華』だな。赤い花が天上から降る吉兆。お前だったらそれくらいできそうだ。そうだろ?魔法使い」

 腕の中で快斗の顔を見上げながら新一が楽しそうに笑う。
 快斗は一瞬瞳を丸くする。そして微笑んだ。

 「魔術師ですから、それくらい叶えて差し上げましょう。ね、お姫様」
 「誰が姫だ!」
 「魔術師とくれば、お姫様でしょ?だったらこの際いいじゃん。細かいことは気にしないの」

 ぱちりと器用にウインクしてみせる快斗に新一は呆れ顔だ。
 こいつの頭の中は絶対おかしい、と新一が思ったかどうかはしれないが、しょうがないと諦めたのか、一度吐息を付いて顔を上げた。
 見惚れる程綺麗な笑顔で蒼い瞳を輝かせ、言い放つ。

 「だったら、叶えろよ」
 「いいよ、叶えてあげる。少し目を瞑っていてね?」

 優しくそう言われて新一は素直に目を閉じた。

 「one・two・three!」

 声と共に唇にふわりと一瞬ぬくもりが掠めたかと思うと、「目を開けて」と言われた。


 赤い花びらが降っている。
 まるで赤い雪のよう。
 はらはらと風に乗って舞い降ちる様は現実ではないような幻想。
 新一は手を伸ばす。
 手のひらに落ちた花弁は、薔薇?
 赤い小さな薔薇の破片。

 「さすがに、彼岸花を手折るのは気が引けたから。どうせなら薔薇がいいかと思って。………ご不満ですか?お姫様」
 「………そんなことない。綺麗だ、とても」

 頭上を見上げて新一は嬉しいのか、儚いのか不可思議な笑みを浮かべた。

 「快斗、ありがとう」
 「どういたしまして」

 快斗は優雅に一礼する。それは彼がよく知る気障な怪盗というより、奇術師であり魔術師である快斗のものに近かった。

 「………地上の月だな」
 「………?何、新一」
 「この赤い花を天上の花だというなら、お前は地上にある月だって思える。天上の届かない月じゃなくて、触れることのできる地上の月」

 怪盗KIDの守護は月。『月下の奇術師』と言われる彼自身も月のようだとたとえられる。その純白の衣装も冷涼な気配や存在も月と呼ばれるに相応しい。
 月光の下で見るKIDは新一の目から見てもそう思える。

 「『地上の月』………?」

 快斗はまた、目を丸くした。それに新一は極上の笑みを見せる。

 「そうだ。こうやって、触れられる月」

 新一は艶やかな表情で、細い指を伸ばして快斗の頬をそっと撫で上げる。その新一の指を快斗は自分の手で押さえながら離さないように瞳ごと捕まえる。
 見つめる瞳は反らすことを許さないよう、魅了して束縛する。

 「じゃあ、新一は月の女神だ」

 眉をひそめる新一の瞼に快斗は唇を落とす。

 「俺は女神さまに完敗なんだけど?」

 あんな風に言ってもらったら、どうしようもないでしょ、と快斗は嬉しそうに照れくさそうに口角を上げて目を細める。

 「お前はやっぱり馬鹿だな………」

 新一は肩をすくめるが、瞳は微笑んでいた。気を悪くした訳ではない。ただ、認めるのが癪に触るだけなのだ。そんな新一の態度など快斗にはお見通しだったから、快斗は己の欲求のままに新一を抱きしめた。


 
 天上の花が降る中で
 地上の月が抱きしめる
 腕の中にあるのは、彼が惹かれてやまない女神
 蒼い地球。




                                         END






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