3月は卒業式。4月に入学式。 人との別れと出会い。新たな一歩。 それは毎年変わらぬ風景である。 「本当に付いて来るのか?」 「当たり前だろう。新一の入学式だよ。俺が行かなくてどうするの?」 「………忙しいだろ」 新一は戒めるように呟く。 「忙しくても、何があっても行くよ。新一の新しい門出だよ。家族が行くのは当然でしょう?俺は新一の伴侶なんだから」 「………」 返す言葉もなかった。 そう、若手人気マジシャン黒羽快斗は新一の伴侶だった。 昨年の6月親族と親しい友人だけに見守られ結婚式を挙げた。紛れもなく事実である。それ以来工藤邸を拠点として遠距離夫婦を続けている。 アメリカが主だが、海外を回る人気マジシャンという仕事柄快斗はいつでも新一の横にいる訳には行かなかった。新一だとて学生だから日本を離れることもできなかった。隣に主治医である少女も住んでいることから工藤邸という場所が一番最良の場所だった。 その分学生の長期の休みは快斗に付いて海外へ行き二人で過ごした。 高校卒業後の進路について本来なら海外の拠点となるアメリカに一緒に住んで欲しかったが、快斗は何も言わなかった。新一が日本の大学に進むことに賛成もした。 新一ならアメリカだろうがイギリスだろうがどんな大学でも学力に問題はなかった。が、唯一あるとすれば体調だけだろう。 劇薬を飲んで幼児化して解毒剤で元に戻って。そんな普通でない体験をした身体である。 今大丈夫でも何かあるかもしれない。 そんな不安は決してなくならない。 どれだけ注意してもし過ぎることはない。 それは新一も快斗も両親も十分に理解していた。 それを考慮すると、阿笠邸に住む新一の主治医、宮野志保が側にいるのが一番安心だった。快斗の幸せは新一が全てである。新一の健康と幸せ。それ以外にない。 だったら、多少自分が不自由でも問題になどならなかった。 新一と一緒にいられない寂しさはあるが、快斗自身が遠距離を感じない程新一の元に帰ってこればいいだけだった。新一だとて長期に休みは共にどこにでも行ってくれるのだから。 にっこりと快斗に満面の笑みで微笑まれて、新一は瞳を丸くして、ぱちぱちと瞬かせた。 「伴侶でしょ?」 「うん」 再び聞かれたので新一はこくんと頷く。 大学生にもなって入学式に付き添いがある学生がどれほどあるかわからないけれど、大きくなるとそういうのが気恥ずかしくなる。大抵両親のどちらかが、多くは母親が付いてくる事になるだろう。それを邪険にしてしまう気持ちも少しは新一にもわかる。 小学生くらいの子供なら嬉しい行為である。 しかし、新一は小学校以来学校の入学式に両親に付いて来られたことはない。 普通なら家族が付いて来る入学式に、快斗が来る。 その事実が何とも言えない気持ちになる。 すでに新一の両親達は、息子に対する愛情は変わらなくてもその手を離している。新一の隣にいるべき人間に全権を渡している。だから、大学合格おめでとうと祝っても、そもそも住む場所や進路に対して何も言わなかった。全ては二人で決める事だからと言っていた。 「だったら服買いに行こうか?」 「わざわざ?」 快斗が嬉々として提案するので新一は首を傾げる。特別買う必用性がないのだ。スーツだろうと正装だろうと新一の洋服はワードロープに溢れている。 「折角の晴れの日だよ、買わなくてどうするの?新一の入学式が見られるなんて今後ないだろうし!俺、ラッキーだな〜」 しかし、快斗は全く聞いていなかった。 入学式には新一を飾り立てて愛で、写真に納め己の記憶に刻もうと心に決めた。その素晴らしく美しく凛々しい姿を思い浮かべて快斗はにやける。 「じゃ、そうと決まれば行こう!俺が新一に選んであげるから。選ばせてね。俺の特権」 うきうきと声を弾ませて快斗は新一の手を引く。 「………快斗?本当に?」 手を引かれるまま抵抗もせず新一は快斗に連れられて行く。 「もちろん!ああ、楽しみだな」 「そうか」 快斗が余りにも楽しそうなので新一はまあいいか、と納得した。 その日は小春日和のいいお天気だった。 朝から晴れ渡った青い空には雲一つなく、時折春らしい風が吹き抜けていくだけで穏やかな陽光に包まれた正に入学式日和だった。 新一がこの春から入学するのは東都大学。キャンパスは工藤邸から電車で一度乗り換え徒歩を入れおおよそ45分といった所だ。広い敷地には総合大学らしく数多の校舎や研究棟、講堂、体育館、クラブハウス等々が存在し一歩足を踏み入れるとその広大さに目を疑う程だ。慣れないと敷地内で遭難する、とまことしやかに言われている。 古い煉瓦作りの正門から校舎までの桜並木は見事に桜色に咲き誇っていた。 桜並木、それは東都大学の名物の一つである。桜の下で生徒がこぞって花見をしたり昼寝に勤しむのが恒例行事であり、時々日本一有名大学である東都大学入学式風景がテレビで報じられる時には必ず見事な桜並木が映されるのが常だった。そこに通う事が許された証明のような桜並木。まるで歓迎してくれるような風景に人々はテレビの向こうから羨望の眼差しを向けるのだ。 「綺麗だねえ、新一」 「そうだな」 快斗と新一はその有名な桜並木を見上げながら歩いていた。 風に煽られて薄紅色の花びらがひらひらと舞っている様は大層美しかった。その間を歩いている二人は周りから脚光を浴びていた。が、二人とも素知らぬ振りである。目立つことくらい慣れている。そしてそれを無視して二人の世界に浸るくらい訳もない。 彼らはこれでも世間一般で言う新婚さんだったのだから。去年の6月に式を挙げてまだ1年にも満たない、普段一緒にいられない分一緒にいられる時はそれを補う程ラブラブになる傾向がある新婚さんだ。 快斗はひたすら隣に立つ新一の麗姿にうっとりと目を細め頬をにんまりさせていた。 今日の新一の装いは、先日快斗が選んだスーツだった。 光沢のある春らしい色合い、薄いシルバーブルーのスーツはジャケットのウエストがシャイプ気味で綺麗なラインを描いていた。パンツも細身のストレート。インナーのシャツは水色のワインドウイングに濃い色のユーロタイを結んでいる。 己の趣味の良さ感心し、やっぱり新一は何を着ても似合うよな、などとのろけを内心呟きつつ新一を見つめて微笑む。 一方新一も快斗とこんな風にキャンパスを歩くことができて内心どきどきしていた。 新一の正装にあわせて快斗も黒いスーツ姿である。よく見ると細いストライプが入った黒色の生地は光に当たって輝く。マジシャンとして立ち姿が絵になるくらい格好いいからシンプルなデザインでもより引き立つ。 「なあ、快斗」 自分より高い位置にある快斗の顔を見上げながら新一は小さく彼を呼ぶ。 「何?新一」 「ありがとう、な」 少しだけ照れくさそうに新一は頬を染めて、小首を傾げてお礼を伝えた。 本当に来るのか、なんて初めは言ったけど、それは無理をして欲しくなかったから。 それでも、家族が行くのは当然でしょう、俺は新一の伴侶なんだからと言ってくれて嬉しかった。二人で並んでこれからの人生を歩いて行くんだって思えた。 「お礼を言われるようなことじゃないけど、新一が喜んでくれているってわかったから、良かった」 快斗は優しげに瞳を緩ませて、隣に立つ新一の腰に片手を回して自分の方に引き寄せる。 「だって、これは俺の特権だからね」 そして、快斗は新一の耳元にそっと囁いた。新一は快斗の台詞に耳まで赤く染めて俯く。 「ほら、そんな下なんて向かないで。顔を見せて?」 快斗は新一の頬に手を添えて顔を上げさせると、パチリと指を鳴らして薔薇の花を取り出した。そしてその薔薇を新一のジャケットの胸ポケットに指す。 「快斗?」 「おめでとう」 目を丸くする新一に快斗は器用に片目を瞑ってみせた。 マジシャンらしく、花を贈る快斗。 今まで何度も花を贈られたけれど、毎回嬉しいものだなと新一は思う。 「………ありがとう」 新一は花が綻ぶように快斗に微笑んだ。自分の気持ちが少しでも快斗に伝わればいいと思いながら。 そんな新一を快斗も嬉しげに見返して、腰に回した腕に力を込め再び入学式を行う講堂へ歩み始めた。 二人が歩く先は、未来。 これからも、ずっと一緒だ。 END |