「え、これから来るって?………今、空港????ちょと………!」 新一は受話器を持ったまま、無言で自分の後ろを振り返った。 そこには心配そうな快斗の顔がある。 「どうしたの?新一」 「………父さんと母さんがこれから来るって………。もう、日本に着いたって」 「優作さんと有希子さんが?へえ………、突然だね」 「ああ。いつも予告もなくやって来る。………父さん締め切りはいいのか?」 「優作さん売れっ子だもんねえ。………久しぶりに愛息子の顔を見に来るんだね。そういえば、この間のショーで逢ったよ。夫婦で見に来てくれたんだ。」 「結構顔出してるんだな。何か言ってたか?」 「え………?」 快斗は、ふと、考える。 「ああ、今度日本にはいつ帰るのかって聞かれたかもしれないな」 「………。何かあるのかな?」 「どうして?」 「あの人達が突然二人でやって来る時は絶対何かある。母さんが多いけど一人だと大抵喧嘩して怒って憂さ晴らしに来るんだ。二人だと、事件があったり、何かかんかあるんだよ………」 新一がコナンになった時も危険を知らしめようと変装してまで来たし、昔書いた原稿を盗まれた結果殺人事件が起こったし………、そんな過去を振り返り新一は少々遠い目をする。 「そうなんだ?でも、今は俺がいるでしょう?一人じゃないんだから、大丈夫だよ」 ね、と快斗は安心させるように微笑んで新一を抱きしめた。 それに素直に身を任せて、新一は頷いた。 「ただいま〜、新ちゃん!」 玄関で迎えた両親は当然ながら出迎えた新一を抱きしめた。 まず、有希子が母親の特権でぎゅっと抱きしめる。もちろん、新一は抵抗しない。そんな気力はないに等しい。この感動の再会を拒否した日には「新ちゃんは私のことが嫌いなの?」と泣き落としにかかるのだ。 「久しぶり?元気にしてた?ちゃんとご飯食べてる?」 「元気だよ、母さん」 「本当?でも顔色いいから安心したわ」 有希子は新一の顔を見つめ母親の顔で微笑んだ。その横で優作が新一を呼んだ。 「新一………」 「お帰り、父さん。締め切りはいいのか?」 「大丈夫だよ。ちゃんと一つ上げてきてる」 優作は大きな腕で新一を抱きしめた。 随分華奢な息子の身体を優しく包み込む。優作は新一の頬に手を伸ばし顔を覗き込んだ。 「ただいま、新一」 穏やかに微笑む優作に、新一も微笑み返した。 新一は父親の広い腕と背中に懐かしさを覚えた。幼い頃はそれにどれほど安心しただろか? けれど、自分の安心できる場所が別の腕であることを反対に自覚してしまった。なぜなら、快斗と違うと思ってしまったのだから………。 そんなこと絶対言えないけれど、内心新一は赤面ものだった。 「快斗君、こんにちは」 「こんにちは有希子さん。先日はいらして下さってありがとうございます」 新一を抱きしめ満足した有希子は背後にいた快斗ににこやかに挨拶した。 つい、2週間程前に逢ったばかりである。だから快斗もショーに来てもらったお礼を言った。 「見事なマジックだったよ。また、腕を上げたのかな?」 優作も新一の肩越しに快斗を見て、誉めた。 「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」 「そんなことないわ。すっごく良かったわよ。ねえ、それよりも玄関で立ち話も何でしょう?お茶にしましょうよ」 有希子はそう提案した。 きっと、彼女自身早くくつろぎたいのだろう。瞳が早く座りましょうと言っていた。 「そうだね、そうしようか?新一」 「ああ、そうだな」 快斗と両親が会話しているのがなんだか不思議な気分でぼっと見ていた新一は優作の声で我に返る。 この場合、お茶を入れるのは俺なんだろうか、やっぱり?と思いつつ、促されるままリビングへ向かった。 当然ながら、お茶を入れたのは新一だった。 快斗も手伝おうとしたが有希子に捕まりソファで簡単なマジックを披露している。それを面白そうに見ていた優作がリビングから続きになっているキッチン入ってきた。 お湯を沸かし、有希子の好きそうな可憐なカップを用意して、茶葉も有希子好みのダージリンである。この場合有希子の好みにあわせるのは妥当といえた。唯一好みを口にする人物であるし、機嫌を損ねると厄介だからだ。 「いい香りだね?」 「そうか?いつも母さんが入れてるだろ」 母有希子は完璧な紅茶党である。その分父優作は珈琲党。両方入れるのが工藤邸の習わしだったが、今日は紅茶のみである。 「有希子の入れる紅茶も美味しいけど、新一の入れるのも美味しいよ?」 「同じ味だろ、俺のは母さんの味なんだから………」 「う〜ん、同じだけど微妙に違うよ」 「………そんなものか?」 「そうだよ。私が言うんだから間違いないよ。ところで、快斗君とは随分仲がいいようだね?」 世間話の延長線のような気軽さで優作は言った。 「………いいけど?」 どう答えていいか判断に新一は迷う。 なんとなく、彼氏と仲がいいねと両親から言われる娘の心境がわかったような気がした。きっとこんな時だ。さりげなく、それでも核心を突いてくる………。 「やっぱりね。うんうん、そうだと思ったんだ」 「………何が?」 「快斗君はいい青年だし、安心したよ」 その台詞は友達相手に言う表現ではないだろう、父よ。 新一は優作の瞳を探るように見上げた。 それに、にっこりと読めない瞳で笑うと優作は手伝うよ、とお盆にカップを並べた。 こうなると何も教えてくれない父を知っていたため、ため息を一度付くと、しかたなくその後を新一は付いていった。 「楽しそうだね?有希子」 「ええ、とっても」 お盆をもって現れた優作に有希子は笑顔で答え、並べられた紅茶に目を細めた。 「頂きましょうよ、快斗君」 「そうですね」 快斗も同意する。 優作、有希子と新一、快斗でそれぞれ隣に座りカップを手に取りお茶を楽しむ。 優しい香りと、旨みと渋みが絶妙のバランスにある紅茶であった。 「美味しいわ、新ちゃん!」 「ああ」 有希子はにっこりと新一に微笑んだ。それに新一も頷く。 母親は上機嫌のようだ。声が歌うように朗らかだった。 「あのね、新ちゃん。お母さんやっぱり6月がいいと思うの」 「………何が?」 いつもながら、脈絡なく話し出す有希子である。 また始まったかと新一は思ったが一応聞いてみた。 「だから、新ちゃんの結婚式よ。ウェディングドレスは私のをデザインしてくれた人がいるし………季節はやっぱり6月しかないでしょう?」 6月の花嫁は幸せになれるのよ?と有希子は楽しそうだ。 「………は?」 新一はそれだけ言うのがやっとだった。 隣の快斗も目を丸くしていた。 「本当は可愛いお嫁さんがもらえる予定だったけど、ハンサムな息子が増えるのもいいわよね。快斗君すっごく素敵だからお母さん嬉しいわ!」 「可愛い花嫁と有希子は言うけれど、新一は有希子に似てあんなに美人だからそれ以上に可愛いお嬢さんを捜すのは難しいと思うよ」 隣で優作が更に煽る。 「もう、優作ったら。でも、新ちゃんだったら綺麗な花嫁になれると思うの。快斗君の隣がすっごく似合うわ。美男美女だものね」 有希子はその台詞から息子の性別を忘れているのではないかと思われた。 「きっと綺麗だね。娘を嫁に出す気分ってこういう気持ちなんだね………」 優作もすっかり忘れて乗っている。 このまま止めないとどこまで会話は暴走するのだろうか?と危惧されたが、立ち直ったのは快斗の方が早かった。 「えっと、優作さん、有希子さん、何のことでしょうか?」 会話から察したが、一応もう一度聞いてみるべきだろうと快斗は思った。 「あら、快斗君は新ちゃんをもらってくれないの?」 「は?」 「嫌なの?」 「………嫌などということはありません」 「だったら、新ちゃんのこと好き?」 それ以外の言葉が返ってくるなど思っていない顔で有希子は聞いた。 「もちろん。愛しています」 きっぱりと快斗は言い切った。 「ありがとう。じゃあ、新ちゃんもらってくれるわよね?」 「頂けるのであれば、こちらからお願いしたいくらいです。………優作さん、本当にいいのですか?」 「君以外にいないよ」 「ありがとうございます。でも、ちょっとお待ち下さいね。順番が逆ですから」 そう断って快斗は、隣で茫然自失状態の新一を呼んだ。 「新一?」 そっと頬に指を伸ばして瞳を見つめた。それに新一も動揺している瞳をあわせた。 「………快斗」 「あのね、俺はずっと新一と一緒にいたいと思ってる。病めるときも健やかなる時も、いつでもどんな時も。だから一生、一緒にいてくれませんか?」 「ずっと一緒に?」 「そう。死ぬまで………。俺は執念深いから死んでも新一の傍にいるだろうけどね?」 新一は「死んでも」の部分で一瞬ぴくりと、眉を寄せた。 「お前、俺を置いて死ぬのか?」 その言葉に快斗は瞳を見開く。 「新一………死なないよ。絶対、離さない」 「もし、お前が死ぬ時があったら、俺も連れていけ。それくらいの覚悟をしろ」 それは何よりの殺し文句であった。 快斗は泣きたいくらいの感情が胸の中に押し寄せるのに耐えた。 こんなにも愛している存在。自分の中の激情は計り知れない。だから、少しふるえる声で宣言した。 「………うん。誓うよ」 「だったら、俺も誓う。一生傍にいて、離れない」 「ありがとう、新一」 快斗は新一を想いを込めて抱きしめた。 目の前で繰り広げられるラブラブな光景に工藤夫妻は少々当てられていた。が、その瞳はとても幸せそうだった。 快斗は新一の意志を確認して優作と有希子に向き直った。 二人を真剣な表情で見つめて快斗は頭を下げた。 「改めてお願いします。新一を私に下さい」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 「新ちゃんをどうか、大切にしてね」 穏やかな声に快斗は顔を上げて微笑んだ。 「はい。ありがとうございます」 「父さん、母さん、ひょっとしてこのために帰国したのか?」 そこへ新一がやっと口を挟んだ。 新一は確信していた。 わざわざ、快斗と新一二人一緒にいる時に逢いに来たのだ。 多分二人の関係にいち早く気付き、自分たちが言う前に祝福に来た………。 「さあ?でも私たちは新一の両親だよ。離れていてもね。それを忘れないでほしい」 優作はとぼけた口調で、それでも父親の顔でそう言った。 「うん。ありがとう、父さん、母さん」 新一は綺麗に微笑んだ。そして、隣の快斗にこれ以上ないほど幸せそうにとろけるような微笑みを見せた。同様に快斗も微笑み返したことは言うまでもない。 「あのね、新ちゃん。それで、結婚式は6月でいいかしら?」 有希子は無邪気にそう言った。 絶対、結婚式は譲れないらしい………。 そんな母親の我が儘に結局は付き合うことになるのはそう遠い先ではなかった。 END |