「よく、顔を見せてよ」 思い切り抱きしめて、柔らかな黒髪に埋めていた顔を離し、彼の肩に手を置いて愛しい瞳をのぞき込む。 嬉しそうに笑ってくれる蒼い瞳はきらきらと生命力に溢れていて、何度見ても惹き付けられる。 「新一」 そっと頬に手を伸ばす。 優しく撫で上げるように添えて、細い顎を上げる。 「快斗………」 「元気そうで良かった。もう、いいの?」 「大丈夫だって、メールにも書いただろ」 「新一の大丈夫は当てにならない。逢うまで安心できなよ」 「あのな………」 不服そうな新一に快斗はくすりと小さく笑う。 「メールなんて、どうとでも書けるでしょう。そういうこと、言わないじゃない新一は。風邪引いて熱だしてることだって、知らなかった」 「寝ていて書けなかったんだよ………」 「でも、新一のことだから、少し直ってからもきっと書かなかったでしょ?元気だ、とか書いてるんだよ、絶対」 「信用ないのか、俺」 「そうじゃなくて、遠くにいたら心配なんだよ。でも、本当に体調良さそうで安心した」 優しい瞳で新一を見る快斗は、はあ、と安堵のため息を吐く。 「本当に、風邪は治ったんだ。嘘じゃないぞ」 新一はこれだけは言っておかなければ、と強調する。 そのために、1週間療養に努めたのだ。 志保に嫌味を言われながら看てもらい、目暮警部からの依頼をきっぱりと断り、外出禁止、絶対安静、栄養も睡眠も、今までこれ以上ないほど、努力した。 その結果、新一は奇跡的に回復した。 日頃であるなら、いつまでも完全には治らず重い身体に歯がゆい思いをするのに。偏に、本人のやる気だったのだ。どんなに志保に口を酸っぱくして言われても事件と聞けば無理をして現場に、警視庁に行ってしまう上、携わったら解決まで心を一心に傾けて過ごす。当然、睡眠も栄養も取らず、過労である。 その結果今回のように風邪を引くことになるのだが、全く悪循環である。 今回はその自分の管理能力のなさを、証明したようなものだった………。 「うん、顔色がいいから良さそうなのはわかるよ」 向きになって言い募る新一の白い肌が薔薇色に染まり、とても可愛い。 「な、そう言えばお前、1週間前ここにどれだけ居たんだ?」 快斗の優しい声音に新一はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。 「あ〜、あれね。本当ならもっと早く着く予定だったんだけど、向こう、シカゴで随分待たされたから日本に着いたの遅かったんだよ。夕方に着いて新一と夕食でも食べようかと思ってたんだけど、ここに着いたの10時近かったから………」 「は?」 「だから、成田に5時くらいの予定だったの、本当は。けど、8時くらいになっちゃってね、新一と一緒に居られる時間が減っちゃった」 快斗はさも残念そうに言う。 けれど新一はより胡乱げに聞いた。 「それで?いつ帰ったんだ?俺が起きた時はもう居なかっただろ」 「翌日ニューヨークでショーだったからね、11時の東京発のユナイテッドに乗ったんだ………」 「それって、馬鹿?」 「馬鹿って新一ね………」 少しだけ情けなさそうに新一を見た。 新一にそう言われたら、どうしたらいいのか?と快斗は思う。 「馬鹿だろ、それでお前ここにどれだけ居たんだ?」 「それでも10時間くらいは新一の側に居られたよ」 にっこりと満足そうに笑うのに呆れる。 「大丈夫だったのか?ショーは」 「もちろん。朝、ニューヨークに着いたから、夕方からの開演に十分間に合ったよ」 自慢げに言うな、と新一は思った。 あの時も相当馬鹿だと思ったが、本物の馬鹿かもしれない。 こんな無計画なことをしていていいのだろうか?仮にも若手マジシャンとしてアメリカで認められている将来有望な人間が。それでも舞台に穴を開けたら大変だろうに………。 けれど、きっと完璧な笑顔で「いい」と言うのだろう。 馬鹿。 馬鹿。 馬鹿。 新一の心の中は、そんな言葉で埋まっていた。 快斗本人が知ったら、涙を流しただろう。 それでも新一が快斗のことを心配して、そう思うことは理解できるのできっと苦笑するに違いない。 「無理するな」 結局新一の口からこぼれたのはそんな言葉だった。 「新一?」 快斗は首を傾げる。 「お前の身体だって心配だぞ」 新一は目を伏せる。 『逢いたかったら、逢いに来い』と言ってしまった自覚のある新一だから、それで快斗の仕事に支障を来したり、体調を崩したりしたら、どうしたらいいかわからなくなる。 「あのね、俺が逢いたくて、逢いたくて溜まらなかったの。どうしても新一の顔が見たくていられなくなって、このままだと新一欠乏症になりそうだったから、俺は自分のために来たんだよ?わかる、新一?」 「でも………」 「でも、もないの。あの時新一に逢えなかったら、俺、病気になっちゃったかもしれないよ?新一に逢えたからこそ、ショーも大成功だったんだから」 「快斗」 「今までずっと逢えなかったのに、逢うこともできなかったのに、いざ好きだって告白したら、もう我慢できなくなっちゃった。どうしてだろうね?どんどん欲張りになるよ」 くすりと快斗は笑う。 その笑顔に新一は心を奪われた。 なんだか、照れくさい。 自分もあの時にもっと側に居て欲しい、と思ったなどど言えないけど………。 高熱が出ると、苦しくてほんの少しだけ寂しい。もう随分と一人で暮らしてきて、寂しいなどと思うこともなかった。そんな感情忘れていた。 なのに、快斗が側にいるととても安心して、目覚めた時は気分が良かった。 こんな感情を思い出させ、一人でいられなくした責任はいつか取ってもらおうと、新一は勝手に決めていた。 が、快斗の方が一緒に居たい、と一緒にいつか暮らしたいと野望を持っていることを残念ながら新一は知らなかった。 「別に、欲張りでも何でもないだろっ」 だから、新一はそう返した。 欲張りになってもいいから、と思うから。 「欲張りになってもいいの?」 意味を取り違えることなく、快斗は聞く。 「ああ………」 「ありがとう」 快斗は満面の笑みで新一を見ると、頬を染めて俯きがちな新一の顎を持ち上げてそっと顔を寄せた。 「快斗!」 けれど、もう少しで唇が触れるかという距離で新一が快斗の胸を押して止めた。 「新一?」 折角、柔らかな唇を味わえると思ったのに、とちょっとだけ眉をひそめ端正な顔に拗ねた表情を浮かべた。 「だって、ここ外」 「そうだった………」 彼らは感動の再会を果たしたまま、玄関に居たのだ。 いくら工藤邸が高い塀に囲まれ、門から玄関までのポーチが長くて木々に隠されているからといって、誰が来るともしれない、外。 「中、入ろうか?」 「ああ」 快斗は放り出してあったトランクを拾い上げ、新一の後を追った。 その少々後に玄関のベルが鳴り来客を告げるのだが、それまでに満足のいく愛を確かめあえたのかどうかは、二人だけの秘密である。 END |